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第2章 遷移 -1-

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『つ、』


胸元のあざが、チクリと智加はるかを刺した。


屑金くずかねだ。去年、飯山の地鎮祭で払えずに、憑かれてしまった禍神の欠片だ。智加の身体に住みついて、たまに暴れて意思表示をしてくるのだ。


心中で小さく舌打ちをすると、襟元のシャツの合わせ目をぐっと締めた。


途端、じたばたと暴れだした。押し込められたのに腹を立てたのか。


『一体なんなんだ』


今は授業中だ。痛みがひどくなるのは困るが、ここで閃光のように光り出してはもっと困る。


大人しくしてくれ、と願った瞬間、智加の携帯電話が点滅した。常時音は消しているが、着信やメールは光で知らせるようにしていた。


相手は高宮だ。一限目の講義が始まって、一時間ほど経ったくらいだ。こんな早くからなんだ、と思いながら、携帯のフリップを開けた。メールが一通来ていた。


件名:明来さんのことです


ぎくりとなった。


「講義中を申し訳ありません。明来さんが大学の体育の授業中、サッカーで転倒されました。頭を軽く打っており、額が少し切れています。明来さんと直接話しましたが、本人は元気なようです。今病院です。念のため、検査をしてもらいます。結果がでましたら、すぐにご連絡致します」


一瞬、肝が冷えたかと思った。


高宮が、直接明来と話しているのなら、大丈夫か。


前方、講義をしている壇上の教授の顔を見た。初老の教授で、髪は既に真っ白だ。退官した後、非常勤講師をしていた。話し方がおっとりしていて、まだるっこしい。

授業が終わるまで、あと30分もあった。イライラするのを感じて、もう一度メールを読んだ。


サッカー

転倒

切れる

本人は大丈夫

高宮が病院へ

検査


また息を吐いた。


ここで自分が大袈裟に出て行って、ことが重大だと思わせるのはよくないだろう。光輪協会が張り付いているならば、の話だ。


強張った身体から力を抜くと、椅子に深く座りなおした。


屑金は急に静かになって、なりを潜めた。この行動も、何なのか不明だ。


智加は連絡を待つことにして、大人しく講義を受けることにした。



丁度講義が終わって廊下に出た瞬間、高宮から電話が入った。時間を測っていたのだろう。そういうことをする嫌味な男だ。


智加は通話ボタンを押して、すっと廊下の端へ歩いていった。ここでは喋るわけにはいかない。


『智加さん、お声は出されなくて結構です。ご連絡のみさせて頂きます』


言われなくても判っている。


『明来さんの検査は終わりました。異常ありません』


智加はほっとして、大きな息を吐いた。その声が聞こえたのか、高宮が更に続けて言った。


「額もかすり傷程度です。サッカーの試合で、二三人倒れ込んできたらしく、外傷はありません。頭部も異常ありませんので、心配には及びません。明来さんは今から自宅へ送ります。くれぐれも、智加さんは来られませんように。監視の目がないとも限りませんので。以上です」


そういうと、高宮は電話を切った。念を押されて、少々腹が立つ。ふんと悪態をつくと、携帯を切った。


よくあることだろう。素人が授業でサッカーなのだから、走り込んできた連中を避ければよかったのに、動けなかったわけか。

あたふたしている明来が容易に想像できて、『あのばか』と心中でなじった。


顔を見たいが、あまり過敏に動くわけにはいかない。


来月は横浜で進水式だ。それを自分がすることが決定している以上、光輪協会が無視するとも思えない。

今はお大人しくしておくべきだろう。


智加は次の授業の教室へと、歩きはじめた。



夕方家に帰ると、高宮が待っていた。新館で暮らすのは智加のみで、清掃の人か高宮が出入りするくらいだ。リビングで待っていたらしく、早速近付いてきた。


「お帰りなさいませ。明来さんの具合ですが、大丈夫です。今日一晩はおとなしく寝ておくよう、言ってあります。一人うちの者を付けましたので、何かあれば連絡があるでしょう。光輪協会が動いている様子も、見受けられませんでした」


「大学の様子はどうだ?」


「何かしら作為的なものは、ありませんでした。クラスメートは、一般人のようです。身辺調査しましたが、おかしな人物は見当たりません」


「そうか」


「進水式のご準備は大丈夫ですか? 昨日総代から、お話があったようですが」


智加はじろりと高宮を見た。既に知っているだろうに、とぼけた聞き方をする。


「聞いているんだろ」


「はい」


「問題はない。祝詞も既に決まった。進水式は完璧にこなす」


智加はきびすを返すと、自室へ歩いていった。


階段を上がり、がつがつと大股に歩くと、部屋のドアを開けた。荷物を投げ出し、ソファにどさりと座りこんだ。


仰向けになって、天井を見つめた。

自分が連れて来られた10歳の時から、ずっと使っている部屋だ。洋間で広い部屋だ。二部屋続きで、一部屋は寝室に使い、あとはリビングにして、勉強机や書棚、ソファにテーブルがある。天井には星を散りばめた壁紙が貼ってあり、そのままになっていた。見飽きた柄で、高宮が指さしながら星座の名前を言っていたのを思い出した。


「あれは、おおぐま座のミザールとアルコルです。双子星と言われています。お互いの重力で引き合い、離れることはないのですよ」


小学生の男の子なら、宇宙と恐竜と列車が好きなのだろうという安易な選択肢だ。聞いてはいなかったが、あいつはいつも勝手に喋っていた。


高宮の言いたいことは判っている。


金屑のことだ。父親にもばれていた。昨夜、そんなものを憑けて、神事が完璧に行えるのか? と罵倒されたのだ。


『この神事には、東辞家の未来がかかっている。白山神道が国家神道に選ばれるかどうか、そこまで見据えて、事を運ばなければいけない』とかなんとか言われた。そんな先のこと知るか。国家神道だと笑わせる。


取りあえず、無言で聞いていたが、金屑のことは今どうこうするつもりはない。


人事を尽くす。それだけだ。



智加は携帯を取り出すと、明来に電話をかけた。


「もしもし。東辞?」


「ああ。頭大丈夫か? 額切ったらしいけど」


「うん。ありがとう。全然平気。かすり傷だよ。それよりも、高宮さんがいきなり大学にいてびっくりした」


声はいつもの明来だ。元気もある。ふっとおおぐま座を見つけると、双子星を何となく指差した。


「まあ、あいつは、ストーカーと思えばいい」


「ええー。失礼な。すごい大事にしてくれて、ありがたかったよ。やっぱり、倒れた時頭がぐわんぐわんして、どうしようって思ったし」


「今、ふらついたりしてないか?」


「いや、大丈夫」


「サッカーだったんだろ?」


「うん。オレの真上にボールが落ちてきてさ。ヘディングしろって言われたけど、怒涛の勢いで敵チームが走り込んできて、もう揉みくちゃで」


「で、倒れたのか? 明来だけ?」


「いや。皆だよ。里美君がかばってくれて、足すりむけて痛そうだった」


「里美? ああ。あの関西弁の男か」


「うん。大学の保健室行って、消毒してもらってたけど。あれ、絶対お風呂入ったら染みる~って感じだったよ」


「気をつけろよ。そんな頭でも、無いと困るだろ?」


「ぶー失礼なー」


明来は電話口でブーイングだ。


「そうだ。福岡行き、いつ頃できそう?」


明来が聞いてきた。


「そうだな。来月が横浜だから、それが終わってからか」


「屑金が喜んでいたよね。綺麗だった」


「綺麗? ああ。光ってたからな。俺の中では、ぎゃーぎゃーと煩かったが」


「喋るの?」


「言葉はないな。感情的なものだ。喜怒哀楽、それがボリュームで意思表示してくる感じだ」


「そうなんだ。すごい光だったよね。あれって喜んでいたのかな。いいなー、オレも聞いてみたい」


「光の点滅で喋ってると思えばいい」


「SFだね。未知との遭遇」


「そんな古いのよく知ってるな」


「父さんがSF好きで、家にDVDがあるもの」


「見たのか?」


「小さい頃見て、怖かったー」


「小さい子には無理だろうな。まだETのほうがいいかもな」


「あ、それ好きだった。皆で自転車で空を飛ぶところなんて、ぶわーっと感情が溢れてくるよね」


「そうだな。俺も見たな」


母親と見た。小学生の頃、テレビで。


「懐かしいな」


小さなテレビで、コタツに入って、母と見た。正月前の特番だったか。テーブルには母の入れたココアがあって、飲むのを忘れて、冷えてしまった。


「東辞? どうかした?」


無言になった自分に、、明来が名前を呼んだ。


「いや。何でもない」


「今度いつ会える? オレはいつでもOK。バイトとかまだ決めてないし」


「バイトするのか?」


「社会勉強を兼ねて。おこづかいも欲しいしね。料理倶楽部入ろうと思って」


「料理倶楽部?」


「ふふふ。創作料理で一等賞だ」


「創作料理ってのは、普通の料理が出来て、技術が一定水準を超えてから先の段階だろ? だいたい卵焼き一つできないじゃないか」


「できるもん。じゃ今度作ってくる」


「はいはい」


「ぶーもう」


明来が文句を言っている。聞こえないふりをして、智加は視線を双子星からカレンダーに移した。月末は潔斎も兼ねて、一週間はこもらないといけない。会えるのは来週くらいか。


「来週、どこかで電話する」


「うん。待ってる」


「早く寝ろ」


「うん。じゃ、また」


「ああ」


智加は電話を切った。



(続く)


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