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第88話 王都凶来・騒乱始動

 ミクセス王国・王都内にある訓練所にて。


 飯尾、桐本、大関、稲田の四人の目の前で、ごく普通の国軍の兵士が、松永の背を目がけ剣を振り下ろした。


「させるかッ!」

 稲田は咄嗟に得物の大槍を突き出して、兵士の剣は弾き落とした。


「あっぶねえ……急に何しやがるんだテメェ!?」


 兵士は答えず、落とされた剣を拾い直そうと屈む。


 その直後、飯尾は警官の父親仕込みの体術で素早く、兵士の片腕をハンマーロックに極めて組み伏せる。


 そして飯尾は至近距離で兵士に尋ねる。

「おいお前! 何のつもりだ!?」


 だが兵士は答えない。ただ獣のようなうなり声を上げるばかりだった。


「……正気を失っているみたいだね」

 と、桐本は兵士の様子を見て言った。


 あの暴走兵は飯尾たちに任せておいて、大関は、急な事態に流されかけた話を、改めて尋ねる。


「そこの兵士さん、邪神獣が来たことについて詳しく教えてくれないか?」


「はい、先のとおり、王都の西部に突如邪神獣が現れ、街で暴れております」


 大関は謎多き最後の邪神獣【邪悪のテラフドラ】の襲来を想像しながら、

「どのような邪神獣だ? 竜の姿か?」


「申し訳ございません。緊急事態につき目撃情報が錯綜しておりまして、はっきりとした情報が伝えられないのですが……『サソリのような姿』とも『ゴリラのような姿』とも言われていまして……」


「サソリ、ゴリラ? 姿形がいくら何でも違すぎるし、テラフドラが最後の邪神獣であったはずだ……はっ!?」


「ど、どうなさいましたか」


「すまない。話は一旦止めだ……【金竜昇進(こんりゅうしょうしん)】!」


 大関は目にもとまらぬ速さで訓練場内を移動する。

 移動先で、彼は騎士団長レイルへ突き出された槍を受け止める。


「お、おお……関(ぜき)殿! なんていう奇跡的なタイミングでいらっしゃったのですか!?」


「こちらの方で何やら物騒な音と気配がしたもので、ね!」

 と、いいつつ大関は槍を持ち主の兵士と共に、遠くへとぶん投げた。


 レイルは自分の兵士に、暴走した兵士の確保を命じてから、

「すまない大関殿。急にあの兵士が正気を失ったように私に槍を向けて、思わず言葉が出ず……」


「いえ、こちらこそもっと早く気付けずすみません……正気を失ったように……ですか……」


 一方この時、飯尾、松永、桐本、稲田の元にまた新たな伝令兵がやってきた。


「申し上げます! ただいま各地で、一部の国民たちが我を失い、他人へ襲い掛かる事件が多発しております!」


 飯尾は今自分がまたがっている、飯尾から逃れようとジタバタする兵士を指さして、

「こいつみたいにか!?」


「は、はい……そのようにです! 民間人だけでなく、我が国軍の兵士までもが多数、錯乱状態になっております!

 国王陛下やゲルカッツ様方が解決のため奮闘していますが、事件数の多さと原因の不明さから、ただいま騒動の収束の目処が立っておりません!」


「おまけに邪神獣もいるんだろ? ドエラい騒ぎが始まりやがったなあ!?」と、稲田。


「とにかく、俺たちも早く何かしないと。でないと有原さんたちが帰ってくる頃には王都が……」と、桐本。


「そうだな。今王都の守りの要を担っているのは俺たちだ。だから何としてもこの騒動を鎮めないといけない……」


「その通りだと思います、飯尾殿」


 大関と親衛隊に守られながら、レイルは四人の元へ来て告げる。

「我々は民間人の保護に注力致します。その間、皆様は我を失った方々に警戒しつつ、どうか邪神獣をお願いします」


 飯尾は下でばたつく兵士の首に手刀を入れて黙らせてから、

「わっかりましたぁ! すぐに黒幕もろともぶっ飛ばしてみせます!」


「あんまイキってんじゃねえぞ飯尾おお! 神寵未覚醒のテメェがよお!」


「こらこら、こんな時に喧嘩ふっかけるんじゃないよ輝明」


「そうだ、この危機は俺たち一年二組の五人が団結して乗り越えなきゃいけないからな」


「そうかい、五人が、か……」

 大関に注意された後、稲田は無意識に左後を一瞥する。

 そこには松永が、例の如く一言も話さないままじっと立っていた。


 そんな彼女へ、稲田は小さく舌を打って、大関たちの方へ向き直す。

(こいつなんかと団結なんて……)


*


 訓練場を出てから広がっていたのはまさしく地獄の光景であった。

 我を失った兵士だけでなく、ごく普通の国民も含まれている。

 それら狂乱者が一切の躊躇もなく、家族や友人や仲間を襲い、次々とその生命を奪っていく――そんな悲劇が繰り返されていた。


 飯尾と桐本たち五人はその過酷な光景を出来る限り抑えつつ、訓練場から一番近くにいる邪神獣を目指し、、王都西門近辺へ向かっていた。


 そこへたどり着くと、鮮血のような赤毛と刃のような銀毛が入り混じる大きな狼の姿があった。


「こいつか! あの兵士が言っていた邪神獣は! ようし、さっさととっちめてやろうぜお前……らあ?」

 稲田が気合を入れて呼びかけた時、その対象である四人は首を傾げていた。


「こいつ、確か有原さんたちが初めて戦った邪神獣の……」


「【殺戮のグエルトリソー】、だよね、飯尾さん?」


「ああ、間違いなくそれ……なんだが……?」


 飯尾は既視感と同時に違和感も覚えていた。

「こんな、小さくはなかったな」


 記憶が飛んでなければの話だが、かつて戦った時のグエルトリソーは、前脚だけでもあたかも格式ある神社や寺の門と同じくらいの大きさ、という巨体を誇っていた。


 だが、ここにいるグエルトリソーはその半分くらいのサイズしかない。全力でジャンプすれば簡単に頭に拳をぶち込めるくらいのサイズしかない。


「うるせえええ! とにかくぶん殴って倒せれりゃそれでいいだろうがああ!」


「そうだなぁ、今回は言うこといいじゃねぇか稲田ァ!」


 五人は事態の収束を最優先し、疑問は抱きつつも、グエルトリソーと戦う。


 かつて有原たちを苦しめたように、グエルトリソーは爪を鋭利な血の刃で伸ばし、五人に襲い掛かった。


 しかし今の彼らは、あの時よりも大幅に成長している。


「……【落防の結界】……」

 まず松永がグエルトリソーの足元に結界を展開し、防御力を下げてお膳立てをし、


「【金竜急襲(こんりゅうきゅうしゅう)】!」


「【天穂日(あめのほひ)の狩(かり)】!」


 大関と桐本はグエルトリソーの前脚それぞれに強烈な一撃を叩き込み、爪を破壊するとともに、その頭を地面にのめりこませる。


「行くぞ稲田! 【撃砕拳】」


「指図すんな飯尾! 【アドラ破砕脚】!」

 すかさず、飯尾と稲田はグエルトリソーの思い切り顔面に拳と蹴りを食らわせる。


 足二本と急所その三点への衝撃により大ダメージを受けたグエルトリソーは激しく断末魔を轟かせた後、バタリと倒れた。

 そしてその亡骸は瞬く間に黒い光の塵となり、跡形もなく消えた。


 それを見て飯尾は言う。

「……【邪結晶】が残らねぇな」


 同じく大関もグエルトリソーの散り際を観察して言う。

「大きさといい手ごたえの無さといい、どうやらただの邪神獣ではなさそうだな」


「じゃあさっさと全部倒しちまおうぜ! おら、急ぐぞお前ら!」


「だね。あと、それはそうと……」


 桐本は四人から少し離れた位置に棒立ちしていた松永に近づいて、

「デバフしてくれてありがとう、松永さん」

 と、笑顔を添えつつ言った。


 松永はすぐにそっぽを向いて、目をそらす。


 二人の様子を見て、稲田はため息をつく。

「そんなブスにわざわざ礼しなくていいだろ、光」


「失礼だなぁ輝明。活躍した人にお礼するのは常識でしょ? それに」

 桐本は松永の長い前髪を撫で上げ、その顔を覗いて、

「ちゃんと髪切ってご飯食べればきっと可愛くなると思うよ?」


 稲田は桐本のたらし様に舌を打ってから、

「……んなの大体そうだろ」


「おいこらお前ら、さっさと次の邪神獣のとこ行くぞ!」


「「はい!」」


 稲田と桐本は気を引き締めて大関と飯尾に続く。少し遅れて松永も続く。

 こうして五人は急ぎ、次の邪神獣の居場所へ行った。


 そこに現れたのは、先程のグエルトリソー並の大きさを誇るサソリ――かつて真壁一派が倒した邪神獣【非情のラスラシス】。

 ラスラシスは一対の爪による斬撃と、尻尾からガトリングの如く連射される岩石の弾丸を使い分けて五人を攻撃した。


 しかし爪の斬撃も、岩石の弾丸も、後衛職【呪術師】の松永を除く、数々の戦闘を潜りぬけた四人にとっては、安直な攻撃としかならず、すべて防御されてしまった。


 そしてラスラシスは、完全に動きを見切られたところで、


「【金竜急襲】!」

「【天忍穂(あめのおしほ)の穿(うがち)】!」

「【アドラ破砕拳】!」

「【裂空脚】!」


 四人からの同時攻撃を受けて、黒い粒子と化した。


 直後、五人は二体目の邪神獣討伐の余韻に浸ることなく、別の場所へと駆けた。


 こうしている間にも何の罪もない人間が邪神獣の餌食となるか、殺人者にさせられている。

 一人でも多くの命を守り抜くため、この王都の騒乱を収めるため、彼らに悠長にしていられる余裕は決してないのだ。


*


「……『国民半数の凶暴化』と、『邪神獣の模造品十三体』……こんだけやってもなんとかなりそーな雰囲気が出ちまうのかよ」


 彼は、ミクセス王国の王城の尖塔の屋根に座り、五人の界訪者の奮闘を眺めていた。


 一瞬、彼は片手で回して遊んでいた漆黒の宝玉を見つめる。

「エネルギーが『不足』してるから『邪神』も呼べねーし、本物のテラフドラは呼んでも『来る気配』がねーし……思ったより役に立たねーなァ〜〜、これ。ま、いいけど」


 彼は改めて、足元に広がる凄惨な場面が多数展開される舞台、ミクセス王国・王都を眺める。


 特に彼は、王都東部の中でもやや王城に近い、ひときわ目立って堅牢な建物――牢獄へ視線を向けた。


 するとその時、そこから三十メートルはくだらない高さの水流が噴き上がり、約百人もの兵士が空に打ち上げられた。


「二五〇〇年前の中国の兵法書に『孫子』ってのがあってこう書かれている。『智将は務めて敵に食む』。つまりだなあ説明すると……『賢い将は極力現地調達しろ』ってことだ。でもって『実際行動して』正解だったぜッ! まさかこんな逸材が眠ってたなんてよぉ~ッ!」


 水流が止み、数多くの兵士たちが落下した時、彼はパチパチと拍手を送った。


「さぁ、乗りこなしてみやがれッ! 俺主催の渾身のフェスティバル! 名づけよう! この騒乱は『王都凶来』!」


 彼は騒乱する王都を見下し、これから叶う望みを夢想する。

 そして彼は、下で混沌に悶え苦しむ者たちと、運命に立ち向かうクラスメートたちをめがけて、黙示録のラッパの代わりにと、高らかに嘲笑った。


【完】

話末解説


■魔物

【非情のラスラシス】

 レベル:47

 主な攻撃:爪によるひっかき、岩石の弾丸


 サソリ型の邪神獣。

 硬い爪による斬撃と、尻尾から岩石の弾丸連射によって、非情にも敵味方を区別せず征討する。

 ミクセス王国を実質支配していた頃の真壁一派によって倒された。はずだったのだが……

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