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ボトルシップレーサーズ (10)


 しかしよくもまあこんな暇なこと考えたね。ゴールのバケツの後ろに座らされて、ヒナはため息をついた。観戦のお客さんはウチのクラスだけじゃない。他クラス、他学年の先輩方までいる。どんだけ盛況なのよ。放送委員の人まで巻き込んじゃってさ。

「やー、こんなに盛り上がるとも思わなくてさ」

 サユリ、眼鏡がキラキラしているよ。よっぽど楽しいんだね。まあいいよ、ヒナも前夜祭で学園祭を台無しにしかけた負い目があるからさ。イベントには協力してあげるよ。

 でもさあ、なんで賞品がお弁当一週間分なの?

「金銭とかだと普通に学校に怒られるじゃない?だから、なるべく角が立たないものが良いかなって」

 他に何でもあるでしょ。よりによって何故ヒナのお弁当?

「宮下が、ね」

 ああ、やっぱりかあのじゃがいも。どうしてもじゃがいもであり続けたいらしいな。いつか蒸かしてバター塗りこんで、ハルに食わせてやる。そんなんだからモテないんだ。ばぁーか。

「朝倉は一応反対してたのよ?」

 そりゃまあ、そうでしょうね。可愛い彼女が自分のために作ってくれてるお弁当を差し出すなんて、いくらハルがお人よしでもそんなことはしないでしょう。ヒナのこと、大切にしてるって言ってたし。それがなんだよ。ハルのバカ。

「前夜祭のこともあるけど、友達にちょっと悪いかなって、そう思ってたりもしたんじゃない?」

 何よそれ。

 はぁ、そうならそうと言ってくれれば考えないでもないのに。ヒナにも言い難かったとか?まあ、ヒナはハルのためだけって感じだからなぁ。あー、もう!でも悪いのはじゃがいも1号。じゃがいも1号にだけは優勝してほしくない。それだけは絶対。

 五十メートル向こうで、各コーススタンバイが始まっている。ハルと、いもたちと、あと四人もいるのか、暇人。つうか普段ヒナと接点のない男子ィがこのレースに参加しているのは何なの?

「隠れファンじゃない?」

 いらないよ、そんなの。むしろ気持ち悪いって。こんな時にだけ出てきて、手作り弁当下さいって、それ好感度上がる要素無いよね?ヒナ間違ってないよね?

 ハルのために作ってある献立表が、このままじゃすっかりパァだ。もういいよ、誰だかわからん奴の弁当箱には五百円玉、ハルにはハルで作るよ。手作りにこだわるなら、白米だけ詰め込んでやる。それでも実費でお金取りたいくらいだ。

 愛情のこもってない手作りのために、みんなここまで必死になるもんなんだね。そういえばパウンドケーキも売れたなぁ。みんな手作りに何を期待しているんだ。JKプレミア、いい商売だなおい。

「さあ、いよいよレースが始まります」

 ああ、そうっすか。選手紹介とかしてたらしいけど、全然聞いてなかった。いや、興味無いし。まぁー、ハル以外は適当にやってて。そんな態度でいたら、サユリに睨まれてしまった。はいはい、盛り上げます盛り上げます。

「みんなー、頑張ってねぇー!」

 うおおおっ!はは、なんだこれ。もう、うんざりしてきた。

「ハルー、ホントに負けないでよー!」

 こっちは本気の応援。これ以上ヒナの面倒を増やさないでよ。半分はヒナのせいだけど、ハルのせいでもあるんだからね。ヒュー、とかうるさぁい。お前らみんな敵だ、チクショウ。

 よくやったとばかりにサユリが手を叩いてる。他人事だな。こっちは恥ずかしいんだよ。これだけ晒し者になって。

「まあまあ、イベントイベント」

 そう割り切ってるからここまでしてるんじゃん。そういえばカイとかもうこっちには来ないよね。お母さんとか来たら喜んで動画撮影してそうだ。おっかないなぁ。ざっと見た感じいないみたいだけど、油断がならない。

 どっかりと椅子に座ると、そろそろスタートだ。はぁ、さっさと終わらせてくれ。

 ピィーッ。

 ホイッスルなんだ。まぁ、何でもいいけどさ。各コース一斉に水飛沫を上げ始めた。基本はイカダをビート版に見立てた「けのびバタ足」。それが一番無難かな。思ったよりも水の抵抗があるのか、あまり進まない。真っ直ぐいかずにぐにゃぐにゃしてたりする。ゴールすることが目的ではないとはいえ、少しでも距離は稼ぎたいところだ。

「おおっとぉ、宮下選手早いぞぉ」

 実況が吠えた。え?なんで?

 じゃがいも1号の方を見ると、ペットボトルイカダの上に腹ばいになって、手足で水を掻いている。あれって、なんだっけ?

「これはパドリングかぁ?」

 ボディボードか。何、ひょっとしてじゃがいも1号そんなことやってんの?モテないくせに。っていうか、モテたいからそんなことまでやってんのか。

 うっわキタねぇ、アイツ自分の得意分野で勝負をしかけてきたのかい。勝てる勝負に全力で挑む。そう言うと聞こえはいいけど、実際にやられるともう卑怯さしか感じない。あ、差がついてきてる。早っ、ホントに早っ。

 もうすぐ半分、二十五メートルだ。他のコースはみんなまだ十五メートル程度。圧倒的じゃないか。うわぁー、コイツにだけは勝たせたくねぇー。

「みんな、しっかりしてー」

 思わず声をかけてしまう。だって、じゃがいも1号酷いよ。勝てるっていう自信がある上で、ヒナのお弁当を要求してきたんでしょ?嫌だよ、あんな奴にだけは勝ってほしくない。負けて吠え面かかせてあげたい。

「曙川さんから熱い声援だぁー!」

 うるせぇー。そんな実況はいらねぇー。

 むきーってなってたら、あ、誰か泳ぐの止めた。まだかなり距離があるのに、黒いテープが巻かれたダンガンボトルを構えてる。さといもじゃん。おお、さといも高橋いけ。やったれ。

「こなくそー!」

「高橋選手ダンガンボトルを投げたぁー」

 しゅるしゅるしゅる。

 べこん。

 あー、こりゃあかん。コントロール酷過ぎ。バケツとは全然違う位置のプールサイドの床に着弾。ギャラリーバカ受け。水の中からって難しいのかな。軽いからこっちの岸までは余裕で届くんだけどね。

「高橋選手シュート失敗。リタイア」

 えー、これマズくね?このままだと余裕でじゃがいも1号の勝利じゃん。そんなの嬉しくない。お客さんの方も、こんなワンサイドゲームは見ていても楽しくもなんともないよね。

 ここはやっぱり、イベントを盛り上げるためにも、ヒナの個人的事情によっても、ハルに勝ってもらうのが最善なんじゃないのかな。うん、そうだ。絶対そう。間違いない。

「ハルー、頑張れー!」

 贔屓しちゃいけない、なんてルールは聞いていない。もうヒナは全力でハル応援だ。頑張れ、ハル。じゃがいも1号なんかに負けるな。やっちゃえ。

「チキショー、俺にも幸せをくれよー!」

 じゃがいもが何かしゃべってる。知るか、地下茎め。ヒナの幸せはハルだけのものだ。お前なんかお呼びじゃないよ。とっとと失せな。

 気が付いたら、じゃがいも1号は随分近くまで寄って来ているじゃないか。ヤバイ。至近距離から確実にシュートを決める気でいやがる。そんなことさせない。よし、ここで勝負だ。

「ハル、シュートだ!」

 ヒナの声が聞こえたのか、ハルがその場で泳ぎを止めた。まだ二十五メートルはある。ハルがヒナの方を見ている。大丈夫だ、ハル。こくり、とうなずいてみせる。ヒナを信じて。ヒナはハルを信じてる。さあ、来て。

 ハルが大きく振りかぶった。

「おおっと、朝倉選手ダンガンボトルを投げるのかぁ」

 そのまま山なりに投擲する。うん、それで良い。しっかりここまで届く。

「しかしコントロールはイマイチ!」

 ふふん、ヒナはさっきちゃんとルールは説明してもらったからね。何がセーフで何がアウトかは、きちんと理解しているつもりだよ。飛んでくるダンガンボトルをしっかりと見据える。ハル、ヒナを信じてくれてありがとう。ナイスコントロール。

 ボトルは真っ直ぐヒナに向かって飛んでくる。ハルの気持ちと一緒。だから、ヒナは同じように、真っ直ぐに受け止めるだけ。

 足元のバケツをひょい、っと拾って。

 すくい上げるようにキャッチ。がっこん。がらんがらん。


 バケツをヒナが持っちゃいけないなんて、ヒナ、聞いてませーん。


「ハル、ナイッシュー!」

 ダンガンボトルの入ったバケツを高々と掲げる。ドヤァ!

「こ、これは・・・」

 実況が思わず絶句する。会場中も固まる。何よ、文句あるっての?

 じゃがいも1号が、ぽかーんとヒナの方を見て、そのまま水の中に沈んでいった。ふっ、さらばだでんぷん質。お前の敗因はただ一つ、ヒナとハルの愛の力に負けたのだ。ふははははー。

 ほら、実況、何やってんの?

「優勝は、朝倉選手だぁーっ!」

 うわぁーっ!割れんばかりの大歓声。ヒナはバケツの中からハルのダンガンボトルを取り出して、にこやかに振って見せた。ほらほら、ヒナがキャッチしましたよ。ヒナはハルとの愛を守りました。愛の勝利。

 ハルがこっちの岸まで泳いできた。まったく、大迷惑だったよ、ハル。よいしょってプールからあがるのを手伝ってあげる。それからダンガンボトルを渡す。ちゃんと受け取ってあげたんだから、言うことあるでしょ。

「ヒナ、その、ごめん」

「バカ。ハルのバカ。もうお弁当作ってあげないぞ」

「いや、それはホントに困る」

 ハルのお母さんにも怒られるもんね。そういうことをヒナに内緒で勝手に決めるからだ。いい、ハル?

「お弁当はハルのために作ってるんだよ?他の人にあげたりとかしないんだよ?わかった?」

「うん。わかった」

 ハルは怒られた犬みたいにしょげてしまった。はぁ、しょうがないなぁ、もう。

「とりあえず、勝ってくれたから許します。頑張ったね、ハル」

 ヒナを信じてボトルを投げてくれたハル。ちゃんと受け止めたでしょ。ヒナはいつだってハルのこと、正面から受け止めてる。

 正直に言うと、今のキャッチには銀の鍵の力を借りた。それは今、ヒナの力の一部だからだ。ハルとの関係を守るために、ヒナは銀の鍵をためらいなく使う。そう決めたんだ。

 いつだって全力。ハルに対してはそう。そんなヒナを信じて、ハル。

「ありがとう、ヒナ」

 うん。どういたしまして。ヒナはハルのこと好きだから、ハルのために一生懸命なのは当然なんだよ。

 それはそれとして、もう恥ずかしくてたまんないんだけど、これ、どうやって幕引きするつもりなの?なんかいっぱい写真撮られてるし、実況は盛り上がってるし、サユリはどっか行っちゃうし。

 ホント、どうにかして。



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