35.槙の一人語り
槙君が誰にともなく語ります。
視点 槙
「……良い天気だなや」
「にゃー」
昨日までとはうってかわって快晴。雲一つない青空が広がっている。
ここは樂の言うところの“例の場所”。今は俺とコイツの二人(?)しか居ない。この季節には避暑地としても使える、安らぎの場所。
……少し言い過ぎた感が否めない。だがあながち間違いでもないため判断に困る。日本語って難しい。
この場所は自然が多い。今俺の腕に抱かれているこの猫を始めとする、様々な動物も出入りしている。コイツ以外の野良猫。木の上で囀ずる雀や鶯。子育てに奔走する燕。上空を旋回する鳶。木のうろを出入りする栗鼠。何かを漁る野良犬。たまに見る、テンや狐。一度、熊を見た事もある。ここで何をしていたのだろう?
紋白蝶にシジミチョウ。揚羽蝶にルリタテハ。蟻は勿論のこと、甲虫や黄金虫、ゴマダラカミキリなどの甲虫に、蜂や虻、蛾等も生息している。最近はもう慣れてしまったが、もう少し奥へ向かうと足長蜂のものと思われる巣を見る事ができる。あれは初見では驚いた。
植物も豊富で、杉や松、桜や柳まである。少し奥に行けば白樺もある。名も知らぬ雑草や、白詰草に蒲公英、露草に紫陽花。オオイヌノフグリやエネコログサ。その他色々。流石に俺の知識ではもう分からない。
「……涼しいなぁ」
「にゃあ」
この様に実にたくさんの動植物が生息している反面、どういう訳か謎の建造物がある。
これがなぜあるのか本当に分からない。俺が初めてここに来た時には既に空き家で、家具も無く、ただ埃が積もっているばかりだった。
数年は俺も放置していたが、ある日何となく思い立って内部の掃除をした。しかしその時の俺はまだ小学生。その上、俺が来てからも合わせて推定15年は放置されていたものだから、大変なんて言葉では生ぬるいくらいだった。埃が積もり、蜘蛛が巣を張り、床や壁は黒ずんで、金具は錆びていた。更に、この建物はかなりの広さを誇る。一階に八畳間と思われる部屋が四部屋。六畳間と思われる部屋が二部屋。居間と思われるおよそ十四畳の部屋が一部屋。そこに洗面所や台所の成れの果てを完備。それだけでは飽きたらず、二階もほぼ同じ構造(流石に洗面所と台所は無いが)に加え露台と階段。
かなりのスペックである。
これだけの広さであるから、掃除が終わるまでかなりの時間を要した。毎日通って一日四時間。約一ヶ月。
まぁ、それだけの時間を要した理由は、俺が『壁や床が元の色を取り戻すまでやる』と謎の見栄を切っていた、というのが大半を占めるのだが。
勿論そんな事はできるはずも無く、黒ずみが取れたところで挫折した。それでも、相当綺麗にはなった。文字どおり、見違えた。だからこその挫折だろう。よく頑張った、あの頃の俺。
そして、その苦労して掃除した建物内を法律上どうなのかよく知らずに使っている。俺、逮捕されなければ良いけど。
「…………」
「…………」
この場所は、これだけ安らげる環境の上、雑音がほとんど入らない。元々田舎である事もあるのだろうが、それを踏まえても雑音が少ない。
更に。ここはかなり見つけ辛い場所に存在する。俺がここを発見できたのは偶然としか言いようがない。それも、迷子になったからなのだが……。
それでも、絶対に見付からないはずがないので、既に他の誰かが見付けている可能性も否定できない。
だが、他の誰かを見たという事はないため、俺は安心してくつろいでいる。そしてこの猫を愛でている。
「俺がいると寄ってくるもんな」
「にゃっ」
……コイツは、話し掛けると返事をする。言葉の意味を理解しているかどうかは不明瞭だが、とりあえず返事をする。律儀というか、なんというか。まぁ可愛い事には変わりないので問題ない。
猫が大きなあくびをする。その空いた小さな口に指を少し突っ込んでみる。
口を閉じようとして、俺の指がある事に気付き顔を少し離してから口を閉じる。可愛い。確実に迷惑がっている。嫌ならそのまま噛みつけば良いのだが、それをする気配はない。
「にゃあっ」
その代わり非難する様に小さく声をあげる。それでも俺に抱かれたままでいるあたりがまた可愛い。樂じゃないが少し悶えたくなる。
……俺が猫を見て悶えているところなんぞ、俺を知っている人が見たら確実に退く。まず間違いない。
元々ここには俺と幼馴染み二人しか来ない。あの二人なら俺の事を深くまで知っているので問題ないが、それ以外の人が見たら「うわ何アレ気持ち悪っ」と思われる事請け合いである。
「いや、そもそも俺が猫と戯れてるだけでもうアウトか?」
「にゃっ」
猫が否定してくれる。……否定してくれたのだと、信じたい。
しばらく空を眺めていたら、いつの間にやら、猫が眠っていた。寝にくい体勢だろうに……。
俺も少し、寝ようか。暗くなる前にコイツが起こしてくれるだろ。
そう思って、俺も猫を抱いたまま寝る体勢に入った。
猫「にゃ~」
槙「ん……あぁ、おはよう……って暗っ!もうこんな時間かよ!?」
猫「にゃん」




