第1章 大学生活 -3-
-3-
明来は車から降りて、中央郵便局に入った。
受け取り窓口に行く。書留の不在配達表を取り出した。確かに自分宛てだが、差出人の名前に見覚えがない。ダイレクトメールで書留を使うなんて丁寧なことは、普通しないだろう。
まぁいいか、と明来は順番待ちの列に並んだ。
智加には郵便局の裏の駐車場で待ってもらっていた。
しばらくして自分の順番となり、不在票と交換した。どこにでもある茶色の封筒が差し出された。手書きで明来の住所氏名が書かれていた。裏面を見ると、やはり名前に覚えがない。明来は出口へと歩きながら、気になってすぐに封を開けた。
そこには、白い便箋が一枚と、古びた絵葉書が一枚入っていた。
便箋を開くと、こう書いてあった。
斉藤明来様
前略
先日はお力になれず、申し訳ありません。
思い出したことがあり、一筆致します。
東辞水桧さんが福岡の病院を出たあとのことです。随分して、一枚の絵葉書が郵送されてきました。住所は記入されていなかったので、手がかりにはならないと思いますが、お送りさせて頂きます。
敬白
諏訪隆
用心のため、封筒には偽名を使いました。
明来は目を見開いた。
慌てて絵葉書を取り出した。そこには、綺麗な文字で書かれた諏訪隆宛ての住所が書いてあった。裏面に返すと、大自然の緑の中、馬の親子が草原に佇んでいる写真の絵ハガキだった。その端に、『お世話になりました。有難うございました。どうぞお元気でお過ごし下さい』と短い文面があっただけだ。それ以上、彼女の住所や現状など、何も書かれていなかった。
明来はそのまま葉書を握りしめて、ただ草原の緑美しい風景をじっと見つめた。緑の深い色の山々が、背景に連なっていた。どこにでもある山脈の風景だ。これと言って地名が判るような表示もなかった。
明来はがっくり項垂れると、智加の待つ駐車場へとぼとぼと歩いていった。
駐車場の端に智加の車を見つけ、明来は小走りになった。
途端、車の中が光りだしたのだ。まるで映画のワンシーンだ。点滅する光源でもあるかのように、強い光を放ったかと思うと、それは弱まり、また強まった。真っ白に近い光だ。
あまりの光の量に、目が眩んだ。明来は焦って、車のドアを開けて乗り込んだ。
智加が胸を抑えて蹲っていた。
「東辞っ。とうじーっ」
「うるさい。黙れ」
「もしや、屑金が?」
智加は顔をしかめて、こくりと頷いた。そして、はっとなった顔で、いきなり明来の顔を注視した。
「そこに、何を持っている?」
「え?」
「今、何を貰った?」
あまりの表情に、明来はびくりと肩を揺らした。まるで怒っているような、きつい顔つきだ。
「ええと、これ。ハガキ。諏訪さんが送ってきたんだ。東辞のお母さんが、書いたものだって」
智加はぎょっと目を見開いた。
明来が差し出した葉書をじっと見ている。その瞬間、また大量の光が溢れだした。智加の顔が眩んで、何も見えない。きーんと高い金属製の音が、耳につんざいた。
明来は恐ろしくなって、思わず智加の腕を掴んだ。途端、光が落ち着いていく。
「屑金? とうじっ?」
深い、ため息が聞こえた。
「九州の、英彦山か」
「え、なんで判るの?」
「屑金の故郷だ」
「え? だから、こんなに光ったのか?」
「そうだ。嬉しかった、というか。郷愁みたいなものだろう」
「屑金。帰りたいのかな?」
「さあ」
急に光が静まっていった。あれだけ、暴れるように光っていたのが、今はもうすっと波が引くようだ。
明来は智加の顔を見つめた。口がぽかんと開いて、何か言いたいのに、何も出てこなかった。
「なんだ?」
「あの。大丈夫? 痛くない?」
「平気だ」
がしがしと黒髪を掻いて、智加は俯いた。
首元の開いたシャツの隙間から、少し黒っぽいものが見えた。痣が増えたのだろうか。
諏訪隆の話が思い出された。隆の兄は、禍神に憑かれて亡くなったという話だ。
『人の幸せは、人であること。そう思わないか?』
諏訪の声が耳に聞こえて、明来はばっと耳を塞いだ。
「なにしてる?」
「あ、いや」
ふんと言って、智加は絵葉書を見始めた。
「ぐるぐる回って、やっぱり福岡か」
「え?」
「英彦山に療養所があれば、そこだろう」
「行こう。東辞。お母さんの手がかりがあるかも。それに、屑金も行きたいよね?」
「これ」
智加は絵葉書を、明来の目の前にぴらぴらとかざした。
「高宮には、言うなよ」
「ええ? なんで?」
「あの男を信用するな」
明来はぐっと唇を尖らすと、下唇を噛んだ。
智加は見向きもせずに、エンジンをかけた。
(続く)