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祝賀祭その後 藤の花籠と氷の大魔法使いとその弟子

前のお話の続きです。なぜか当人同士以外が大変そうです(笑)

一昨日はバラ、昨日は百合、今日は蘭。

先日行われた開校式の祝賀祭以来、毎日甥っ子は大きな花束を抱えてやってくる。

心なしかげっそりしている甥っ子に

「・・・・・なんだかごめんね。」

と言ったら疲れたように笑われた。

この子もお仕事やら研究で忙しいだろうに。

「部屋中花だらけになっちゃいそうだね。」

「もうなっているわ。」

花瓶がもうないわ、買いに行かないとねと言ったら、手回し良くこれもプレゼントだって、と新しい花瓶を渡された。

「・・・・・ありがとう。」

「これも先生からだよ。」

ちょっとためらってから

「背も高いし、怖そうに見えるかもしれないけど、優しい人なんだよ。」

おずおずと私に伝えてくる。

「それは祭くんが尊敬している先生だもの。疑ってないわ。」

祝賀祭で「乱舞」を披露した私、何故か甥っ子の師匠に気に入られてしまったようで。

当日もの凄い勢いで求婚されて私はパニックになり逃げ出した。

「白き雪の大国」が誇る、世界有数の大魔法使いを知らない人はいない。

甥っ子が彼の弟子になったと聞いた時はものすごく驚いたけど、嬉しくて誇らしくて。

大魔法使いのことは、年齢も近いこともあって、私も昔から憧れていた。

とはいえ存在が遠すぎて、本当に淡い憧れ、歴史上の人物を見るような気分だった。

銀色の髪も水色の目も、無表情なのも、美しい顔立ちも、二メートル近い長身も、魔法使い特有の優雅なフード姿も、ああ噂や本や映像で見たり聞いたりした通りと呑気に感嘆していたのだ。

祝賀祭のことは、何かの冗談か間違いだったと思っていたら次の日から、甥っ子は花束を持って通ってくるようになった。

本人が来ると怯えるだろうし、何より目立つ、ということで弟子の甥っ子に託したらしい。

最初は断ったのだけど、そうしたら泣きながら甥っ子が再び尋ねてきた。

師匠が落ち込んで魔法の制御が効かず通り一帯がスケートリンクになってしまっている、と。

お願いだから受け取って、と甥っ子に泣きつかれて、思わず受け取ってしまった。

そして家中が花だらけになった。

みずみずしい蘭の花束を見て、家中に溢れる花々を見回した。

これ全部でいくらぐらいかかるのかしら、と思ったら血の気が引いてきた。

もらいっぱなし、というのは本当に本当に気がとがめる。

可愛くてもててもてて仕方が無いプレゼントが絶えない女性なら平気でいられるかもしれないが、残念ながら私はそうではないのだ。

疲れた様子の甥っ子を見て、このままではいけない、と拳を握りしめた。

氷の大魔法使いは、きっと祝賀祭のおめでたい雰囲気とか、弟子の立派な様子とか、舞台衣装とか、そういうのに惑わされて盛り上がってしまったに違いない。

私は三十前のしがない独身女性で、ありふれた魔術師にすぎない。

服装だって顔立ちだって地味だし、特にこれと言った特長もない。

きっともう一度普通の日にお会いすれば、氷の大魔法使いも冷静になって興味を失うはず!

「わ、私、一度祭くんの先生にお会いしてみたいわ。」



「白き雪の大国」が世界に誇る氷の大魔法使いことミーシャは困惑していた。

こんなに思い悩むのは国を巡っての魔法合戦をした日以来だ。

あの時だってそれなりの自信はあったが、今この状況は全く心細いものだった。

愛弟子が携わることになった学校の祝賀祭で、素晴らしい出会いがあったのだ。

その人は愛弟子の叔母だった。

藤、というこの国特有の美しい花に愛されているのが感じ取れた。

自分としては奇跡としか思えない。この奇跡を逃してはいけない、と焦ったのがいけなかったらしい。

肝心の女性は逃げてしまい、いつもは穏やかな弟子にはこっぴどく叱られ、行事の最中、弟子の叔母には近づくな、と言われてしまった。

あれ以来魔法の制御が効かなくて困る。

油断していると歩いている場所がそのままスケートリンクになってしまう。

ミーシャは色恋に疎い。

生い立ちのせいか、育った場所のせいか、その魔力のせいか、周囲の人間のせいか、元々の性格か、その素晴らしい美貌と長身のせいか。

多分全部だ。

ミーシャはこんな時どうしていいか分からない。

と言っても何もしないでいるのは辛い。

仕方ないので当日一緒にいた「愛と美の国」の魔法使いに聞いたら、やけに楽しそうな顔をして

「花でも贈ってみたらどうですか?」

と言ってきた。

愛弟子に聞いてみると叔母は花が好きだという。

ミーシャは生まれて初めて花屋に行ってその光景に圧倒された。

ミーシャが花に興味がなかったというのもあるが、「四季ある国」は他国に比べて花の種類が豊富らしい。

その多様さに感心しつつ、ミーシャは花を贈った。

愛弟子に頼んで届けてもらう。自分が行くと拒まれたら、と思うと怖かった。

花を贈るたびに受け取ってもらえるか不安で部屋中が霜だらけになった。

元々は愛弟子の様子を見るためだけにこの国へ来たのだ。

いい加減に帰ってこい、と国からも言われて溜め息をついていた時、愛弟子が幸運の使者となって訪れた。

「叔母さんが会いたいと言ってるんですけど。」

ものすごく驚いているはずなのだが、氷のような美貌には些かも乱れは見えない。

「本当か?」

「嘘ついてどうするんですか?」

「そうか。」

愛弟子は胡散臭そうにミーシャを見てから、天井を見上げ、口をぽかんとあけた。

その顔があの人にちょっと似ているな、ととぼけたことをミーシャは考えていた。

「先生、本当に嬉しいんですね。」

「?」

天井を指さされて、ミーシャも顔を上げる。

宮殿にあってもおかしくはない氷のシャンデリアが天井いっぱいに吊り下がり、氷の蝋燭から雪が降っていた。




目立つからということで、魔法使い特有のフードを外し、服装もあっさりしたものでまとめたミーシャの姿は残念ながら、全く世間に馴染んでいない。

大魔法使いとはさすがに分からないが、なんせ顔もスタイルも良すぎる。

おまけに背が高い。

本人は全く気付いていないが、歩く道すがらから、喫茶店でお茶を飲んでいる今まで、周囲の注目をあつめてしまっている。

「・・・・・やっぱり帰ろうかしら。」

その様子を遠くから見て呟いた叔母に

「それはさすがに可哀想だからやめてあげてくれる?」

甥っ子は苦笑する。

「そ、そうね。」

頷く彼女の服装もあっさりしたものだ。

シンプルなセーターにジーンズ。

顔も薄化粧で、おまけにメガネ。ごくごく普通の普段着だ。

「きっとすぐ祭の先生、お家に帰られるわよ、私が相手だし。」

「そんなこと言わないでよ。叔母さんだって魅力あるんだよ。」

甥っ子はその後に真面目な顔で付け足した。

「叔母さんこそ嫌だったらさっさと帰って良いんだからね。僕が先生の弟子だからって気にしなくて良いんだからね。」

「ありがとう。」

小さく笑って待ち合わせ場所に向かう叔母を甥っ子は心配そうに見送った。



ミーシャの目には彼女が入って来た途端店中が明るくなったように感じた。

見なくても何故か彼女だと分かる。

途端に緊張で体が強張る。

小柄な彼女がこちらに歩いてくるのを立ち上がることも出来ず、目で追うことも出来ず、じっと待っているしかなかった。

彼女の方は気付いてないんだな、くらいにしか思っていない。

それぐらいはたから見るとミーシャの姿は悠然として、寛いで見えた。

「こんにちは。」

柔らかい声が届いて、ようやくミーシャは顔を上げた。

メガネの奥の穏やかな瞳が自分を見つめている。

先日とは全く違う姿の彼女がいた。

日常の彼女の姿に何かが擽られる。

飾りっ気のない姿に胸の奥がざわざわする。

ミーシャには彼女が花を背負っているように見えた。

無表情のまま固まってしまう。

鼓動が早くなって、上手く喋れずにいると、彼女が首を傾げる。

この国の人々に多い艶やかな黒髪がさらさらと流れた。

「ミハイル先生?」

困ったような笑顔で、柔らかな声が自分の名前を「正確に」呼んだ。



「ああ、心配だなぁ。」

僕は美味しい紅茶をご馳走になっていた。

尊敬する先生と大好きな叔母さんの突然の色恋沙汰に巻き込まれて疲れきった僕を、先輩の伊織くんと、彼の先生がお茶に誘ってくれた。

美味しい紅茶とクッキーに大いに慰められる。

「祭くん、でも二人とも大人だしさ。」

「そうだけど。先生最近魔法の制御が効かなかったんだよ。歩くたびにつららが天井にできちゃったり、雪が降ったり。」

「それはちょっと凄いね。」

「うん・・・。」

クッキーをポリポリかじりながら僕は頷いた。

半ば本気で 叔母さんを氷漬けにするんじゃないかと心配になったものだ。

「う〜ん。でも叔母さんも嫌ではないんでしょう?」

「多分ね。」

「それに叔母さん、魔術師だし。」

「そうなんだよねぇ。」

「・・・話が見エマセン、どいうことデスか?ナゼあなた達が魔術師ダカラとオバサンのキモチ分かるのですか?」

今まで黙って聞いていた伊織くんの先生が、目をパチクリさせながら首を傾げた。

女心は複雑ですよ、と続ける。

伊織くんがそうでもないんですよ、と答えた。

「魔術って魔法よりもずっと使う人の感情に左右されちゃうんですよ。だから周りがどんなに無理強いしようと、本人が嫌だったら使えないし、反対に本人が恐怖を感じたりしたら、意識しなくても魔術が現れてしまうこともあるんです。」

「ツマリ・・・?」

「叔母さんが嫌だったら、祝賀祭の時のパニックになった時か、今日会った時には魔術が氷の大魔法使いに襲いかかっているはずなんです。」

「魔術は使う人を基本的に守ろうとするものですから。」

「叔母さんは優秀な魔術師です。本気になったらそこらの魔法使いでは捕まえられないですよ。」

「ナルホド。」

「あれだけパニックになってもそれが未だ起こっていない、ということは。」

「叔母さんも憎からずは思っているってことなんでしょうね。」

はぁ、と僕は溜息をついた。

伊織くんがぽんぽんと肩を叩く。

「どうせならうまくいくよう祈ろうよ。」

「そうだねぇ。」

優しく微笑む伊織くんに僕は頷いた。

「大切なのは本人同士の愛ですよ、愛。」

伊織くんの先生はそう言って優雅に紅茶を飲み干した。



自分の名前をきちんと呼ばれた時には、魔法が暴走しそうになったが、その前に彼女の頬が赤いことに気付いた。

「あ、あのお花をたくさんありがとうございました・・・。」

ミーシャとしては奇跡的だが我に帰り、目の前の女性の耳までが赤いことに気が付いた。

頬を染めている彼女をどう形容していいか分からない。

それがなんという感情だか分からないが、ミーシャの体の奥を擽るものがあり、彼は思わず笑っていた。

二人の目が合う。

恐らく愛弟子が見れば悲鳴をあげただろう。

ミーシャはにっこりと笑っていた。

目の前の女性のメガネの奥の瞳が大きくなる。

顔がまた赤くなったな、と思ったら、喫茶店の床一面に花が咲き始めた。

「え、ええっ!?」

周囲の人々も慌て出したが、一番慌てているのは目の前の彼女らしい。

オロオロと周囲を見回している。

植物から気持ちが浮き上がるような気配が伝わってくる。

「お会いできて嬉しいです。」

周囲の様子に全く関係なく、静かにそう伝え彼女の名前を呼ぶ、目の前の女性の顔が更に赤くなり、天井から藤の花が舞ながら降りてきた。

その瞬間、氷の大魔法使いの心はすっかりこの藤の花に愛されている女性に絡め取られてしまったのである。



なかなか帰国してこない大魔法使いに、堪忍袋の緒が切れた宰相が直々に乗り込んできて「四季ある国」の元首を困惑させ、宰相の麗しさに老若男女がとろけてしまい、なんだかんだで二国間の関係が良好になってしまうのは、これから少し後のこと。












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