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なんとでも言いなさい

更新休止中にもかかわらず、こうしてお越しくださる読者様がいらっしゃること、とても幸せに思います。拙作に投票もいただいたようで、本当にどんな感謝の言葉も上滑りしてしまいそうなほど嬉しいです。ありがとうございます。

まだ不定期更新になりますが、少し続きを思いついたので、ブログにも書いた通り、投稿させていただきます。

 猫耳美少女―ミエルは不機嫌一色で、愛らしい頬を膨らませ、向かいのソファに腰掛ける男を睨みつけていた。

 気を許せばふとしたときに沈み込んでしまう柔らかいソファには、男――アジュールとその膝の間に抱えられるように彼女の友人西宮櫻子が座っている。ぎゅっと抱きしめられ、困り顔をしつつも安堵の色を浮かべた櫻子に、ミエルは悔しさを覚えずにはいられない。高さの低いガラステーブルなど防波堤にもならないが、それを跳び越え、二人を引き離すことは躊躇われた。


(サクラは私の友達なのに)


 和やかなお茶会に乱入し、櫻子を泣かせたアジュールは、ミエルにとっては憎き敵にも等しい存在となっていた。せっかく櫻子と仲良くなれたのに、あっさりと浚ってしまったことも許せない。櫻子を独り占めしようとする態度を許容することなど、彼女の正義感と矜持においてできるはずもなかった。






 先ごろ、櫻子とアジュールはレグリスに連れられ、ファルファッラ領主宅応接間に待っていた領主――イヴォワールと、唇を突きだしてむくれるミエルに迎えられた。

 開口一番「現状を確認、整理する」と告げたイヴォワールは、主に櫻子に向けて、ミエルの手前、櫻子を放置した件からは目を背けるように巧みに誘導しつつ、ここに来るまでの経緯と、アジュールの現状を話して聞かせた。

 予想はしていたが、やはり難しい状況なのだと思い知った櫻子を慰めるように、アジュールがその膝の間へと彼女を抱え込んだのは当然の流れだったのかもしれない。


「アジュール」


 ミエルの隣に腰掛け、しばらくじっとその様子を窺っていたイヴォワールは、彼女の肩に手を軽く置いて、アジュールに咎めるような視線を向けた。

 訝しげな視線を向けたアジュールは無意識に、櫻子を腕の中に閉じ込める。その目は静かに「何か?」と問うていたが、イヴォワールは呆れたようにため息をつくだけだ。


「そんなに大事に抱えなくたって、誰もおまえからサクラちゃんを盗ったりしねぇよ」


 一人椅子に腰かけていたレグリスは、げんなりとした口調でそう代弁した。

 アジュールは心外だと言わんばかり、至極冷静に告げた。


「櫻子さんに限ってはいつどこの誰に連れ去られるか知れませんからね。安全策は先に講じておくものです」


 嫌味たっぷりな言葉に、さすがのレグリスも二の句が継げなかった。イヴォワールは再度ため息をついて、宥めるようにミエルの肩を叩き、一人申し訳なさそうな顔色の櫻子を見やる。


「西宮櫻子、貴女は本当にこの男でいいのか?」


 淡々としているものの、どこか同情的な言葉だった。珍しくアジュールは口を挟んでこない。ただ、下腹部に絡められた手にぎゅっと力が入るのを感じて、櫻子は眉根を寄せて、少し困ったような笑みを浮かべた。


「サクラは、その人のこと…好きなの? サクラを泣かせたひどい人なんだよ」


 ミエルが拗ねたような口調で尋ねるが、俯いてしまったため言葉尻はひどく落ち込んでいた。

 櫻子はアジュールの腕を解いて立ち上がり、ミエルの顔を覗き込むようにしてしゃがみこむ。強く握りこんだ手を取って開かせると、やんわりと握った。


「心配してくれてありがとう。泣いたのはね、寂しかったからかな。酷くても、困った人でも、わたしはアルが大好きで、たった一瞬でもアルを独り占めしたかったから、泣いちゃった。わたしのほうが、ひどい人かもしれないね」


 櫻子の言葉にアジュールが立ち上がろうとしたが、ミエルが櫻子の手を握り返したのを見て、観念したように苦笑を浮かべ、再び腰を下ろす。


「ごめんね、ミエル」


「謝らないで。サクラがどんなにひどい人でも、私はサクラが大好きだよ。私の一番の友達だもん」


 ミエルは櫻子と額を触れ合わせ、悪戯っぽい笑みを浮かべると、櫻子をぎゅっと両手で抱きしめた。


「それに、サクラが寂しいときは、私がそばにいる。寂しいって、一人で泣いちゃだめだ。わかった?」


 うんうんと嬉しげに頷く櫻子の肩越しに、ミエルとアジュールの視線がかち合う。大きく円い碧眼は、どこか挑戦的な色味が滲んでいた。

 アジュールは年甲斐もなく剣呑な笑みを浮かべて立ち上がると、あっという間に櫻子を強引に奪還してしまう。


「え、あ、あれ、アル?」


 あれよあれよと再び抱きしめられる格好となった櫻子は、一人状況がつかめずあちらこちらへと視線をやって説明を求めるが、誰もかれもが曖昧でぬるい視線を返すだけだ。ミエルはむくれてしまい、メイレムにお茶を頼んでくる言ってと出て行ってしまった。


「狭量な……」


と顔を顰めるイヴォワールを、アジュールは鼻で笑った。


「なんとでも言いなさい」


 何と言われようと意に介することもないのだろう。その声色はやや自慢気だった。


「……まあいい。西宮櫻子、貴女がその男を慕っている件について、こちらに言うべきことはない。だが、ないない尽くしの男があくまで我を通すと言うのならば、貴女たちを引き離さねばならないということは理解できるか?」


 ないない尽くし、とレグリスが噴き出しながら復唱した。仕事をしない(・・)、人の言うことを聞かない(・・)、大人気ない(・・)……あてはまるものは色々とありそうだ。


「……一つ、訊いてもいいですか?」


 櫻子の言葉に、イヴォワールは片眉を上げた。


「なんだ」


「アルの役職では、頻繁に行き来できないということは分かりました。仕事がたくさんある、ってことも、漠然とだけど、分かります」


「そう、その通り! サクラちゃんはホントにいい子だなあ!」


 レグリスが思わずそう口を挟むと、残る二人の最上級悪魔は「黙れ」と含んだ冷たい視線をそちらに向けた。レグリスは気まずげに言葉を濁らせたものの、ふっと明るい笑みを浮かべ、


「まあまあそう尖るなよ。サクラちゃんはあれだろ、それが終わったら人間界に来られるかって訊きたいんだろ?」


 櫻子は目を丸くし、頷いた。


「再び赴く理由はない」


 レグリスの言葉を阻み、イヴォワールが簡潔に答えた。

 魔王陛下のお妃探しは、陛下の意向で一時休止となったことをここにいる全員が知っている。たまった仕事を消化することの方が重要だと判断されたらしい。公の理由がなければ、最上級悪魔たるアジュールが人間界に赴く許可は下りないだろう。

 見る見るうちに俯いた櫻子とは対照的に、レグリスは嬉々として口を開く。


「“だが”が続くんだよ。サクラちゃん」


「え?」


「そこの無愛想は、人間界と魔界をつなぐ扉の最高責任者だが、転移魔術の権威で、転移陣開発者でもある。転移陣っていうのは、行き来をした記録が公然と残される“異界の門”と違って私的なもんだ。――意味、分かるか?」


「レグリス…あなた」


 アジュールが意図することに気づき怪訝そうに顔を歪めたが、櫻子はまだ表面的な意味しか理解できないようだった。


「俺もなあ、人間界に行ってみたいんだよなあ。……作ってくれって再三頼んでるんだが、『忙しい』の一点張りで断られて何年経ったか……」


と零すレグリスの顔は哀愁に満ちている。

 その顔を眺めながら櫻子の脳裏に蘇ったのは、ミエルが使っていた転移陣のことだ。


「私的に…って、もしかして、それがあれば、アルはこっちに」


「アジュールだけではない。貴女がこちらに来ることだって可能だ」


 イヴォワールはいつもの無表情に代わり、はっきりと愉悦の笑みを浮かべていた。ソファから立ち上がり、つかつかと櫻子の前に歩み寄ると、その顎をついと掴んだ。アジュールが手を叩き落とす間もなく、瞠目した櫻子に意地悪く告げる。


「人間はどのように懇願するのか、興味がないわけでもない」


 さてどうする、と愉しげな色を湛えた目が、すっと眇められた。


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