表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/46

第3章 母 -3-

-3-


部屋を出て廊下に出ると、明来あきは窓のあるところまで歩いていった。外の風景は、とても綺麗な稜線を描いた山並で、青い空が広がっている。空の上のほうでは、ハンググライダーが頼りなさげに浮いていた。


あまりにものどかな景色で、どんな綺麗な風景も、明来の中には入ってこなかった。

ドアの向こうの智加はるかのことを考えると、知らずと唇を噛みしめていた。


話せって言ったのは自分だ。当初会うつもりはないと言っていた。ようやく探すのに同意してくれた智加だったが、心の整理が出来ていたわけではないのだ。さっきも部屋を出ていこうとしたいた。


これがもし自分だったら、何を話せばいいのかなんて、判らない。

第一話そうにも、意識不明の状態なのだ。


ひどく酷なことを言ったような気がして、明来はため息をついた。


視線を外の景色から戻すと、廊下の端でタバコを吸っている平田を見つけた。携帯用の吸い殻入れを片手で持って、ふうと煙をはいていた。明来が近づくと、慌ててタバコの火を消した。


「あの、お尋ねしてもいいですか?」


一瞬ぎくりとした顔をして、平田は、何でしょう、と言った。


「水桧さんは、何か言ってませんでしたか?」


「何かというと?」


「その、息子の話とか。東辞のことです。何か言ってませんでしたか?」


平田は少し言いよどんで、その、と言い出した。


水桧みずえさんは精神を病んでいて、あまり意思の疎通はできなかった。彼女も自分から何か喋るという感じでもなかった。ただ穏やかに過ごさせてやることが、私の勤めでしたから」


「先生の勤め? 水桧さんは、いつからここに?」


「もう十年近いでしょう」


智加と離されてから、ほとんどここに居たことになる。明来はまじまじと平田の顔を見た。


「先生はなぜ? どこまで知ってるんですか?」


平田は一瞬顔を歪めると、目を伏せて視線を彷徨わせていた。が、顔を上げるとまっすぐに明来を見つめてきた。


「答えられる範囲でしか、話せませんが。私が言うことは、他言しないでもらいたい」


「ええ?」


「あなたも東辞家とは何か縁のある方でしょう。あなたがどちらの派閥なのかは知りませんが、悪い人には見えない」


「オレはただ、東辞をお母さんに会わせたかっただけで」


「信じます。友達なんですね」


「そうです。高校の頃から。オレのほうが東辞に助けられてきたんです。だから、少しでも恩返しがしたくって。あいつはお母さんには会わないって言ったんです。でも、オレは会った方がいいからって無理矢理」


「そうなんですね」


明来は急にしゅんとなって、下を向いた。リノリウムの白い床の上は、塵一つなくぴかぴかと光っていた。


「高宮という男を知っていますか?」


「高宮さん? 知ってますよ。すごく優しい人で、オレなんかにも親切にしてもらって」


「そうですか。きっとこれは高宮が仕組んだことでしょう」


「え?」


「水桧さんをここに連れてきて、外部から遮断して世話をして欲しいと頼んだのは、高宮なんです」


「えっっ?」


明来はぎょっとなった。ぽかんと口を開けたまま、頭が真っ白になった。意味が判らない。水桧さんを探すように指示したのは、高宮さんだ。その本人が、水桧さんを隠したということなのか。


「どういうことなんですか? 高宮さんが水桧さんを探してくれって、オレに言ったんですよ。だから福岡まで来て」


ふむと言って、平田は腕を組んだ。顎に手を伸ばして、薄く伸びた鬚をさすると、ふっと息をはいた。


「あの男とは、大学時代からの付き合いでして。だいたいのことは読めます」


「何を考えているんですか、高宮さんは?」


「あなたでしょう」


「え?」


「あなたに探し出して欲しかったのでしょうね。あなたを信頼していると言っても過言ではない。東辞智加さんに会わせるには、あなたという中間が必要だったのでしょう」


「オレが?」


「高宮が智加さんを連れてきて、母親に会わせたところで、素直に会うとも思えませんし」


確かに、そう言われて納得した。明来はいきなりはっと声を上げると、前髪をがしがしと掻きだした。


「高宮さんってば、もう」


「あいつは、いい男です。大切なものは、なんとしても守る。ただ、素直ではないかな」


平田もふっと笑った。


明来はきゅっと唇を結ぶ。振り返って、先ほど出てきた扉を見つめた。


「東辞……」


高宮が10年前、母親から智加を引き離し、智加を東辞家に連れてきた。一人残された母親を、高宮は保護したことになる。これはどういうことなんだろうか。智加は言っていた。父親の東辞亘は、母親の所在を探していると。部下の高宮は母親を隠していたのこになるのか。


智加は、高宮を信用するなと言った。東辞亘に陶酔してる、言いなりだと。


何が真実なのか。


言いようのない不安が、明来の胸を覆っていった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ