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藤の花とこけしちゃん

四季ある国と呼ばれる小さな国の人々が、日々を過ごしたり、小さな出来事や大きな事件に遭遇したり。

長編というよりも短編集のつもりで、同じ世界観で時系列、舞台、主人公それぞれバラバラに気ままに書き綴っていきます。

十歳の甥っ子に久々に会ったら、キノコみたいな髪型になっていた。

まるでこけしちゃん。

おまけに風呂敷をマント代りにして、はためかせながら、なんだかデタラメなことを叫びながら部屋中走り回っている。

かわいい。

我が甥っ子ながらめちゃくちゃ可愛い。この地域に住む人に多い黒髪もさらさら、黄金を沈ませた、と言われる肌ももちろんつやつや、ほっぺもぷくぷく。切れ長の黒い瞳もキラキラ。

可愛い。おばさんは将来が楽しみだわ。

「言ってる場合じゃないわよ。」

うんざりしてるのか疲れてるのか、彼の母親、私の姉は浮かない顔で口を開いた。

「疲れてるね〜、どうしたの?」

久しぶりに会いに来たというのに出迎えてからすぐ、ぐったりとソファに沈んだままなのだ。

「体調悪いの?」

「体は元気よ。悪いけど、お茶でも淹れてくれない?」

「お客に淹れさせるの?やあねえ。」

とは言うものの、疲れた様子も気になる。姉に淹れてもらった方がずっと美味しいのだが、お茶を淹れるくらい勝手知ったるなんとやら、でたやすいものだ。

「紅茶で良いかな?」

姉は紅茶に凝っていて良い茶葉をいつも用意している。

「棚にクッキーとスコーンもあるわよ。」

やった!私は足取りも軽く台所に向かった。

のだが、棚からクッキーとスコーンの入った籠を取り出そうとして、私は小さく悲鳴を上げた。

慌てて取り落としそうになって、掬い上げる。

「な、何これ?!」

スコーンもクッキーも籠ごと冷えていた。

冷えているなんてものじゃない。

目を凝らして見直して、私はあんぐりと口を開いた。

籠ごと薄い氷の膜に覆われている。クッキーもスコーンも籠も氷漬けだ。

「どういうこと?!」

「・・・・・」

異様な気配を感じて振り返ると、表情のない姉がゆらりと立っていた。

「い」

おもむろに唇が動く。

「い?」

「いい加減にしなさあああああああああっい!!!」

姉の怒号が辺り一帯に響き、何かに捕まえられたらしい甥っ子のぎゃあああああんという泣き声がこれまた辺り一帯に響き渡った。


一時間後、藤の花が部屋中に咲き乱れる中、私達はお茶をいただいていた。

お茶もクッキーもスコーンも温かい。ほっとして姉が淹れてくれた美味しいお茶とスコーンをゆっくりと楽しむ。その私の隣には甥っ子が鼻をグズグズいわせ、まだ真っ赤に目を泣きはらしたままクッキーを食べている。

ソファーの上に体育座り、可愛い。

先ほど姉が暴走させた藤の花に簀巻きにされて、泣きながらおもらししていたのは秘密にしてあげるから。

「ごめんなさいね、取り乱しちゃって。」

ああ、こんなに藤の花が、と姉は溜息をつく。盛りの季節のせいかしら。

「いいよいいよ。久しぶりに藤の乱舞が観れて楽しかったし。」

おねえちゃんの藤の乱舞は綺麗なんだよねえ、と付け足すと誇らしげに藤の花が香った。

「でもまあ花が咲くくらいなら良いけれど、お菓子が凍ちゃったりするのはこまりものだよね。」

皆が冷えちゃうし、風邪ひいちゃう。

「風邪ひいたらお腹痛くなるし、クッキーも食べられないよ?」

ね、と甥っ子に話しかけると、小さな声でごめんなさい、と呟くように言う。

あー可愛い。我が甥っ子は本当に可愛い。

「でもなんで急に『氷』を使うようになったの?」

藤が急に乱れ咲き、蔓が蛇のように動き出したのは、姉の「術」のせいだ。

「術」を使える人間はこの地域の気候的にも伝統的にも『植物』に目を向ける人が多い。姉も姉の旦那も植物を扱うのが得意だ。

かく言う私も「術」を嗜む。姉妹揃って植物の中でも特に藤と相性が良い。

姉も私も地元の季節の祭などでは時々藤の乱舞を披露している。

もっと「術」について学びたい私は大学に進学して一人暮らしをしている。

とはいえ、ゴンドラで片道二時間ほどの距離なので、こうして実家にも、姉の嫁ぎ先にもちょくちょく顔を見せている。

「学校でね、先生が氷の魔法使いの話してくれたの。」

「氷の魔法使い?」

「あなたは勿論知っているでしょう?四重の魔法の話よ。」

「ああ、あれ?!」

北の氷の大陸に最近天才魔法使いが現れた。

年は弱冠十九歳。国によっては成年に満たないその年齢、ほっそりとした長身、銀色の髪、灰色がかった美しい水色の瞳を持つ麗しいこの魔法使いは、彼よりもずっと年嵩の大人たちが二重の魔法にも苦戦する中、やすやすと四重の魔法を完成させてみせた。

しかも彼がその魔法を完成させたきっかけは山火事。

冷えていると同時に乾燥した空気を持つ氷の大陸は名前を裏切るように火事が多い。

ある時山火事が起こった。瞬く間に山全体に炎が燃え広がった。

その時、若き麗しの魔法使いは四重の氷の魔法を山全体に巡らせた。

話によると炎は燃えていたその形のまま凍りついたとか。

火事は収まり山に住む人々も動植物も助かった。

一時大きなニュースになった。私も興味深く新聞や雑誌で情報を求めた。しばらくその話題で持ちきりだった。

登場が劇的で、能力が偉大な上に、麗しい容貌もあいまって麗しの氷の魔法使いの人気はまだ衰えない。

知らない人間は知識不足と言われるだろう。

「ああ、あれはすごいわね!」

「おばちゃん、知ってるの?」

甥っ子の目が輝く。

「もちろん。偉大なる四重の氷の魔法使い!私もあんなふうに力が使えたら素晴らしいでしょうね!」

ほうっと憧れの溜息をつく。

「ぼ、僕、あの人みたいになりたいの。」

「氷の魔術師みたいに?」

「すっかりはまっちゃっているのよ。」

うんざりしたように、姉が言う。

髪型も真似したがるし、魔術師のフードがほしい、とか言い出すし。

なるほど、だから風呂敷しょってるのね。そしてその髪型は前髪を長めに伸ばした麗しの魔法使いの真似なのね。

姉の抵抗でオンザマユゲになってるから、こけしちゃんみたいでただひたすら可愛いけど。

彼の中で氷の魔法使いはすっかりヒーローになり、『植物』を扱う父親は相手にしてもらえず、涙涙の毎日らしい。哀れな。

「確かにあの人は凄いわ。」

腕を組んでうなづくと、甥っ子の目は更に輝いた。

「でも魔法使いはいたずらなんかして皆を困らせないわよ。」

しょげそうになる甥っ子に、更に続ける。

「それに彼も暖かい時期は『植物』の魔法でお野菜やお花を作っているらしいし。」

「そうなの?!」

「そうよ、あなたもお父さんとお母さんにお野菜やお花を作る方法を教えてもらったら?」

甥っ子の目が更にキラキラ輝いた。これでこの子の父親も名誉回復するだろう。やれやれ。

目を輝かせたまま甥っ子はソファーから飛び降りた。

「おやつもういいの?」

「うん!ごちそうさま!」

風呂敷のマントをはためかせて、甥っ子はお庭で遊んでくる、と部屋を出て行った。

足音が遠ざかるのを見送って、姉は私に目を向けた。

「あの子をどう思う?」

「天才だわ。」

即答すると姉もそう思うわ、と薄く笑った。

本を読んだだけ、話を聞いただけで、体質的にも向いているとは言えない『氷』を、こんな暖かい季節に使える。しかもまだ幼い子供が。

「北の大魔法使いの後継者かもね。」

「いたずらには困るけれども。」

姉の笑みに合わせるように、藤の花が香った。

可愛く優秀な甥が「乱舞」を覚えて、家中をとうもろこしだらけにしてしまうのは、もう少し先のお話。




初投稿でドキドキですが、とりあえず一話出来ました。これからちょっとずつお話を増やして行きたいと思ってます。楽しんでいただけたら幸いです。

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