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夢の泉の物語

いつもの朝、クラスに入ると、嬉しそうに友人が近づいてきた。


「ねえ星野、あの噂知ってる?」

教室はガヤガヤしている―――昨日寝てないとか、テスト勉強してないとか、そんな話題だけど―――ので、声を潜める必要はないのだが、友人は秘密の共有を楽しむためにヒソヒソと話した。それに釣られて、ついあたしも小さな声になる。

「噂?」

「あの公園にさ、立ち入り禁止の噴水……、元噴水か。今は水がないし。まあとにかく、噴水あるじゃん?実はあれがさ……」


友人の話をまとめるこうだ。

近所の公園に、今は水の張っていない、立ち入り禁止の噴水がある。実は水は張っていないのではなく、枯れてしまったのだ。大昔、恋愛なんて自由に出来なかった時代の話。その噴水の前で告白をした女性が失恋し、一晩中悲しみで泣き続けた。涙は枯れ、それと同時に(何故か)噴水も枯れてしまった。女性はその後亡くなったが、その思念は残り、誰かが自分と同じ目に合わないように、噴水への道を閉ざしてしまった。


これだけだと怖い話だが、続きがある。

亡くなった女性の残留思念は、このままではいけないと思い、告白の成功を祈るように考えを改めた。恋する乙女を応援してくれる思念になったのだ。


その応援を受けた別の女性が、噴水の前で告白した。するとなんと、まるで祝福されるかのように、噴水に水がタプタプと満ち溢れ、キラキラと星のように輝いたのだそうだ。


それ以来、噴水の前に立って祈り、同じようにタプタプキラキラに出会えれば、告白が成功する、などという一種の占いになったらしい。


「でさ、今度それ見に行ってみない?」

「それ、って……、噴水を?」

「うん、でもこれ内緒だよ?私、実は好きな人がいて……」

「え!マジ!?」

「マジマジ!えっ、これほんとに内緒だよ!」

「分かった分かった。内緒ね。誰にも言わない」

「もーほんとに内緒だからね!」


友人が何かを期待する目であたしを見る。何のことはない。内緒だからね、とは、内緒にしないでね、という意味なのだ。


「でもさ、何であたしも?」

「いやー、一人じゃ恥ずかしいじゃん。」

「あ、そういうことですか。」

「お願い!ついてきて!」

「はいはい。お供させていただきます。」

「さすが星野亜美加様!」

「苦しゅうない。」


友人の頼みだ。ついていくのはやぶさかではない。でも、あたしはもう恋愛の言い伝えなんて信じない。占いが絡むとなるとなおさらだ。


あたしは占いが嫌いだ。憎んでいると言ってもいい。これでも去年までのあたしは、占いを信じる無垢な少女だった。好きな人ができてからは、もはや病んでいると勘違いされても仕方ないほど、占いを妄信していた。憧れの先輩。来るべき告白の日に備えて、万全の体制を整えた。あらゆる恋愛スポットに行き、恋愛成就のお守りを集め、血液型占いも星座占いも、朝のワイドショーの占いが、全チャンネルで最高になるまで待ち、大安の日に告白した。だがフラれた。


次の日から朝のテレビは、硬派な国営放送のニュースに変えた。お守りは燃えるゴミで出した。


大体あの噴水は、あたしが小さい頃にできたものだ。10年前を大昔と言うのなら話は別だが、恋愛が自由に出来なかった時代の代物ではない。水が枯れているのだって、ロマンチックな理由じゃない。噴水に水が入っていたら子供が溺れるから危ない、なんて、本来溺れないように監督すべき親たちが言ったからだ。皮肉なことに、水が入っていないことで子供が頭からダイレクトに落ち、怪我をする事故が多発した。立ち入り禁止になったのはそのためだ。


「まあとにかく、今日の放課後、公園のところで!」

「現地集合ね、了解。」


―――

―――というのが今朝の話。ところが何故か私は、一人で公園にいる。


『ごめん!もう占い必要なくなっちゃった!』

あたしのメッセージアプリには、手を合わせて謝るポーズのスタンプと、そのメッセージが届いていた。さらにその後に、濃い茶色のクマ(多分女の子)が、白いクマ(きっと男の子)の肩に寄りかかっているスタンプ。あたしは察した。たぶん友人には占いが必要なくなったのだ。いい意味で。


外はまだ、少し明るい。とはいえ、季節も季節なので、あっという間に日は落ちてしまう。暗くなる前に帰ろうとも思ったが、せっかく来たのだから、噴水を見てみることにした。深い考えはない。ただの好奇心だ。


噂の噴水は想像していたよりも綺麗に整備されていた。立ち入り禁止にはなっているものの、この噴水の名前――――『夢の泉』というらしい―――に相応しい佇まいだ。噴水として動いていたほうが、よっぽど美しいとあたしは思った。


夜の帳が下りつつあるからか、周りの街灯がポツポツと灯り始めた。あたしは向かいのベンチに座り、ボンヤリと噴水を見る。一人で居ると、思い出したくないことまで思い出してしまう。


「星野のことは友達として好き」

なんていうフラれ方。ただの後輩以上の存在だったことに、あたしはまだ脈ありと勘違いをした。好意は伝えたのだから、これからいろいろと育んでいけばいい、と。告白した次の日、先輩があたしの知らない人と手を繋いでいたのを見て、その勘違いは完全に砕かれた。そうじゃないか。あの日あたしだって泣きはらしたが、何かが枯れたということはなかった。枯れたとすれば、あたしの女子力ぐらいだ。


あの時の、知らない誰かと手を繋いでいた時の先輩の顔。あたしの前では一生見せることのないであろう、女の顔。

どうしてあたしは女に生まれてしまったのだろう。目の前の噴水が揺らいで見える。枯れているはずなのに、次から次へと溢れてくる。星なんて見えないはずなのに、キラキラと輝いている。多分、あたし以外の人には見えない光景。今さらになって慰めなんてやめてよ。


やっぱり、占いなんて大嫌いだ。



おわり

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