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第6章 明来 -2-

-2-


瑤子ようこちゃーん」


どたばたと入ってきた子供たちに囲まれて、瑤子はきゃっきゃと笑い声を上げた。以前の失語症だった瑤子からは想像もできない姿だ。


ビーズの詰まった袋を見せて、子供らの中で一番輝いているように見えた。


不安が明来あきの中で大きくなっていく。

この状況は一体何なのか? 和気あいあいとはしゃぐ子供らに、溶け込めない自分が、本当はおかしいのではないか。そんな気さえもしてきた。


そうだ、東辞に。


ジーンズのポケットに急いで手を突っ込んで、ふいにその手が止まった。携帯電話を握ったまま、動きが止まってしまう。

俯いて、視線が右に動いて、壁の時計に目がいった。カチカチと秒針だけが動いていた。正確にゆっくりと。真っ白な飾り気のない時計で、融資者から貰ったものだ。。


きっと忙しい。


今頃は、参拝客の対応で、神社にいるはず。


黒髪のさらさらと流れる姿が、脳裏をかすめた。




『友達なんやろ?』


大学のクラスメート、里美さとみの声が思い出された。関西弁で、飄々としたやつだが、仕送りも貰わず、バイトもして、大学も休まずにきて、彼女もちゃんといる。しっかりしたやつだ。


『そうなんだけど。なんか急に離れてしまって。判らないんだ』


『そりゃあ、そうや。高校生の時みたいに、毎日会って、一緒に帰って、わいわいやっとった時とは違う』


『そうなんだけど』


『それにその友達、大学は休学して、家業を手伝ってるっていうやん』


『うん』


明来は俯いた。


『親兄弟と違うんやから、時間が合わないのは仕方ないやん。毎日会わないと不安なわけ?」


『そういうわけじゃなくて、急にさけ、』


避けられた、という言葉が使えなくて、明来はくちどもった。


『高校生から大学生になるって、すごい劇的な変化やと思うよ。関わってくる人も環境も違うし。自分が選んだ選択肢がダイレクトに反映されるやん。高校生ってのはおんなじ器の中で、わーわーやってる感じやって思う。器の端っこまで行っても、ぐるぐる回って最後は器の真ん中にみんな戻ってくるし。でも大学生になったら、選んだ器が違うって思うねん。もう入ってる器がおんなじやない。そこで違う人とぐるぐるして、新しい関係が生まれる。そして、先へ進む。それはその友達も明来君も同じことだと思うんよ』


『先へ進む?』


『そや。明来君は明来君の人生を生きる。友達は友達の人生を歩む。そんなに明来君が想うてる友達なら、また必ず会えるよ。その時、自分も頑張ってたって友達に言える人生にせなあかん』


里美の言う通りだ。今の明来はただ同じところをぐるぐる回って、誰もそばにいなくてダダをこねているだけだ。


何のために自分は大学に入ったか、児童学部の専門を選んだのか。


目が見えなくなっていた。


ただ、東辞とうじに会えないということだけで。


たったそれだけのことに、自分はこんなに不安になっている。


一体、自分はなぜここまで弱くなったのか。


『でも、会えんのは正直寂しいよね。僕かて、バイトに学業に毎日あっという間やから、彼女に会えんのは寂しいもん』


『そう、だよね』


明来は微笑んだ。


『そんな気持ちまで否定することない。寂しいのは事実やもの』


『え?』


『寂しくてええやん? 寂しい。嬉しい。悔しい。むかつくー。なんて感情、沢山あってええんとちゃう。それが人間やもん。色んな感情を切磋琢磨して大人になるんやと思う。僕らまだ成長過程やし? あはは。なんもない人生よりよほどええやん? 明来君は、友達と出会わなかったほうがええと思ったりするん?』


『それは』


『会わないほうが楽やったとか?』


明来は目を見開いた。


東辞との出会いを思い出す。




『卵焼きは、甘いのがいい』


『なんでお前には、効かないんだろう』


『それでも信じるんだろう? コップがいっぱいになっても』




明来は顔を横に振った。


『そや。それでこそ明来君や』


それでもまだ苦しい。この気持ちを、どこにやったらいいのだろう。。


『信じてたらええ。絆は切れへん。一日一日を楽しく過ごす。それが明来君に出来る友達への贈り物やないのかな」


里美はにっこりと笑った。




明来は、ふうと息をはいた。今、自分できることをする。


瑤子ちゃんが笑っている。それは最優先事項だ。取りあえず、父親に話を聞いてみよう。


その時、握りしめていた携帯がぶるぶると震えた。ぱっとフリップを開けると、そこには着信者の氏名が出ていた。


明来は即座に通話ボタンを押した。


高宮たかみやさん?」


「明来さん。今から向かいます。私が着くまで、何もせずに待っていて下さい」


「え?」


「そこにいらっしゃるのでしょう? 瑤子さん親子が」


驚いた。何もかも判っているようだ。


「そうなんです。それでっ」


「大丈夫。大丈夫です。智加さんにも伝えていますから。そこに居て。いいですね」


「はい、高宮さん」


明来はうなずいた。少しおいてから、通話ボタンを切った。携帯電話を握る手に力がこもった。

穏やかで低い高宮の声が、今も耳に残っている。


胸が熱い。


オレは何をしてたんだろう。信じてるなんて、ただのうわっついた言葉だ。そんな言葉を使うようじゃダメなんだ。本当の言葉なんて、ないのかもしれない。


今、感じたものを。


明来はぎゅっと唇を噛みしめた。


(続く)


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