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出かけてくるね

 おかしな悪魔――アジュールが櫻子の部屋にやって来てから、一週間と少し経った。

 

 朝昼晩と二人分の食事を作ることも当たり前になり、平日大学に行くときは弁当を二つ作った。休日はなんだかんだと一緒にいる。平日は妃探しに精を出しているらしいアジュールの手伝いをしたり、レポートをまとめたり、本を読んだりしながら、同じ部屋にいると言った方が正確かもしれない。アジュールも、調べ物をしたり、テレビを見たり、本を読んだりしていた。買い物には行きたがらなかった。買い出しに行くと言えば、「暇ならデートの一つや二つしてきたらどうなんです?」と嫌味なのか有難い助言なのか分からないことを言って送り出す。


 おそらく、アジュールは苛ついていた。少なくとも櫻子にはそう見えた。妃探しが順調でないのか、その原因ははっきりとはしていないが、雰囲気が尖っていた。

 そして一つ。あの買い物の日から変わったこと。

 ―――アジュールは、美少女に変身し続けたままだった。


理由を聞けないまま、毎日が過ぎていく。





 その日は大学で、櫻子は友人と昼食をとっていた。次は一コマ空いているのでゆっくりできる。友人の一人が慌てて立ち上がるのを、もう一人の友人と見送った後、のんびりと持参したお茶を飲んだ。


「ね、最近楽しそうだけど、なんかあった?」


 興味津々といった様子で、テーブルの向かい側に座る友人が覗き込んでくる。


「え、そうかな?」


変わったことならあった。現在進行形で続いている。


「なんとなくだけどね。彼氏でもできた? 相模と別れてから結構経ったよね? もう落ち着いてるの?」


 興奮気味なのはそういうわけらしい。


「いやいや、出来てないよ。それに、ケイちゃんとは別れたって言っても、もともと恋人って感じじゃなかったし」

「ふーん、まあ、相模がどう思ってるかは知らないけど、はた目から見れば兄妹みたいだったよね」


 別れた原因。蓋を開けてみればそんなものだ。

 一番仲が良かったので、なあ付き合ってみる? みたいな感じで始まった。友達の延長線の関係が続き、変に意識したのかぎこちなくなった気がした。会いたいとメールしたことも、電話したこともない。家に泊ったこともあるし、泊らせたこともあるが、何もなかった。楽しくご飯を共にすることはあっても、時間を作って遊ぼうとは思わなかった。

 お互いが休日何をしたか、思い出したように、まるで世間話のように話すのが好きだった。付き合うとは名ばかりで、どこまでいっても友達の関係。ふと気が付けば、友達に戻ろうか、なんて話していた。俺もそんな気がしてたんだよな、と圭治が笑ったのを、櫻子はおぼろげながら覚えている。


「ね、だったらさ、今度合コンがあるんだけど、来ない?」

「行かないかなあ」

「そこを何とか来てくれると嬉しいんだけど」


 両手を合わせて拝んでくる友人に、櫻子は生ぬるい視線を送る。このパターンはある程度予測していた。


「おねがい! 人数足りないの!」


 仕方がないなあ、と櫻子は頬を緩ませた。

 日時は今週末――土曜の7時半から。それならアジュールにご飯を作ってから出てこられるだろう。





 その日の夕方、買い出しに向かう櫻子にアジュールはいつもの嫌味を言った。口調からおそらく嫌味だと判断したのだ。デート、で思い出したのか、櫻子は律儀に見送りに来たアジュールを振り返る。


「デートじゃないけど、今週の土曜日に出かけてくるね」


「土曜日、ですか。出かけるとは?」


アジュールの顔に困惑の色が浮かぶ。


「合コンってわかる?」

「いえ」

「簡単に言うと、そうだなあ、男と女の出会いの場? 大体同人数の男女が向かい合って、楽しくご飯食べたり、お話したりする場所かな。夜7時半かららしいから、ご飯は作ってから行くね」


 楽しそうに説明する櫻子に、アジュールの顔がますます強張っていく。


「なぜ、そんなところに行くのです」


堅い声だった。


「なぜって、ああ、それは」


頼まれたからだと言おうとしたが、アジュールに阻まれた。


「いえ、いいです。興味ありません」


 憮然として踵を返し、リビングへと戻っていくアジュール。

 なぜって聞いたのはそっちじゃないか、と困惑顔の櫻子がいた。





 買い物から帰宅すると、アジュールの姿はなく、テーブルの上に書置きがあった。


【部下に会いに行きます。食事は要りません】


 それなら今日は軽くチャーハンだけで済まそうか、と夕食の献立を変更する。素っ気ない文面に指を当てながら、様子がおかしかったことを思い出した。察するに、おそらく一緒に行きたかったというわけではないだろう。妃探しが上手くいっていないからかもしれないな、とそれ以上考えないことにした。


「部下、か」


 たしか、最上級悪魔だっけ。最上級というだけあって、地位は高いのだろう。部下もいるはずだ。


「私、何も知らないんだなあ」


 一緒に暮らして、食事の好みや性格は何となくわかったつもりでいる。だが、アジュール自身については知ろうとも思わなかったし、知る必要もないことだと考えていた。

 ふと顔をあげてリビングを見渡せば、どこかがらんとして寂しい。つい最近までそんなことは思わなかったはずだ。


――アジュールが来てから、一人が二人になった。


いつか、アジュールは魔界に帰る。魔王陛下のお妃様と一緒に。

そうしたら、私はまた一人になるんだなあ。


前の日常に戻るだけだというのに、ぽっかりと穴が開くような気がした。

1/7 行間に変更を加えました。

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