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お邪魔します

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 魔界王都に最も近い領地――ファルファッラ。猫耳美少女――ミエルが案内したのは、領地中央の周囲を一望する小高い丘に建設された、白く輝く美しい外観を呈した屋敷だった。テレビや本でしか目にすることのないような豪邸だ。自分の手を引きうきうきと先を急ぐ美少女はとんでもないお嬢様だと知って、櫻子はあんぐりと口を開けたが、あくまでお友達として招待されたのだから、と滅多にない機会を有難く享受することにした。


「どうしたの、サクラ」


 きょとんとしたミエルに、何でもないよと櫻子は答えた。

 そもそも噴水広場から移動する際に、七色に輝く方陣を発生させる――“転移陣”なる得体の知れない装置を当たり前のように使用した少女を、どこにでもいるお嬢さんだと考える方が難しい。ミエルは悪戯っぽく、『これ、イル様お手製なんだ。すごいよね』と説明した。イル様が一体何者かは知らないが、自分の予想のはるかに上を行く存在だと言うことは確かだ、と櫻子は嘆息した。ここまで来ると何に驚いていいのかさえ、取捨選択しなければなさそうだ。



「お帰りなさいませ、お嬢様」


 燦々と降り注ぐ太陽の下ではさぞかし美しく輝くのだろう屋敷の扉をあっさりとくぐれば、光差し込む白石造りの玄関間と、柔和な笑みを浮かべた素敵な老紳士が二人を出迎えた。灰色の目をちらと櫻子に向けたが、怪訝そうに見るでもなく、敵意を向けるでもなく、にっこりと笑い、「ようこそいらっしゃいました」と歓迎の言葉を口にした。


「お、お邪魔します…」


 おずおずとあいさつすれば、優雅な一礼が返された。すっきりとまとめられた白髪が乱れることはなく、皺ひとつない濃紺のスーツがゆったりと揺れただけだ。緊張の面持ちを露わにした櫻子を興味深そうに眺めていたミエルが、「執事のメイレムさんだよ」と紹介すれば、老紳士――メイレムは先ほどより人懐っこい笑みを浮かべ、再び腰を折った。

 櫻子も遅ればせながら自己紹介をして、ミエルがここまでの経緯を説明した。


「それはまた、大変な思いをされましたね。御身体もすっかり冷えてしまったことでしょう。どうぞ奥へ。主人は留守にしておりますが、屋敷を預かる者として精一杯おもてなしさせていただきます」


 親身な言葉に櫻子は感動したが、ミエルは不満そうに頬を膨らませていた。有能な執事が水を向ければ、どうやら自分がもてなしたかったとのことだ。結局、メイレムはミエルの手伝いを受け持つ、ということになった。


「サクラ、私の部屋はこっちだよ」


と彼女が櫻子の手を引いたとき、メイレムがそっとその耳に助言を囁いた。

 何を言われたのやら、ミエルはハッとして口を押え、櫻子にしばらく待つように告げると、慌てて部屋の方へと駆けていった。

 急な展開に目を白黒させていた櫻子に、メイレムは笑いをこらえた様子で、


「お嬢様は少し、お部屋の片づけが苦手でいらっしゃいまして」


 なるほど、と櫻子は納得した。


 ミエルの片づけはなかなかに時間を要するようで、その間櫻子はメイレムとの会話を楽しんだ。呼び名は“サクラ”で良いかとの問いから始まったそれは、当たり障りのない内容から徐々に踏み込んだものへと変わっていく。


「サクラ様は、どこからいらっしゃったのかお聞きしてもよろしいでしょうか」


 どう返答していいか迷ったが、何を隠していいかもわからなかったので、櫻子は正直に答えることにした。もちろん、恋人のアジュールについては言及せず、ひょんなことから知り合った悪魔の友人らしき男に連れてこられ、待ち惚けしているところミエルに出会った、と粗筋を話しただけだ。

 メイレムがその回答に満足したかどうかは、櫻子にはわからない。ただ、この屋敷の執事として、多少の警戒はやはりあったのだと思い知っただけだ。


「サクラ様は人間界から……そうでございましたか。では、お嬢様の外見について多少なりとも驚かれたのでは?」


 言葉を濁したのは、魔界(ここ)ではミエルの猫耳は万人受けするものではないからなのだろう。櫻子は苦みの混じった執事の顔からそう察した。人間界ではあくまでファンタジーの一種として捉えられるものが、魔界では外見的特徴の一つとして存在する。櫻子が自己の感情のみで「可愛い」と判断できたのは、彼女が人間だからだ。猫耳を持っていようが、角を持っていようが、脈々として受け継がれた先入観や嫌悪感がなければ、ただの特徴に過ぎない。

 もっとも、ミエルの耳は嫌悪などほど遠い、愛でるべきものだが。

 今更ながら、ミエルの言葉が蘇った。


――うそだよ、みんな、変って言うもん


「驚いたと言うよりも、感動したって気持ちが大きかったです。その、思わず叫びだしたくなるほど可愛くて、ミエルの可愛さをさらに可愛いものにというか、その、表現が失礼だったらごめんなさい。それに、……えっと、ともかくわたしの中では凄く可愛い、としか言いようがなくて。すごく好きです」


 好奇心たっぷりに興奮したり、触りたくなったりした事実は言わないほうが無難だろう、と櫻子は言葉を濁した。危ない女認定されるのは困る。すでに遅かったらどうしよう、と焦ったが、どこかホッとした様子のメイレムを見て、杞憂だと分かった。


「僭越ながら、私もサクラ様と同じ気持ちです。珍しい形のお耳はお嬢様を形作る大切な一つ、と思っております。天真爛漫で明るい性格のお嬢様は、屋敷の者にとって太陽も同じ。口さがない者が煩く言うこともありましょう。実際、お嬢様はお心を痛めておられます。私どもが言葉を尽くしたところで、慰めだとお思いになる我慢強い方ですから、どれほど辛い思いをしたとして、きっと私どもには打ち明けられることはないでしょう。ですから、サクラ様のなんのてらいもない言葉一つ一つに、それはとても、嬉しく感じられるのではないかと、そのように思います」


「……わたし、魔界のことは何も、と言っていいほど知らないんです」


 知らないからこそ言えることがあると、櫻子は知っている。だが、知らずに放たれた言葉は無責任ではないだろうか。

 きっとこれから、魔界のことを知ったとして、習慣を学んだとして、“ミエルは可愛い”という第一印象は変わらないだろうけれども、そんな自分から言われた一言がミエルにとって良いものだと単純に考えていいのか分からなかった。

 そんな櫻子の考えを見透かしたように、メイレムは小さく笑った。


「サクラ様はすでに分かってらっしゃる。心に寄り添うことができれば、知識は後付で問題ないのではないかと思います。究極的に言えば、サクラ様の言葉がなくとも、お嬢様の友人としていてくださればお嬢様にとって何より喜ばしく、そして私どもにも誇らしく感じられることでしょう」


 目から鱗が落ちた、と瞠目し、しばらくして微笑みを浮かべた櫻子を見つめた後、メイレムはミエルの部屋へと続く廊下を振り返った。


「そろそろお戻りになるでしょう。さてサクラ様、コーヒー、紅茶、果汁各種とり揃えてございますが、いかがいたしましょうか」


 どこか楽しそうに、そう尋ねた。







***


 ところかわって、魔界王都のとある噴水広場。魔王陛下直属の最上級悪魔たちが、三者三様の面持ちで立ち尽くしていた。顔色が冴えないのは曇天の影響だけではなさそうだ。


「……あなたの首を落とす前に訊いておきましょう。櫻子さんはどこです?」


 アジュールは沸き起こる怒気に拳を握り、わなわなと震えながらそう訊いた。

 無表情ながら、やや困惑気味にイヴォワールが答える。


「残念ながら、ここにはいない」

「見りゃわかるってーの」


 二人を後方から窺っていたレグリスは、間髪入れずそう返した。

 アジュールは苛々と広場を徘徊し始める。


「アジュールはとにかく落ち着け。――イヴォワール、確認するが、本当にここに西宮櫻子を連れてきたんだな?」

「貴方からの託が来たあと、急用ができたのでここで待つように言った。……数時間前の出来事か」

「忘れてたんだろ」


 レグリスの言葉に、イヴォワールは黙り込んだ。図星かどうかは態度で明らかだ。

 その瞬間、アジュールが殺意をもって破壊光線を放つ。辛くも回避した標的の身は無事だったが、噴水の半分が轟音を立てて大破した。無数の光線のうちいくつかは術で反射されたので、丁寧に刈り込まれた植木が炭と化した。広場は無残にも戦場跡地の様相を呈している。

 レグリスは呆れたように「あちゃあ」と額を掌で打った。


「イヴォワール! あなた、櫻子さんに何かあったら………いえ、何もなく無事ですよ、櫻子さんは無事です。櫻子さんのことですから、蝶でも見つけて追いかけてしまったのでしょう。それか、きっとお腹が空いて……お腹が空いて? 空腹でどこかで涙して?……いえ、櫻子さんのことですから、きっとどこかで」

「もうやめろ、アジュール。正直怖い」


 楽観的な考えを述べてはドツボにはまり鬱々と落ち込むことを繰り返すアジュールに、レグリスは同情的な視線を向けつつ、そう宥めた。アジュールはせわしなく徘徊しつつ何かを呟いていたが、しばらくしてぴたりと動きを止め、盛大なため息をついた。


「……とにかく、探します」

「そうだな、それが一番いい。見つけることだけ考えろ。見つけた後のことでもいい。知りえもしねぇ今の状況は考えるな。口説き落とすんだろ?」

「当然です」


 きっぱりと言い切ったアジュールに、レグリスは満足げに口角を上げた。


「イヴォワール、おまえはどうする?」

「……隊を招集する」

「ほう、そりゃあいい。【ファルファッラ】に【スパーダ】、ついでに【レオーネ】か。かつてない任務になりそうだなあ」


 レグリスの言葉を皮切りに、アジュールとイヴォワールはすぐさまその場から姿を消した。残された男はどこからか魔鳥を呼び出すと、託を待つ小さな嘴を見つめた。ふむ、と一つ頷く。


「――聞いてるか【レオーネ】の野郎ども。最重要任務だ。西宮櫻子という人間の女が可哀そうなことに魔界で迷子だ。見つけ次第保護しろ。傷一つつけたらただじゃおかねえ。殺されると覚悟しろ。つまり、なんだ、早い話、――死にたくなけりゃ、全員速やかに捜索にあたれ!」


 びりびりと空気を震わす大音声を受け、物言わぬ魔鳥が空高く飛び立つ。その羽ばたきをしばらく追って、不敵な笑いをこぼし、レグリスもまた姿を消した。


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