写真っスか?
上の続き 同じ日の出来事です
櫻子は知りえぬことだが、毎朝弁当を受け取るアジュールは、名残惜しげに櫻子を送り出した後、(寂しさを紛らわせているのかはその怜悧な美貌からは読み取れないが)毎度さっそくお弁当の中身を確認していた。その朝――「お付き合い一週間記念日」の朝も例外ではない。テーブル中央に置かれたお弁当の音も立てずに開くと、目に飛び込んできたピンク色に珍しく瞠目した。
「こ、れは……」
世紀の大発見、とでも言わんばかり、驚きにやや声が掠れていた。さっと蓋を閉じ、手近にあった袋にそっと入れて、戸締りを確認したのち部屋を出た。向かう先は大体限られている。今回まっすぐに向かったのは部下の部屋だ。
突然押しかけてきた上司を追い返すこともできず、朝寝を決め込んでいた部下は寝癖のついた金髪を適当に撫でつけ、寒気を覚えるほどご機嫌な上司を出迎えた。
「おはようございます、隊長。早いっスね」
アジュールは手際よく靴を脱ぎ、さっさと入室してちゃぶ台の前にきちんと正座した。
「聴きなさい。記念すべき1週間が経ちました」
「え、1週間っスか?」
向かい側に腰掛けながら部下が聞き返せば、アジュールは冷静な面持ちで、
「記憶にとどめる必要はありません」
ぴしゃりと命じた。
「あ、了解っス。それで、今日は何か御用ですか?」
面倒くさい人だな、と内心思いつつ、とりあえず訊いてみる。アジュールはおもむろに袋からお弁当を取出し、ちゃぶ台の上に置いた。
「記念すべき1週間。そしてこれは櫻子さんの作った私の昼食です」
「甲斐甲斐しいっすね」
「せっせと給餌するのです」
前にこんな会話をした気がする、と部下はぎこちなく微笑んだ。
「そ、そうッスね」
今回は否定しない。して良いことなど一つもない。
「中身を知りたいでしょう」
「え、あ、はい」
知りたくないと正直に答えて、腹に一発食らわされたらたまらないのだ。自分を偽ることなど小さなことだ。部下の本心など気にも留めないように、アジュールは弁当の箱をもったいぶってようやく開けた。
「うわ」
思わず出てきた部下の一言がこれ。
何度か自慢されたことがある櫻子お手製の弁当だが、今回は一味違った。たいていご飯はお握りになっているのだが、本日はおかずとの境界線からぎっしりと白いご飯が詰められ、その上を桜でんぶの可愛らしいピンクが彩っている。形取るのはもちろんハートだ。その上に海苔で「1」の文字が大きく描かれている。アジュールの面倒くさい前置きを踏まえれば、1週間記念の祝いと誰でもわかるはずだ。上司が奇妙なほどご機嫌なわけである。
「すごいっスね」
「この奇天烈な色はどうかと思いますが、もしこれが有毒成分の含まれた物質であっても許容しても良いでしょう。ところでこれは食べられますか」
「あー、たぶん食べられると思います」
「櫻子さんが作ったものを愚弄することは、すなわち死です」
アジュールはスッと腕を上げて静かに威嚇した。
「お、おれにどう答えろと?」
部下がおろおろと泣き言をこぼせば、上司は白けたように腕を下す。
「この奇天烈な色は、なんというものですか」
「たしか、桜でんぶってやつっス。魚の身をほぐした奴に、食用の紅を加えたものですよ」
「最初からそう言えば問題ないのです。虚言は死をもたらしますよ」
「刻み込んどきます」
部下が怯えて宣誓したが、アジュールは特に反応しなかった。あまり興味がないのだろう。
「ところで、あなたはカメラを持っていましたね」
「持ってますね」
「写真を撮り、印刷しなさい」
「え、写真っスか? 弁当の?」
なんだってそんなもの、と部下の顔には書いてある。とたんアジュールは不機嫌一色になり、新たな焼け焦げた跡が部屋の畳に刻まれた。小さく悲鳴を上げ、部下はカメラを持ってきた。厳しい監視の下、お弁当が撮影される。そして厳しい審査の下、優秀作品がコンピュータを介してプリンターに出力された。印刷された写真を見て、
「悪くありません」
それは部下の寿命がここで終わらなかった証だ。スーツの内ポケットにしまうと、アジュールは恭しくお弁当のふたを閉じる。再び袋に戻し、すっくと立ち上がった。
「帰ります」
「帰るんスか!」
「陛下の妃を探すと言う使命を果たさねばなりません。あなたも我がスパーダの一員として、しっかりと職務を果たしなさい」
言っていることは正論だ。だがなんだか納得できない。部下はそれでも殊勝な態度で頷いた。
「了解です!」
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