勇治①②
先日、ここに投稿したのですが、連載の形が作れなくて…
コメントくださった方、すみません。ありがとうございます。
「母さん、母さん、母さん!」
また、同じ夢を見た。息が荒い。頭が重い。身体が痺れている。
勇治は、ベッドからずり落ちた。正確には、自分で自分の身体を床に投げ出した。天井には、いつもと同じ電球の輪が見える。良かった、夢だ。オシャレなベッドいいけれど、こうして床に寝転がってみると、床の冷気がじかに伝わってきて気持ちがいい。勇治は腕を天井に向けて伸ばしてみた。ごつごつとして健康な若者らしい筋肉質の腕が見える。次に手を大きく広げたり、グーに握ってボクサーの真似ごとをしてみたりする。良かった。ちゃんと動く。オレは大きくなった。もう、無力な子供じゃない。世界は今日も順調だ。
制服に着替え、階段を下りて台所に行くと、火の気のない換気扇の下で、父が新聞を読みながらタバコを吸っていた。「おはよう」ボソッと父がいう。「…ハヨ」顔を見ないでボソッと勇治が言い返す。トイレを済ませ、洗面所に行く。髪を整える。また、寝ながら泣いてしまったのか、瞼が少し腫れている。冷たい水を何回か顔に叩きつけるようにすると、少し治まったようだ。大丈夫。オレはもう無力な子供なんかじゃない。
「父さん、金…」勇治が言うと、「お、…」と父はくたびれた背広のポケットから千円札を出して、ちょっと頭を下げるようにして「悪いな、いつも…」とモゴモゴ言いながら勇治に渡した。勇治は「別に…」と言いながらさっと千円を受け取ると、玄関を出た。あんな父さんは嫌いだ。オレはあんな父親になんかならないぞ!ましてや、あんな「ママ」なんかと間違っても結婚するもんか!玄関のドアをわざと音が出るように乱暴に閉めると、両手をポケットに突っ込んで、勇治は歩き出…そうとした。その時、ドアを乱暴に閉めた反動で、玄関脇に置いてあった子供用の補助輪付きの自転車が勇治の足に倒れてきた。勇治はしたたか足の甲を打ち付けられた。「チッ!クソ!自転車までオレにくっついてきやがる!!!」その小さな自転車を足で思いっきり蹴り飛ばして壁にたたきつけると、勇治は白い息を吐き出しながら、朝もやの中を歩き始めた。
母さんが死んだのは勇治が小学校三年の時だ。母さんは元々細かったのに、勇治が二年生になるころには、さらに痩せてしまって、勇治ですら心配になって、「ごはん、もっと食べないとダメだよ。」と言った。母さんは料理が上手だった。朝、目が覚めると、台所からごはんの炊きあがる匂いと、おみそ汁の匂い、焼き魚か卵焼きか…の匂いがしてきたものだ。母さんの作るお弁当は、地味だったけれど、本当においしかった。小学校に上がって、初めての遠足の時のお弁当は、いなりずしだったっけ…
早朝のコンビニで三個パックのいなりずしを手にしながら、勇治は思い出していた。「こんなモン、いなりずしなんかじゃねーよ。」心の中で毒づきながら。260円。同じ陳列棚のおにぎりを選ぶ。シーチキンと鮭。期間セール中なので、200円。振り返って菓子パンを手に取る。120円。やめておこう。レジに向かって歩き、レジ横のHOTの扉を開けてお茶を一本取りだす。120円。千円札と一緒に乱暴に置いた。
続きます。