第37話 勇者の帰還
渾身のドロップキックを放ったものの、飯尾は簡単に防御され投げ飛ばされる。
飯尾はへこたれず、すんなりと立ち上がった。
飯尾は倒れる海野へ向かって言い放つ。
「……俺は、お前との約束通り、最後まで戦い抜くからな!」
「……飯尾……おま……」
その時、真壁は両手で槍を握り、そこへ膨大な雷を充填し、無慈悲に飯尾へ叩きつける。
「【絶対至敗】」
この余波により、敵味方問わず、周囲にいる兵全員に衝撃が襲い掛かった。倒れるものも吹き飛ぶものも少なくなかった。
もちろんこれは三好や内梨も例外ではなく、彼女たちは転ばないように両足に力を入れ、全力で堪えた。
その間、彼女たちは自分の身よりも飯尾の無事を心配した。
この【絶対至敗】は有原の死因として伝えられているスキル。
いくら屈強な飯尾であろうともそれは耐えられない――彼の味方はもはや第二の仲間を失うことを覚悟した。
「こんなもんかテメェ!」
しかし飯尾は生きていた。真壁の槍を押し返し、まだ立っている。
「これが祐が食らった技か……だが、これじゃあ俺は死なないぞ……こんな極悪人の小技で死なないぞ……!」
「何を根拠にそう言える? 【神寵】にも覚醒していない、私と比べて世界への貢献度の低い貴方が何故そう言える?」
「……その根拠が知りたいか? なら、もう一度【絶対至敗】をぶつけてみろ! お前みたいな石頭にはそれが丁度いい!」
「……やめろバカ……それはマジモンのバカがすることだぞ……」
と、頭痛に苦しみ、大広場の端で横たわりながら、海野は忠告した。
しかし飯尾はその場に立ちとどまり、両手を広げて、
「さぁ、確かめてみろォォォ!」
真壁は鼻すら鳴らさず、無表情のまま、両手で握った槍を後ろに回す。そこで神寵【ゼウス】由来の雷を得物へ圧縮し、
「【絶対至敗】」
お望み通り、再び飯尾めがけ振りかざした。
「い、飯尾さぁぁぁん!?」
「護さぁぁぁん!?」
「飯尾ォォォォッ!」
「……な、死なないだろ?」
と、飯尾はその場に立ったまま、満身創痍の状態で言ってみせた。
「流石にもう無理だよ! 内梨さん、行こう!」
「はい、三好さん!」
三好に守られながら、内梨は真壁軍の執拗な妨害をかいくぐり、飯尾になるべく近づいて、
「【ライフ・サプライズ】!」
飯尾へ回復魔法をかけた。
だが、飯尾の傷はなかなか治らない。
彼は壮健に振るまっているが、実際その身に刻まれているのは生きていることが不思議なくらい尋常ではないダメージ。それに対する内梨の回復魔法は雀の涙にしかならなかった。
「また……救えないなんて……」
飯尾の回復がままならないことに加えて、トリゲート城塞奪還戦にて、篠宮の解毒が出来ず、彼を死へと走らせてしまったことがフラッシュバックし、内梨は自信を失いつつあった。
「……」
そんな彼女へ真壁配下の辻が急接近し、彼女へ刀を突きつける。
「危ないっ!」
これは紙一重で三好が短剣二本で受け止めてくれた。
「【デイモス・インパクト】!」
しかし、続けてやってきた桜庭が、二本の槍を思い切り振り落とす。三好のガードは強引に崩され、桜庭に思い切り斬りつけられた。
「三好さぁん!?」
また自分のせいで誰かが傷ついていく。
耐えられなかった。自分が不甲斐ないばかりに悪化していく状況が……
そんな彼女へ、飯尾は内梨へ振り向いて言った。
「……泣かなくていいんだ、美来」
「……え?」
「お前は、そのままでいいんだよ……そうやって優しくしてくれるだけで、俺たちは嬉しいんだ……」
「【アルゲス・ショット】」
「がぁッ!」
飯尾は真壁が落とした雷を食らう。だが、まだ彼は倒れない。
「ほらみろよ。さっきの回復だけでもまだいけてるんだぜ……これは内梨さんの魔法が効いてるってことだろ……」
「……飯尾さん、私は……」
「そうだよ、内梨さんっ!」
と、言いつつ三好は辻と桜庭を連続で蹴り飛ばす。
「今アタシがここにいるのは、内梨さんが背中を押してくれたおかげだよ! 訳は長いし、自覚ないかもしんないから、ここでは言えないけど!」
「……三好さんも! ……私は……」
内梨は無意識に、海野が倒れている方を向いた。
ようやく頭痛がやみ始め、かろうじて立てるようになった彼は、内梨へ向けてグッドサインを送っていた。
「……海野さんまで……私は……」
三人の仲間からの激励を受けた内梨に、もう罪悪感はなかった。
代わりに今の彼女の内に彼女を埋めたのは、
「私は……このままじゃ嫌だ! 私はもっともっと、勝利さんや祐さんの分まで、誰かを救いたいんだ!」
強い、強い意志であった。
それが彼女の内なる力を『覚醒』させた。
刹那、彼女は平和、栄光、豊穣を込めたような淡い桃色の髪をなびかせ、
「【アルフヘイム・ブレッシング】」
と、勇気を持って詠唱する。
すると彼女の周りに三体の小さな妖精が現れ、
「お願い、みんなを助けて!」
飯尾と海野と三好の傍へと飛んで行った。
そこで妖精は三人を自身から放った光で照らし、彼らの傷を癒していく。
「すげぇ、あんだけの傷がみるみるうちに……」
「これが内梨さんの【神寵】……すごい『らしい』ね!」
「ありがとう、内梨さん……けど、【クトゥルフ】の反動はこれでも直せないのかよ……」
「【ライフ・ミラクル】!」
内梨は【神寵】に覚醒したことで強化された回復魔法を、兵士たちにもかける。これにて自軍は一気に立て直された。
改めて、飯尾は真壁に向き合って言う。
「……さぁ、どうだ! 俺たちはまだやれるぞ!」
「それは認めざるを得ないようだ。で、あれば……」
真壁は自軍全員に向けて命じる。
「総員、内梨美来を集中して狙え。奴さえ消えれば敵軍の支柱は折れる」
刹那、全兵全神寵覚醒者が躊躇なく内梨一転を目指した。
一方その頃。真壁の非情な命令が下った大広場から約百メートル離れた位置にある、五階建ての建物の屋根にて。
「どうやら僕たちの出番はなさそうだな」
「んじゃ、後はここで土産話の調達をするだけってことか」
燃え盛る太陽のような橙色の髪をした少年と、鉄のように鈍く重い灰色の髪をした小柄な眼鏡少年。
二人は戦場の様子を見下ろしながら、軽々しくやりとりしていた。
この身長差が大きい二人組は、石野谷陽星と梶昇太――久門一味の二人である。
数時間前。または、久門が真壁と休戦してから三十分後のこと。
「石野谷、梶、お前ら真壁の後をつけていけ」
と、一味のリーダーである久門は二人に言った。
「ええっ!? 何でですか!?」
「や、やめといたほうがいいよ久門兄さん。それも不義理でみっともないことだし」
突然の方針転換に動揺する二人へ、久門は笑って言った。
「違う違う、油断した奴らの背後を一突きしようとかそんなドクサレたことじゃない。ガチでそうしたければもうしてるしな。俺はよ、真壁を生かしたいんだよ」
「真壁を……生かしたい?」
「どうしてです? その急すぎる呉越同舟の流れのわけは一体?」
久門は梶の質問に答える。
「決まっている。今王都で暴れてるっていう『黒幕』とやらが真壁を倒さないようにするためだ。やはり、俺はあの傲慢と偽善を混ぜて手足をつけたような人間を真っ向から小細工なしでぶち殺さないと気が済まねぇんだよ! 奴は俺の獲物だ、横取りは許さない!」
「なるほど、それで俺たちだけでその黒幕を暗殺すればいいんっスね!」
「暗殺……っていうよりかは、真壁がピンチになったときに遠くからバレないように助けてやれ。真壁たちの力を偵察するのも兼てな。お前らなら得意だろ?」
「つまり狙撃か……僕はまだしも陽星は……」
「わっかりましたぁ久門さぁん! 土産話含めてご期待くださぁい!」
という事情で二人はここにいるのである。
「しっかしよぉ、直接戦闘に向いてないヒーラーの内梨を狙うとか、相変わらずむごいこと考えるよなぁ、真壁のやつ」
「僕だったら戦術的にありありだと思うけど?」
「やっぱお前もそうか、梶」
「ま、真壁がやると『いつもながら悪質』と見えるのはしかたないけどね」
「だよなぁ。アイツは真性のサイコだからな」
「だな、あの時からそうだったかんな……」
実はこの二人、真壁とクラスメートになったのは人生二度目だ。
最初にクラスメートになったのは小学校二年生の時である。
当時の二人から見た真壁の印象は、年齢とちょっと合わないくらい真面目な女の子、という、まだ常識の範疇に収まっていた。
しかし、今思い返してみると、今の苛烈さに至る片鱗を見せていた出来事が一つあった。
それは小学校内で行われた、六学年を混ぜていくつかの班に分けて、六年生が企画したなにかをする。いわゆる『縦割り班活動』でのこと。
石野谷と梶と真壁は同じ班となり、『カレー作り』を行うことになった。
ところが、班の音頭を取るべき六年生たちが、にんじんを買い忘れたり、調理器具が足りなかったり、作業の進み具合がばらついて待たされる人が続出したり、などなど……終始グダグダで頼れない行動を繰り返していた。
それでこの班は、活動時間ギリギリでカレーを完成させた。洗い物などの跡片付けに関しては、生徒たちが慌ててカレーを食べている間、先生にやらせてしまう始末だった。
その後、縦割り班内の各学年から一人ずつ、六年生へお礼の手紙を書くことになった。
石野谷と梶たちはあまりいい思い出がなかったので、当然それを拒否した。
だが、真壁が真面目にそれを受け入れたここで、どうにか自班の六年生へ手紙を渡すことができた。
数週間後、その六年生の一人が不登校になった。
さらにその元六年生が中学生になってから一ヶ月弱経った時、その人は自殺したという。
遺書には『僕は何も出来ない、生きる価値のない人間です』という文言が書かれていたと伝えられたが、詳しい事情は誰もわからなかった。
今の二人は、ある程度年を重ねて、真壁の性格を理解して、ひょっとしたらこうなのではと思った。
――きっとあの手紙には、今の真壁が得意とする、『一切の妥協を許さぬ完璧を押し付ける辛辣な正論』が書かれていたのだろう。と。
「わりぃな陽星、なんか怖い話しちゃってね」
「別にいいって。今あそこで起こってることよりは遥かに怖くないし」
石野谷と梶が昔話をし終えた時、真壁軍は内梨が回復させた兵たちを、再び窮地に追い込んでいるところだった。
いくら内梨の普通の魔法を使えるくらいには落ち着いた海野も、三好も、神寵覚醒者十人の猛攻には絶えきれなかった。
中でも飯尾の負傷度合いは、他の者たちと比べて圧倒的に大きすぎた。
唯一生き残った親友同士として、今この場にいる中で最も内梨を思う気持ちが強く、背後に置いた内梨を最も積極的に守っているのだから。
「【ブロンテス・インパルス】」「【トリトーン・バスター】!」
「ごはぁぁッ!」
飯尾は、真壁と都築の共闘によって追いつめられていた。先程の【絶対至敗】を二度耐えられたことに関して相当な屈辱があってのものだろう。
しかし飯尾は、内梨につけてもらった妖精一体の回復と、内梨本人からの回復魔法と、自身のタフネスで何度も立ち上がる。
「護さん! まだ、続けるんですか……!」
「ああ、まだ諦めねぇぞ……」
「何だこいつは……不死身か?」
「だとしたら心が死ぬまで痛めつければいい、都築」
「はっ、仰せのままに」
飯尾は満身創痍故に焦点の定まらない目で真壁辺りを睨もうとしつつ、
「おっと、それこそ逆効果だぜ……俺は身体よりも心のほうが頑丈なんでよ……こんなにまでなっても俺は諦めないからな……死んだ有原のためにも、海野との約束を守るためにも、俺は戦い抜くって……仲間を守りぬくってなぁ!」
「【カリュブディス・スパイラル】」
都築は水の螺旋を帯びた槍で飯尾を突く。
掘削機を叩きつけられたような衝撃が襲いかかるも、飯尾はこれを両手で受け止め、防ぎ切った。
「……特にお前には負けねぇよ都築……! 最低でもテメェにだけは目にもの見せてくれる……!」
「ふざけたことを言うな……!」
「【アクア・スフィア】」
飯尾の右隣に来た海野は都築へ水魔法を撃つ。
都築は神寵【ポセイドン】の覚醒者。バッシブスキル【エナリオス・ドミニオン】で水全てを操ることができる。故にこの魔法はあっさりと地面に落とされた。
やっぱりな。と、海野はぼやいてから、自信満々な様子で都築へ言う。
「あんま飯尾の悪口を言うなよ都築。今日の飯尾は絶好調だ。こんなにボロボロになっても戦えてるし、俺との口約束も未だに守ってるしな。『ふざけたこと』言ってんのは確かだけど」
「だからどうしたというのだ海……」
と、都築は海野に何かを言いかけたその時、彼は背後から、雷が迸るのを感じる。
「都築。海野に構う暇があったら前を空けろ」
「はっ、申し訳ございません」
都築が飯尾の視界からはけると、真壁がこちらへ槍先を突き出しているのが見えた。
「奴に【絶対至敗】を使ったのは失敗だった。私の最強奥義を受け止めたという自信で奴はますますその誤った正義を膨張させた……だから、奴の言葉を拝借して、『小技を何千と当てて』、心から崩す」
対して飯尾は構えを取り直して、
「……さっき言っただろ、俺は有原の分と、海野の約束のため、何が何でも戦い抜くって……仲間を守り切るってなああ!」
「なら苦しめ、仲間と共に……【ステロペス・パニッシュ】」
真壁は無慈悲に、飯尾めがけ槍先から一筋の雷光を放った。
「護さん……」
「何も心配しなくていい、お前は俺が守ってやるからな、美来!」
そう飯尾が言った直後、海野はため息をついて、
「……あのさ飯尾、お前一人で守ってる感出すのやめてくんない?」
「出してねぇよ! ちゃんと三好さんとお前と、ハルベルトさんたちも戦ってるってことは忘れてないしよ! てか、何で急にそんな小言言うんだよ海野!」
「だって、『もう一人』いるからだよ」
「え?」
飯尾が頭に疑問符を浮かべたその時、真壁の雷光は彼の目前まで迫っていた。
「【威盾】ッ!」
その雷光は、魔力の壁に激突し、明後日の方向へ逸れたからだ。
そしてこの大広場にいる者全員は、まるで夢をみているかのように驚愕した。
「貴方は……!?」
「通りで死体が見つからなかったわけか……!」
「ま、まさか、ここまで来てしまうなんて……聞いてませんわ!」
真壁一派も、
「おめぇ……生き返ったのか!?」
「フヒヒ、これじゃあ僕たちはまだまだ帰れなそうだ!」
石野谷も梶も、
「ど、どうしてあのまま死んでくれなかったのですかァ、貴様ぁ!?」
「流石だ……流石は私の見込んだ通りの者だ!」
「ああ、まさしく神々の御業よ……」
「陛下にも、アレは見えておりますか……」
「ウム、はっきりと見えておるぞ」
騎士団長たちとミクセス王も、
「え……嘘、これマジなのこれ!?」
「【ルルイエの掌握】が一番役に立った瞬間だな、これ」
「……全く、こんなに驚かすんじゃねぇよお前! 危うく死因が心臓破裂になっちまうところだったじゃねぇか!?」
「い、生きていてくれたんですね……本当に、本当に、ありがとうございます……!」
もちろん、内梨や飯尾たち四人も驚いた。
「遅れてごめんなさい、みんな……そして、ただいま、みんな!」
一ヶ月前に真壁に消されたとされた死人が――有原祐がここにいることに。
【完】
話末解説
■登場人物
【辻 利乃】
レベル:48
ジョブ:【暗殺者】
神寵:【ヘルメス】
スキル:【ハデスズ・ヘルム】、【タラリア・フライト】など
一年二組の一人。真壁の仲間の女子生徒。
非常に無口であり、考えていることがまるで読み取れない。
神寵【ヘルメス】で得た透明化能力や飛行能力を有効活用し、冷徹に暗殺を行う。
抹茶が何なのかつい最近知った。
ヘルメスとは、ギリシャ神話の伝令、盗賊、商業……などなどの神。オリュンポス十二神の一柱。
【小清水 春】
レベル:46
ジョブ:【祈祷師】
神寵:【アフロディーテ】
スキル:【ライフ・サプライズ】、【ウラニア・オア・パンデモス】など
一年二組の一人。真壁の仲間の女子生徒。
包容力があり、誰に対しても優しく接してくれる姉的存在。
神寵【アフロディーテ】で得た常時発動型スキル【ウラニア・オア・パンデモス】により、回復魔法の回復量増加、あるいはダメージ化の切り替えられる器用なヒーラーとなった。
ヤンキーものの作品が見ていられない。
アフロディーテとは、ギリシャ神話の美の女神。オリュンポス十二神の一柱。ローマ神話のヴィーナスと同一視される。




