キてます
上司と部下のくだらない話
アジュールは櫻子の教えを律儀に守り、外出する際は決まって美少女の姿を取る。地図を片手に魔王陛下の妃候補がいそうなところを一つ一つ当たっていき、これもだめ、あれもだめ、と厳しく審査したのち却下していく。理由としてはたいてい「櫻子さんだったら…」が頭についた。初期にあげた妃候補の条件などすでに遠いものとなっている。櫻子以上の存在が見つかるわけもないし、櫻子を陛下に渡すつもりは毛頭ない。これでは見つかるはずもない。
お昼頃、櫻子お手製のお弁当を片手に休憩を取る。公園やショッピングセンターのフリースペースなど、持ち込み可能な場所に陣取って、お弁当を平らげていく。その量はほっそりした美少女には不似合いだったが、苦しそうな顔一つしない。もちろん周囲の者は、その正体がまさかケーキワンホールを平気で平らげる成人男子だとは知らないので、皆一様に驚いていた。
「……なるほど、茶葉二倍」
食後の飲み物が欲しくなり、自動販売機の前で丹念に吟味してのち、新発売の紅茶を選んだ。一口飲んで意味深に頷くこと数度。僅かに口角を上げた。どうやら気に入ったらしい。
「櫻子さんにも買って帰りましょう」
と、もう一本購入した。
本日のお弁当はデザート付だった。アジュールが熱心に見つめていたページをこっそり確認したらしい櫻子からのささやかなサプライズで、チョコレートのロールケーキである。一口サイズに切り分けられたスライスが四枚。中にはバナナが入っている。購入した紅茶とも相性抜群だ。あっという間になくなってしまい、空になったタッパーを名残惜しげに見つめる姿は、年相応の可愛らしいものだった。
そんな彼の耳に、姦しい会話が飛び込んでくる。大学生らしき女性が二人、連れ立って通りすがるところだった。
「ね、今日サキコの指見た? あれって絶対お揃いだよね」
「見た見た。ニッシーも同じのしてた。可哀そうなほどからかわれてたなあ」
「憧れるよねー、ペアリング。はああ、それに比べてうちのは甲斐性がないというか、がっかりだよ」
「あたしそれとなく言ってみたことあるんだけど、恥ずかしいって断られたよ……。もうこの際キーホルダーでもいいから欲しい」
「だよねえ……」
互いに現実を思い知って項垂れ、そのまま過ぎ去っていく。その一部始終を見ていたアジュールはふと呟く。
「なるほど、おそろい。………おそろい」
呪文のように唱えながらタッパーを片付ける。すっくと立ち上がり、足早にその場を後にした。
「で、お揃いっスか」
今日も今日とて突然押しかけてきた上司に、ぼさぼさの金髪頭を面倒くさそうに掻きつつ、部下はそう返した。
「人間はお揃いが好きなようです」
「あー、なんか昔、ペアルックとか流行ったらしいっスよ。同じデザインや色の服を恋人同士で揃えるんです。中でもピンクの服着た夫婦が有名っスね」
適当な説明に、アジュールは深刻そうに黙り込み、しばらくして困惑気味に呻いた。
「……ピンク、ですか。私には難易度が高そうです。櫻子さんが着る分には十分許容できるのですが」
「いや、ピンク限定ってわけじゃないっスから。安心してください」
ピンクを着たあんたなんて誰も見たくねぇよ、と部下は内心せせら笑う。
「なんつーか、別に人間の趣味に合わせることないんじゃないっスか?」
「それは人間である櫻子さんへの暴言とみなしても?」
にっこりとアジュールは尋ねた。
「すいませんでした」
と部下は速やかに土下座する。一瞬遅ければ、新たな焦げ跡が畳に刻まれただろう。
「まあいいでしょう。あなたの発言にも一理あります。別段合わせる必要はないのです。しかし、櫻子さんが喜ぶのならば、やって無駄なことはありません。櫻子さんに名を呼ばれて飽くなき食欲が慰められるように、私にすれば戯れのような“好き”という言葉も、櫻子さんにとっては格別な愛情表現となります。いうなれば魔法の言葉です。言う場合と言わない場合を比較すると、言った場合は少々舌を入れても怒られません」
何言ってんだあんた、と部下は半眼した。
「二人の関係をゆっくりと進めたいと希望する櫻子さんの“悪魔”のような頑なな気持ちを絆すには、やれることを思いつく限り実践することが肝要です。このままでは試食を勧めておきながら肝心な商品を抱え込んで売ろうとしない悪徳な商人の様に立ち尽くす哀れな客と化します。甘く美味しそうな香りを放つ櫻子さんは決して悪徳ではありませんが、私はそろそろ、熟した果実を目の前にしてつまみ食いする程度では足りなくなってきました」
上司の赤裸々な告白に、我慢とは無縁な人だからな、と部下は思った。
何にしろ、西宮櫻子の身が危ない状況である。
「ていうか、西宮櫻子。隊長にお預け食らわすなんて、見た目に反して結構やりますね」
「さすが私の櫻子さんです」
とアジュールは自慢げだ。惚気に限度はないのだろうか。上司の盲目的な愛に部下はげんなりとする。恋とは恐ろしく、愛は性格を変えてしまうのか。自分に被害がなければ何も問題はないのだが。そうは問屋が卸さないと分かりきっているので、部下は神妙な顔つきとなって腕を組んだ。
「正直、装飾品の類はNGじゃないっスか? 術具と紛らわしいっつーか。人間の女は喜ぶと思いますけどね」
部下はそう見解を述べ、腕を掲げて見せた。幅の太い銀の腕輪は、魔力を安定させる力を持つ。「難しい問題です」と相槌を打ったアジュールも、指にいくつか術具の指輪をつけていた。手の内を隠すために、普段は透明になる術が施されている代物だ。櫻子と揃いでつけるのならば、その点も考えた特注品でなくてはいけない。
「できないことはありませんが、あちらに戻らねば手に入りませんしね。それに、よくよく考えてみれば、櫻子さんは装飾品をつけません。化粧も服の趣味も地味で、飾ることに無頓着です。はたして喜ぶか判断が付きません」
「いや、まあそこは、隊長からのプレゼントなら喜んでつけるんじゃないですか?」
この冷酷な男のどこに惚れたのかは知らないが、好きならたいてい喜ぶだろう。ごく一般的な考えを踏まえた助言だったが、アジュールには予想をはるかに超えて心地よく響いたようだ。
「……いえ、それならば装飾品は次回にしましょう。吟味に吟味を重ね、納得のできる代物でなくてはいけません。腕の良い職人に詳細な設計図を基に制作を依頼せねば。ステルス仕様に仕上げたあとは、術をいくつか付加して……なかなか良い考えです」
「そ、そうっすね」
重たい愛だな、と部下はぎこちなく笑う。
「しかし、それでは今渡すものがありません。装飾品以外では、服ですか。あの地味さをなんとかしたいとは常々思っていましたが、まさか自分が同じものを着ることになろうとは」
「いやいや、まったく同じ服ってわけじゃなくてですねえ、似た奴でいいんですよ」
「私はあまり着飾りたくありません」
「清々しいほど非協力的っスね」
事実だっただけに、さすがのアジュールも黙り込んだ。どこかしょんぼりした空気を漂わせる上司を珍妙な動物のように眺めること数秒、部下はハッと閃いた。
「そういや、土産にしようと思って買った奴があるんスけど、ちょうど二つ残ってるんですよ。なかなかイカしたデザインで、人間すげぇなって衝動買いしちまった奴なんスけどね」
と浮き浮きした様子で語りだし、怪訝そうなアジュールを放置して、部屋の中をごそごそと漁りだした。数分捜索したのち、「ありました!」と大仰に叫んで、紙袋に入ったそれを取出し、ちゃぶ台の上に置いた。
「なんです、これは」
とアジュールは眉を顰める。意気揚々と差し出されたものは、骸骨を模したキーホルダーだった。
「しかも光に当てると半日は光るように改造しました。関節も動きます」
「……あなた目線で、これは良いものですか? 私には不気味に見えます」
「何言ってんスか隊長。キてますよ」
「来た?」
「マジで流行ってます」
と自信満々に言った部下は、自分の中では、と付け加えるのを忘れていた。
「そうですか、それならば有難くいただいていきましょう。不可解ではありますが、これはこれでお揃いです」
「西宮櫻子、きっと喜びますよ。おれ、保証します」
自分の趣味に対して盲目になる。それは悪魔も人間も同じようだ。そこまで言うのならばと、アジュールは信用した。
果たして、どこか不気味な光る骸骨キーホルダーは櫻子の手に渡り、意外なことに彼女は喜んで見せた。半日も光り続ける、というところがお気に召したらしい。
「暗い所で光ると便利だよね。トイレに行くときノブを探さなくていいようにかけておこうっと」
その夜、トイレに立ったアジュールは骸骨を見下ろし、独り言ちる。
「はたして、これはお揃いになるのでしょうか……」
もう一個あるなら、とアジュールの骸骨がキッチンに配置された時点で気づくべきだったのかもしれない。
――残念だがお揃いには程遠いぜ。
ニヒルな笑みを浮かべる骸骨がふとそう嘲笑ったような気がして、衝動的に首から下を引きちぎってしまう。翌朝櫻子が悲鳴を上げ、一日でお蔵入りになったのは言うまでもない。
1/7 行間に変更を加えました。




