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プロローグ

 レース編みのように繊細に造られた銀色の門の前で、まるでお伽噺から抜け出てきたような目の覚める美少女が「不可解な!」とその美貌を歪める様を見たとする。

 あまりに現実離れした光景をしばらく眺めていると、美少女は門の前をうろうろと歩き始めたりして。そしてあるとき自分を見ている者の存在にはた、と気がつき、目があった瞬間、その美しいターコイズの瞳を潤ませ、その場にへたり込んでしまったとしたら。



「……いや、あそこで声かけないのは人としていけないっていうか」


 ここにくるまでの一連の流れを思い起したあと、西宮櫻子(にしのみやさくらこ)はそうぽつりと漏らす。件の美少女は櫻子お気に入りのソファに座り、櫻子の出した紅茶のカップを持ったまま、興味深そうに辺りを見回している。涙はすっかり乾いており、紅茶を出した際には「お茶受けはないのですか」と綺麗に笑ってみせたものだ。ターコイズブルーの瞳に緩やかなウェーブを描いた茶色の髪、ふんわりとした白のワンピースを着ているのを見た瞬間、その美貌も考慮に入れて、おそらくどこかのお譲さまだろうと櫻子は推理した。


「今何か言いました?」


 美少女は怪訝な顔で櫻子を見やる。一つひとつの所作は申し分なく美しい。思わず感嘆の息が漏れるほどだ。


「い、いえ」


 ぎこちなく返した櫻子の反応など、美少女はまるで気にする様子はない。櫻子の相槌の声が蚊の鳴くようなものだったので、聞こえなかっただけかもしれないが。


「それにしても不可解です。編入試験は満点だったというのに、いえ、結果を聞いたわけではないのですが、私の計算上ではですね、満点になるように解答したんですよ。それなのに不合格っていうのはどういうことなんでしょうか。性格判断がなんだっていうんです? それで正答率が四割を切ったら不合格などとは、まったく不条理です。不可解です」


 美少女は時折頬を膨らませて、大体の事情を説明した。彼女は銀色の門の向こう、お嬢様学校として名の知れた有名校の編入試験を受けたらしい。筆記試験は彼女の計算上満点だったが、性格判断試験なるもので不合格の烙印を押されてしまったと、そういうことだ。


「まったく、“こちら”の事情は良く分かりませんが。不可解としか言いようがありませんね」

「は、はあ」


 お嬢様学校の試験など受けたことのない櫻子は曖昧に頷くことしかできない。表向き美少女の言に肯定する素振りを見せてはいるが、内心では、中々のキツイ性格をしていそうなこの美少女は、櫻子の描くお嬢様にぴたりと当てはまったので、よほどその性格判断試験の出来が悪かったに違いない、と思っていた。

 具体的な試験システムの説明を聞いた後は、正答率(性格について正答と果たして言っていいものかもわからないが)が四割を下回るとは、この目の醒めるような美少女は一体どれほど苛烈な性格なのだろうと青ざめた。言動から何となく予想できてしまうのだが、恐ろしいので言葉にはしない。一人嫌な汗をかいている櫻子を尻目に、美少女は刺々しい口調で話を続けている。小鳥の囀りのような可憐な声には少々語調が強すぎるのだ。


「私の綿密な計画が第一段階目から失敗したと思った時には、不覚にも目から水が出てしまいましたよ。まったく」


 その瞬間が、おそらく櫻子と目のあった瞬間だったのだろう。あああの涙は、彼女の矜持にヒビが入ったからかと納得する。この知略に長けたプライドの高そうな美少女が悔しくて泣く姿を想像することさえ難しい。


「しかし、この紅茶は美味しいですね。どこの銘柄のものです?」


 そう問われたので、櫻子が「近くのスーパーで買ったものだけど、銘柄とかは良く分からない」と答えようとしたのだが。


「ああ、いいんです。こちらに来たばかりで答えられても分からないですからね。値段は分かりますよ、あなたの買ったものでしょうし、それほど高くないでしょう。庶民向けにしてはまあ美味しいですね、という意味ですよ」

「はあ」


 失礼という言葉を知らないのだろうか。素直、というのはあまりにも優し過ぎる。なんだか胃の辺りがキュッと痛みを覚えた。どちらかと言えば胃腸が弱い方なのだ。「大丈夫? どこか痛いの? 私のうちそこだから、休んでいったら?」なんて勧めた自分を櫻子は今さらながら少し恨んだ。とにかくこのお譲さまには今すぐにでもお帰りいただこう。


「……その、そろそろお家の人に連絡した方がいいんじゃないの? 試験のこともあるし、心配してるんじゃないかなあ」


「オウチノヒト?……ああ、保護者という意味ですか?そんなものはいませんよ。遺伝子上繋がりのある者はもう存在しません」


「え……」


 つまり御親戚の方もいないのね、と判断するまで時間がかかったのも無理はない。血液型は何ですか、Aですが何か問題でも? と、そんな口調だったから余計混乱した。


「ふぅ、寮があるなら問題ないと思っていたのですが、これでは拠点を探さなくてはいけません」


 思考回路が混雑している櫻子をよそに、美少女は一人思案顔だ。時折櫻子をじろじろと眺めては、また思考の沼に沈んでいく。それを数回繰り返して、櫻子の顔を数秒見つめたあと、形の良い唇に完璧な笑みを浮かべた。櫻子は酷く嫌な予感を覚えた。友人や家族からは鈍感だとよく揄われたことがあるが、こういう勘は外れたことが無い。


「決めました――あなた、私をここに住まわせなさい」


 そうすれば何もかも上手くいくのですからね、と艶然と笑った美少女を、櫻子は目を皿のようにして見つめ返した。


「はい?」


 ある程度面倒なことだと予想していた櫻子だったが、斜め上をいく言葉に理解が追い付かない。美少女はそんな櫻子に何か可哀そうなものでも見るような視線を向ける。やれやれ、と肩をすくめる所作をして、


「仕方がありませんね。事のあらましをお伝えしましょう。ああ、その前に自己紹介でもしましょうか。私の名前はアジュール・ディ・スパーダ。魔王陛下に忠誠を誓う者です。位は最上級悪魔。どうぞお見知りおきを」


 スラスラと自己紹介とやらを述べた美少女に、櫻子は苦々しい笑みを返した。後悔が荒れ狂う海の波の如く押し寄せる。拾い者はプライドの高い美少女なお嬢様、ということだけではないらしい。

 櫻子は美少女に酷く痛ましい視線を向けた。もしかすると試験に「将来の夢・魔王様を愚弄するものを全て滅すこと」とでも書いたのかもしれない。さいじょうきゅうあくま、というのは「最上級悪魔」で変換はあっているだろうか。ファンタジーが大好きなのは可愛らしいが、いかんせんそれを自己紹介とともに述べるのはイタい。


 色々疑問はあるが、とりあえずこの電波な美少女には早々にお帰りいただこう。まずは事を荒立てないように、下手に出るべし。櫻子はまるで赤子をあやすような甘ったるい笑みを浮かべた。


「そっか、アジュールちゃんって言うんだ。素敵な自己紹介ありがとう。私は西宮櫻子っていうの。お家の電話番号教えてくれる?お姉さんがかけてあげるから」


 そんな櫻子に、美少女はとたんににっこりと、気を抜けばずるりと狂おしい恋の道に引きずり込むような妖艶な笑みを見せた。自分の代わりに親に電話をかけてくれるお姉さんの優しい申し出に喜んだ、という顔ではない。


「ほう。西宮、櫻子」


 獲物を見つけた捕食者のそれだ。


1/4 行間に変更を加えました。

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