その手を取ってあげられたら
久しぶりの作品です。
読んでいただけると幸いです。
その手を取ってあげられたら、と思うことがよくある。
自分には何の力もないけれど何かしてあげたい。力になってあげたい。けれど人助けって程の大層なことじゃないんだ。もっと簡易的な感じなんだ。話を聞いてあげるだけでもいいと思う。見守るだけでもいいのかもしれない。そもそも何の力もない奴に手を差し伸べられてもお節介だと思われるに違いない。それは重々承知のつもりだ。それでもよく思ってしまうのはきっと、あの時彼女に何もできなかった自分を知っているからだ――
携帯電話もパソコンもそこまで普及していなかった中学生の頃の話になる。
同じクラスで隣に座っていたその彼女は優しい子だった。明るい性格の持ち主であった彼女は誰にでも気さくで愛想よく、話し掛けると必ず微笑んで返事をしてくれた。周囲に気を配っては相手の期待に応え、同性からも異性からも好かれていたと思う。異性であっても「ああいう風になれたら」なんて思うほど憧れる人だった。たぶんそれは他のみんなも一緒だったと思う。
そんな彼女だったからだろう。誰も本当のことを何一つ分かっていなかった。いや、正確にいえば知る由もなかったんだ。負の感情を一切表面に出さない人だったから……。
優しい人だからとか、明るい性格だからとか、彼女の気持ちは彼女にしか分からないのに勝手に決めつけて、知りもしないのに知ったふりで接してきた時間が徐々に彼女の心を傷付けていたんだと思うと、いまでも酷く胸が締め付けられて喉の奥がぐっと熱くなる。
そして何の前触れもないまま、唐突に彼女はこの世を去った。遺書はなく、日記等の記録も何一つなく、何故突然この世を去ったのか誰にも分からなかった。葬儀の際に見た彼女は安らかに目を閉じていて、まるで白雪姫のようだった。実は眠っているだけなのではないかと思うほど綺麗だったけれど、一つ気になることがあった。それは左手首に巻かれた包帯が見えたことだ。
のちに分かったことだが彼女は手首を切って亡くなったらしい。
リストカットだった。
傷口は死因となった深いものだけでなく、何度も繰り返された痕が残っていたらしい。もちろん誰も知らない事実だった。
現在になっても何に悩んだり苦しんだりしていたのかは分からない。
何も知らないことは恐怖であり、罪であることをこのとき自覚した。そしてそれと同時に自分の無力さを再認識させられた。同級生を失った悲しみと非力な自分の虚しさで数日間水も喉を通らなかった。
彼女が亡くなって数年経ったある日のことだ。
携帯電話やパソコンが中学生の頃よりも普及した現在は情報技術が発達していて、SNSと呼ばれるサービスが定着している。そのSNSで彼女に似た人を見かけた。プロフィールに書かれている紹介文の雰囲気というか、投稿されている写真の撮り方というか、とにかく彼女によく似ていた。気になってさらに投稿された内容を適当に読んでみた。すると不思議なもので、投稿内容を読めば読むほど、この子を知れば知るほど彼女に似ていないと感じていた。
似ていないことでどこか安心していた。
もしも彼女と同じだとしたら危険と思ったからだ。
けれど。不安がなかったわけじゃない。
最初に似ていると思ったのは間違いない。それはやはりどこか似ているからだろう。似ていないようで実はどこか似ている――――もしもその似ている部分が危険なものだとしたら……。
胸がざわついた。唾を飲み込む音が、時計の針の動く音が、嫌に鮮明に聞こえた。
この子のことを考えているうちに思ったんだ。
今度は救えるんじゃないかって。
亡くなってしまった彼女は負の感情を表に出すことがなかった。この子も同じだとしたら彼女と同じ結末を迎えないようにしてあげなくちゃいけない。そう思うのはあの時嫌になるほど辛い体験をしているからだ。でもこれはエゴなのかもしれない。それでも救える命があるのならば救いたい。
きっと簡単なことじゃないけれど、手を取ってあげられたらいいなと思う。
感想いただけると幸いです。