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第1章 大学生活 -1-

智加&明来シリーズ4です。この物語はこれで第一部完となります。BL作品です。ケガやバトル、痛いシーンもありますので、苦手な方はご遠慮ください。

-1-


「おはようさん。履修終わった?」


屈託ない笑顔で話しかけてきたのは、名を田中里美たなかさとみと言った。大学の入学式の日に知り合った、長身で関西弁の男だ。髪は肩ぐらいの長さで、少し伸びた部分を黒い紐で結んでいた。


同じ児童教育学部児童学科で、学籍番号が隣り合わせ、里美は歳は明来あきよりも二つ上だった。おはようって時間でもなく、もうそろそろお昼だ。


「おはよう。うん、だいたい終わったよ。これ書いたら学生課に行こうって思ってる。田中君は?」


目の前に置いた履修カードは、だいたい書き終わったところだ。


「里ちゃんでええって。さっき出してきたところや。明来君はなんかクラブに入るん?」


「うん。入りたいって思ってるんだけど。でもまだ何って決めたわけじゃないんだ。色々あって迷ってる」


今週までオリエンテーション中で、大きな講義室では、慣れない生徒たちばかりでざわざわしていた。高校生からいきなり大学生になったものの、制服でない服装にどうも違和感があった。


「入学式の時、呼び込みすごかったなー」


「そうだね。体育会系はちょっと無理かな」


「僕も。あんな熱いの、無理やわ~」


手のひらを頬の横でひらひらさせて、里美は「あつあつ~」とあおいだ。その仕草に人懐っこさを感じて、明来はなんだかほっとした気持ちになった。里美はそういう人を柔らかにさせる雰囲気があった。


「太鼓部は面白ろそうだったけど」


「ああ、僕もおもうたわ。式典で演奏してたよね。威勢が良くておもろかったわ。でも女の子と遊ぶんやったら同好会がええよ。ラケットとか、スカッシュとか、軽い系の運動部」


「女の子?」


「そや。大学生っちゅうたら、勉強も大事やけど、女の子と遊ぶんも大事やろ?」


にっと笑う。


「あはは。そうだね」


「もう、明来君はそういうの欲がない感じやね? もう彼女とかおるん?」


「いないよ。付き合ったこともないんだけど」


「それならなおさらや。がんがんいくでー」


「な、なにを?」


ふふふーっと里美は笑った。


「女の子はええで。柔らかくてふわふわで」


「はあ?」


「まあまあ、僕に任せとき。悪いようにせんって」


「オレ、そんなつもりは」


「履修出しに行こう。そいで学食や」


里美は明来のカバンを持つと、動き出した。


大学の学食は広く、まるで大きなレストランだ。お盆をもって、自分の食べたい皿を乗せて計量するタイプと、熱々を食堂のおばちゃんに作ってもらうタイプと二つのコーナーに分かれていた。


里美はおばちゃんと話ながら作ってもらうのが好きなようで、いつもこちらのコーナーだ。そんな人懐っこい屈託ない里美は、傍にいて気持ちよかった。


里美はかつ丼、明来はサバの煮込み定食だ。


「明来君は自宅通い?」


「うん。里美君は?」


「僕はほら関西出身やから、こっちには一人暮らしよ。楽でいいわー。でも、バイトせな、親からの仕送りだけでやっていけんからね」


「バイトって何してるの?」


「まあ、硬い仕事やないけど。呼び込みみたいなやつ」


「呼び込みって。もしかして、パブとかスナックの」


「そうそう。プラカード持って、可愛い子居てますよーって。夕方から夜までするんやけど。もし興味あったら紹介するよって」


明来はぴくりとなって、首を振った。里美は笑った。丼をかかえて、卵のとろりとかかったカツを口にほおばった。


アパート借りて、一人で暮らして、大学もアルバイトもして、自分よりはしっかりしてる。世界も違うのだろうな、と思った。


その時、いきなり背後で声がした。


「あー。里美、ようやく来たな」


そう言うと、いきなり里美の首を締めた。男子学生が2人立っていた。


「わ。先輩。何しはるんですか?」


「連絡くれって言っただろ? ライン教えろ」


「僕、ガラ系なんで、ラインはせーへんのです。先輩こそ、こんな時間に学校来てはるなんて珍しいですね」


「4月だけな。履修があるだろ?」


「あーそれで」


先輩と呼ばれた学生は、里美よりも年上なのか。同じくらいに見えた。


「あー。こっち僕と同じクラスの斉藤明来君です」


「あ、初めまして。俺ら里美と高校が一緒で、3年法学部の山本と友達の中里です」


隣にいる学生が会釈した。里美の先輩という山本は短く切った茶髪で、体格もよくいかにも遊んでいそうな感じだ。


「斉藤君だっけ、里美って調子いいだろ? 悪いやつじゃないから、仲良くしてやってくれ」


「いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」


明来はぺこりと頭を下げた。


「斉藤君、可愛いなー。女子にもてるだろ?」


「そんなことありませんよ。第一あんまり喋ったこともないです」


「そーなん? これは楽しみだなー。里美、手―出すなよ?」


「何言ってるんですか。もう先輩はー」


里美はむっとした顔をした。


「そうだ。斉藤君。クラブ決まった?」


「いえ。まだ特別どことは決めてなくて」


「そしたら、俺らのところどう? 料理研究会」


「え? 料理ですか?」


雰囲気から見えなくて、明来は思わず聞き返した。身なりや軽そうな雰囲気から、てっきり遊んでそうなラケット部かスカッシュな感じだ。


「そう。郷土料理を食べに行ったり、自分らでも食材探して新しい料理を研究してさ。コンテストにも応募するよ。食は人間の基本だから、美味しい上に身体に良い料理を研究するんだ」


「へえ」


明来はなかなか面白そうだな、と興味を持った。


「お前はどこに入るんだよ? やっぱり映像関係か?」


山本は里美に向って言った。


映像関係と聞いて、里美は映画に興味があるのか、と明来は思った。


「写真か映画かって迷ってますけど。バイトで忙しいからですね。でも美味しいもん食べれるんなら、先輩のところもええな」


「やっぱり芸術より食い気だろ、お前は」


「先輩、ひどいですわー。それとこれとは別です」


二人は笑い合った。


「じゃ、斉藤君考えておいてくれよ。また連絡するから。あ、可愛い女子も多いよ。ドライブして旅行もするし」


「え、先輩っ。それ早よう言うて下さい。はいはーい、僕入部希望しまーす」


「ったく、調子いいやつだな。頭数に入れといてやるよ」


山本らは手を挙げて、じゃあと言うと学食を出て行った。


「楽しそうだね」


明来は、冷えてしまったお茶をすすりながら言った。


「旅行にドライブっていいよね。学生の身分じゃないといけへんし。僕、免許あるんやけど、車持ってへんから、助かるわ」


「そうだね、確かに旅行っていいよね。オレも先月初めて福岡行って、楽しかった」


「福岡行ったん? めんたいこ食べた? とんこつラーメンは?」


身を乗り出して言う里美に、明来は可笑しくなった。


「あ、ラーメン食べるの忘れたー」


「なんや、あかんやん。とんこつラーメン食べらな」


「魚は美味しかったよ。あと、梅ヶ枝餅。太宰府で食べた。美味しかった」


「あ、聞いたことある。菅原道真のやろ?」


「そうそう。ネットで販売もしてるけど、やっぱり行って食べるのがいいよね」


「はー。そうかー」


里美はうっとりとした顔をした。なんだかおかしくなって、明来はぷっと吹き出した。


「なんなん?」


「いや。なんかオレと似てるかなって思って」


「似てる?」


「オレも美味しいの食べるの好きだから」


「そうかー。ええよねー。美味しいの。なあなあ料理クラブ入らへん? 僕ら児童教育学部やから、きっと食材を勉強するのにも役立つと思うねん」


「そうだよね」


「そうそう。それに美味しいの食べれるし、可愛い女子と旅行もできるし」


里美はにっこりと笑った。


「写真のほうはいいの?」


「ああ、そっちは自分一人でもできるし。やっぱ、みんなでわいわいできるのがええしな」


「そうだね。楽しそう。考えてみるよ」


「前向きにお願いします」


と言うと、里美は頭を下げた。その様子がおかして、また笑ってしまう。


さてと、と言うと、里美は席を立った。明来もトレイを取ると、里美と一緒に返却口へ向かった。学食は人でごった返していた。


里美と明来は学食を出て、正門へと向かった。構内は広く。大きな樹があちこちに茂っていて、その下はベンチになって沢山の人が歓談していた。4月ということで、学生も沢山出てきている。


1年生はまだ初々しさがあるが、3年生4年生あたりは、ぐっと大人っぽく見えた。たった一、二年違うだけなのに、歳の差を感じてしまう。


「なんかみんな大人っぽいよね」


「そりゃ、仕方ないよ。明来君は先月まで高校生やったんやから」


「そうだよね。なんかみんな大人に見えて、どきどきする」


「あはは。可愛いな。僕も一応2歳上なんやけど」


「あ、里美君も大人っぽいよ。オレなんかと全然違って」


くすりと笑うと、里美は明来を見降ろした。隣に並んで歩くと、里美は結構背が高い。細見で長身で、すっとした顔立ちだ。


「ええよ。僕は漂漂とした感じやから。あんまり真面目に見られへんしね。高校生の時に病気して、一年休学したんよ。そいで勉強ついていけんようになって、一浪して、ようやく大学通ったんよ」


「そうだったの? 身体のほうはもう大丈夫なの?」


「ああ、すっかり。もう平気や」


「よかった。大学生活、楽しもうね」


「その言葉、明来君もやで?」


「うん」


さわさわと4月の気持ちいい風が吹いてきた。構内は植物に溢れて、背の高い木々のあいだから、木漏れ日があふれていた。少し離れたところにあるグランドからは、運動部の掛け声がかすかに聞こえてきた。正門近くまで来ると、里美が立ち止まった。


「僕はこれからバイトやねん。明来君は?」


「あ、俺も今から友達と約束してて」


「ここの人?」


「ううん。別の大学に行ってるんだ。高校の時の友達で」


「そっか。待ち合わせどこなん?」


「そこの正門に。もう来てるかも。里美君、会っていく? いい奴なんだ」


里美はすっと視線を正門に移した。少し眉をひそめたかと思うと、手にしていたリュックを肩に担ぎ直した。


「あ、いや。ほな、ここで。あ、忘れもんしたわ、ちょっと大学戻るな。また明日」


里美は慌てたような顔になると、踵を返して学内に戻っていった。ん?と思ったが、別に変なことを言ったわけでもないし。明来は手を振ると、その後ろ姿を見送った。


腕時計を見ると、待ち合わせの時間になっていた。振り返って正門へ急いだ。なにやら、人だかりができていた。ま、まずいかも。


明来は走り出した。


人だかりというか、正門から少々離れて立ち止まってじろじろ見ている集団が出来ていた。それも女子ばかり。


やはり。


明来は走り込んだ。


案の定、むっとした顔の智加はるかが立っていた。


(続く)

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