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第99話 王都凶来・解き放たれし戒

 騒乱の渦中にある王都・南門付近にて。


 騒動の黒幕である逢坂が作り出した『紐』で全身を拘束され、結果道の脇で寝転んでしまっている飯尾は、無言で見つめた。


 たった今、逢坂に一発鉄拳を食らわせた青緑色の髪をした美少女を。


 飯尾はすぐさま彼女に尋ねた。

「……松永……お前、松永か!?」


 先程電熱で短く切りそろえた髪をいじりつつ、彼女は答える。

「ん、ああ、そうだ。【神寵】に目覚めたから髪色変わってますけど」


 数分前の松永は病的に痩せこけ、華がなさすぎる容姿だった。

 だが今の松永は、身体の各所が適切に肉付き、非常に美麗になっていた。


 神寵に覚醒した際、副次効果で髪色が変わり、身体がより良好な姿になるのは見てきたが、ここまで極端な事例は見たことがない。


 なので飯尾は、

「そうか……すまん、変なこと聞いて」

 完全に釈然としないまま、こう松永に返した。


「別にいいって……」

 と、飯尾に言った後、松永は逢坂を睨む。


「……で、どうなんだ。憧れの人の娘にぶん殴られた気持ちは?」


「『良質』と言っておこう……テメーの心の支柱をボキッとイイ音立ててへし折る『導入』に相応しいとッ!」


 逢坂は左手で逆手持ちする短剣を松永めがけ、上から下へ振るった。

 対する松永は素早い足さばきで左へ移り、即座に左ローキックを返す。


 蹴りの重みと同時に炸裂した電撃を右足で感じ取り、逢坂は一瞬顔をしかめて、

「なかなかなものだな……大関にでも稽古してもらったか」


「ああ、格闘術を少々……アンタが何の罪悪感もなく殺した大関に教わったんだ!」


 続いて松永は右フックを逢坂に繰り出す。


 逢坂はこれを左手の短剣【ミストルティン】の刀身をあてがって防ぎ、

「誇らしげに言うんじゃあなぃッ! 俺に殺された奴の技で勝てるはずがあるかッ!」

 右手の長剣【レーヴァティン】を袈裟に振りかざす。


「決めつけもいい加減にしろ!」

 松永は逢坂の胴体へ左手のひらを突き出し、至近距離で電撃を放つ。


 このダメージで逢坂の剣が僅かに遅くなった隙に、松永は後ろへ跳んで四メートルほど距離を置く。


「同じ『属性』……同じ『属性』の使い手……! だったらコレを超えて行けッ! 【プラズマ・ラッシュ】、ダブル!」


 逢坂はレーヴァティンとミストルティンを同時に振り回し、雷を帯びた斬撃を無数に放つ。


 自分に対して乱射される雷の斬撃を見据えながら、松永は地面をコツンと拳でつつく。

「【不殺の世戒】」


 その直後、松永は数多の雷の斬撃を浴びた。けれども、彼女はかすり傷一つすら負わず、ただ悠然と逢坂の前に立っていた。


「これが効かない……ならばこれ! 【轟雷を退かすヨルムンガンド】デュアル!」


 続いて逢坂は神蛇を象る二つの稲妻の束を同時に放つ。


 松永はこれをただじっと立ったまま受ける。それでも、彼女は傷つかなかった。


「……まずわかった。雷属性に『特化』しているのなら、雷属性に対する『耐性』はあって当然か……ならば、二倍の【怪焔を喰らうフェンリル】!」


 立て続けに、逢坂は神狼を象る二つの猛炎を――火属性の魔法を撃つ。

 松永はこれすらもろくな防御態勢を取らず受ける。そして、何事もなかったように佇む。


「……次にわかった。火属性の『魔法』も効かないと……であれば!」


 逢坂は白い冷気を双剣を帯びさせ始める。


 その瞬間、松永はまた拳で地面をつつく。

「【沈黙の世戒】」

 

 そして逢坂は松永へと迫り、

(今度は氷魔法だッ! 【霊氷を統べるヘル】!)

 途端に冷気が失せた双剣を突き出す。


 松永は逢坂が無言で繰り出した『ごく普通の刺突』をひらりとかわす。

 歯を噛みしめて力を込め、彼の脇腹めがけ雷撃を帯びた蹴りを与える。

 逢坂はくの字に曲がって吹っ飛び、三メートルほど地面に転がっていった。


 逢坂は素早く立ち上がった後、自分の喉をさわる。

(何だこれは……声が、出ないッ!)


 その時、松永は両手を逢坂へ向けて、電撃を放つ。


 逢坂は雷魔法を放つことで相殺しようとする。

(【プラズマ・ラッシュ】ッ!)

 しかしそれは叶わなかった。


 この世界の原則として、技や魔法などのアクティブスキルは、キチンとスキル名を詠唱しなければ発動が出来ない。

 故に、現在なんらかの理由で声が出せなくなった逢坂は、スキルを使うことが出来ない。


 結局、逢坂は松永の電撃を、がむしゃらに剣を振ることで散らし、ダメージを軽減する。

 その間松永は逢坂の側面へ駆け迫り、目一杯の力を込めて彼の右頬を殴った。


(俺のご自慢の攻撃技が使えないッ! だったら……これで……)


 声を出せない環境下にて、詠唱した瞬間に発動するアクティブスキルは使えないが、常に発動できる状態にあるパッシブスキルは使える。


 そうと踏んだ逢坂は、右頬をさすって痛みを軽減する素振りを見せた後、松永の視界から姿を消した。


 神寵【ロキ】の覚醒者、逢坂の十八番――ありとあらゆるモノに幻影を被せて『偽装』するパッシブスキル【虚実を装うヨトゥン】により、自分の姿を周囲と同化させたのだ。


(ククク……やはり殺しはスマートな『暗殺』に限るってもんよ……)

 これで松永から視認不可となった逢坂は、彼女の背後と回り込む。


 その間、松永は地面に拳を当て、言い放つ。

「【真実の世戒】」


「さぁ死ね松永ァーーッ!」

 刹那、逢坂は彼女の背後で姿を現し、レーヴァティンを大上段で構えながらはっきりと叫んだ。


 逢坂の一刀よりも早く、松永は電撃を帯びた後ろ蹴りを繰り出し、彼を突き飛ばした。


 逢坂は地面を二メートルくらい転がってから軽やかに立ち上がり、

「おお、声が戻った……いいやそれよりも、なぜ俺が許可を出す前に『偽装』が解けやがったんだッ!?」


「勝手に考えてろ……」

 

 そして松永は再び地面を拳で叩く。

「【崇奉の世戒】」

 すると松永の周りに雷属性で構成された彼女の分身五人が現れ、一斉に逢坂へと突撃する。


 逢坂は双剣を振るいこれらを適切に処理する。

 ところが、声が突然出せるようになったことと、突然偽装が解けたことへの戸惑いにより、太刀筋が僅かに鈍り、追って来た本物の松永の拳は処理しきれなかった。


 さらに、五体の分身が再度出現し、逢坂を追撃しようとする。


「理解不能! 理解不能!」


 逢坂は松永の能力を整理すべく、【海空を踏むロプト】を発動。勢いよく飛翔し、空中へ避難する。


 ここでもまた松永は地面を拳でつつく。

「【安息の世戒】」


 直後、動く速さが四分の一にまで遅くなった逢坂へ雷撃を放ち、彼を撃ち落とした。


 松永の神寵は【バアル】。

 能力は雷属性の操作と、一定範囲に特殊なルールを課せる【世戒】の展開。


 例えば【不殺の世戒】は『そこにいるものは他の誰も傷つけられない』ルールを、【沈黙の世戒】は『松永を除いて(でなければ次の行動が起こしにくいので)誰も声を発せない』ルールを持つ。


 これを駆使し、松永は逢坂の行動を的確に制限し、こうして追い詰めているのだ。


「すげぇぞ松永! この調子で押し切れー!」


 飯尾が松永へ激励を送る中、逢坂は地面に片手を突き、うつ伏せになった身をゆっくりと起こす。


「……さっきまで俺が『好き放題』に出来たというのに……今となっては、俺が『好き放題』にされるというこの『屈辱』よ……」


「あんなクズを崇めて、大勢の人を騙して、そして死なせた……そんな奴がいつまでものびのび出来るわけないだろうが。因果応報だ」


「いい四字熟語知ってんじゃねぇか、国語の教師かよ……じゃあ『盛者必衰』は知っているか?」


「『勢いの盛んな奴でもいつかは衰える』。つまり、これも今のお前のことだろ」


「YES! YES! YES! その通りだ! それがこの世の仕組み《メカニズム》なのだァーーッ!」


 逢坂は急に軽々と立ち上がり、即座に双剣を携えて、松永との間合いを四メートル以下にまで詰める。


 松永は冷静に地面を拳でつつく。

「【不殺の世戒】」


 その瞬間、逢坂は咄嗟に浮遊して後退し、松永から五メートルより遠く離れた位置へ移動し、

「【ヘイル・ラッシュ】と【ブレイズ・ラッシュ】!」

 矢継ぎ早に炎と氷の斬撃を五月雨のように連射する。


 松永は慌てて辺りを駆け回り、逢坂の攻撃に両手を向けて電撃を放つ。


 おびただしい数の斬撃を全て相殺しきれず、とっさの回避行動も範囲の広さにより間に合わず、松永は逢坂の多数の斬撃を食らい、決して軽くはないダメージを受けてしまった。


「何でだ、アイツのスキルの効果はどこいったんだよ!?」


 先程、松永は【不殺の世戒】を発動し、逢坂の魔法の数々のダメージを無効とした。

 ならば今回の攻撃も松永に通るはずがない。それが飯尾の認識であった。


 逢坂はそんな彼の戸惑う様子を見て、

「相変わらず考えが浅はかなヤローだな……やれやれだぜ」

 と、ぼやいた後、改めて松永へ目を向ける。


 苦虫を噛み潰したように、険しい表情をしているところだった。


 逢坂は語る。

「さっきまで、俺はお前の能力を『無敵』と思い込んでいた。同時に、俺はこう思っていた……『そんなことはない』と。

 俺は『恐怖』を克服することこそが『生きる』ことだと思う……だから俺は前に進むべく『試した』。

 そしてそれは正しいとはっきりわかった……貴様の能力にも『弱点』はあるとわかったのだからなァ――ッ!

 ……例えば、『範囲』とか」


「……!」


 逢坂は斜め下に降下し、松永との距離をほぼジャスト五メートルにしたところで、

「【ヘイル・ラッシュ】と【ブレイズ・ラッシュ】」

 先程と同等の規模感で炎と氷の斬撃を連射する。


 松永は前に腕を出し、防御姿勢を取る。

 炎と氷の斬撃が松永にいくつも浴びせられる。けれども、それは何一つ松永を傷つけることはなかった。


「しなくてもいい防御をして誤魔化そうとしてもそうはいかない……『五メートル』! それが【不殺の世戒】の適応範囲だッ!」


 松永は意図的に黙り込んだ。


 逢坂はこれを『肯定』の代わりとみなし、不敵にニヤける。

「完璧なものなんてない……それこそがこの世に生きるものが背負う『摂理』だ。

 十束十華……果たして貴様は、自分の能力の弱点を『全て』かばっていられるかァ〜〜?」


(弱点『全て』か……)

 この時、松永は改めて思い知らされた。

 短時間で自分の【世戒】の他の弱点を推察し尽くしてしまう、という逢坂の底力を。


【完】

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