勇治③
勇治①②の続きです。
母さんが死んだ時、勇治は小学校三年生だった。父さんは勇治を抱きしめて泣きながら、「これからは、二人で力を合わせてやっていこうな。」なんて言っていたのに、すぐにつまずいた。親戚の人たちが帰ってからの家の中は、あっという間にめちゃめちゃになった。「今晩帰ったら、必ずやるから!」なんて言って勇治を拝むマネをしていたが、帰宅してからの父さんは、缶ビールを開けて、そこに寝転がるだけだった。揺り起こそうとしても、クサい息といびきが返ってくるだけで、父さんはびくともしなかった。父さんまで死んでしまうんじゃないかと、怖かった。外の暗さがヒタヒタと家中に浸食してくるようで怖かった。父さんのいびきといびきの間が、ひどく長く感じられて、その瞬間の静けさが勇治を圧迫するようで、怖かった。TVの音量を大きくしても、誰かが家に入ってくるために様子を伺っているようで、怖くて後ろを振り向くことができなかった。それでも、父さんが帰ってきてくれる日は、ずっと、いい。夕方、家の電話が鳴り「今日は遅くなるから…」という父さんの声を聞くと、勇治はこれから始まる長い長い時間を想像して、絶望したものだった。
今朝、足に落ちてきた自転車のせいで、足の甲が痛い。血が出ているかもしれない。靴下に血が染みていく感触が伝わってくる。かまうもんか。どうせ、寒いんだ。ちくしょう!勇治は道ばたにあるものを蹴り飛ばしながら歩いた。歩道者用のポール、資源回収用のゴミ回収箱、どこかの家の塀…寒さで感覚が鈍っているのか、痛みでジンジンしているのか、蹴り飛ばす快感で足がしびれているのか、勇治にはわからなかった。とにかく、むかつくんだよ!!!歩きながら、蹴飛ばしながら、勇治はコンビニの袋からいなり寿司を取り出し、包んでいるビニールをやぶく。捨てる。蹴る。歩く。冷たい。おいしくない。白い息を吐く。ゴミを捨てる。寒い。むかつく!むかつく!むかつく!!!