第30話 敗者には無慈悲たれ
一年二組では、異世界に来る以前より、真壁か久門の両者がそれぞれ派閥を形成し、学級委員・有原の実権を奪っていたのは、もはや説明するまでもない。
その歪なクラスの情勢下、武藤永真は、飯尾や内梨ほど積極的ではなかったが、有原に一定の同情をするなど、それなりの正義感がある少女であった。
だから、大陸に来てからの初陣にて、邪神獣【殺戮のグエルトリソー】と交戦する有原たちへ助太刀しようとした。
だから、トリゲート城塞奪還戦の中、撤退中の有原たちを守ろうとしていた。
けれども、奇しくも、どちらとも、真壁によって阻まれた。
彼女の目線からは、真壁は偉そうに自己中なことばかり言う感じの人物だった。
なので武藤は真壁のことを元から気に食わないでいた。
ところが、この二件と、命からがらトリゲート城塞から脱した有原を無慈悲に責め立てたことで、いよいよ武藤は真壁のことを完全に下衆と判断した。その時点で彼女に対する暴力も含む抵抗も考えていた。
しかしそれは直接的な被害者である有原がすべきということと、友達からクラスメート同士で争うことの不毛さを訴えられ、かろうじてその一線は超えなかった。
その一線を先に超えたのは真壁だった。
松永充殺害を理由とした、真壁たちによる有原への報復――を建前とした真壁一派の蜂起の最中、ついに堪忍袋の緒が切れた武藤は、友達にろくな相談もしないまま、有原が逃亡する市街地へと向かおうとした。
が、城の門を出る寸前、タフネスに定評のある飯尾が都築によって吹き飛ばされたのを見て……その一瞬で戦意を砕かれた。自分では勝てない。と。
ついには、武藤はまるで手を差し伸べることもできず、真壁の横暴と有原の死を許してしまったのだ。
それから、ミクセス王国は実質、真壁の手中に納まった。
彼女に抵抗したクローツオは無実の罪で粛清され、皮肉にも反真壁派最後の希望と化した久門は王国を去り、飯尾や内梨は……実力上、到底戦えなかった。
だからいよいよ武藤は立ち上がった。自分の友達と共に真壁の専横に『待った』をかけた。
相手は【神寵】覚醒者十人。対するこちらは未覚醒者の五人。勝てないのは明白だった。しかし、彼女たちは最後まで戦い抜くことを決めた。せめて自分たちの強い意志が、少しでもみんなの希望になればという一心で。
そして今、武藤は真壁の手下――でさえもない、『ただの戦力』として、鳥飼に貸し与えられ、ずっと助けたかった有原へ刃を向けている。
武藤は自身の専用武器【クラウ・ソラス】の刀身から光属性エネルギーを溢れさせて刃を大幅延長し、
「【トゥアハ・グローリー】ッ!」
約十メートル先にいる有原めがけ横一文字に振るう。
有原に当たる前にその光刃にかすった木々や岩は、まるで野菜のようにいともたやすく斬られた。
「【威盾】ッ!」
だが有原はこの威力に物怖じせず、右足を光剣が迫る方へ向け、思い切り地面を踏む。魔力の壁を展開し、武藤の光刃を折り曲げた。
「【疾槍】ッ!」
有原はすぐさま攻勢に移った。高速移動し、武藤との間合いを詰める。
有原と武藤は暫し剣戟を繰り広げ、戦いは平行線を辿る。それを先に打ち破ったのは有原。
「【崩槌】ッ!」
武藤がクラウ・ソラスを振りかぶったと同時に、有原は柄頭を彼女へ突き出す。その周りに集めた魔力の塊をぶつけて、武藤を衝撃でよろめかせた。
追撃に、有原は剣の腹で武藤の頭を叩く。
まだ続く。彼は蹴りを与え、武藤を一メートルほど地面に転がした。
転がった先は不運にも鳥飼が立っていた。彼女は当然怒鳴る。
「こら武藤! あなた何をしているのですか!? なぜ【神寵】に覚醒していない有原ごときにそんな醜態を……!」
「それは奴が強くなったからじゃ!」
グレドはグリフォンを一刀のもとに斬り伏せて、鳥飼に言った。
「わ、私が手塩にかけて創った魔物が……いやそれはどうでもよくて! あ、あの無能級長の有原が、強くなったですと!?」
「ああそうだ、かれこれ約三週間にわたって儂と修行してな! お主らが言う『神寵』とやらに頼らずとも勝てるぐらい、みっちり鍛えさせてもらった!」
有原は面を食らった衝撃でクラクラしている武藤の傍に立ち、彼女の無事を確認してから、
「グレドさんの言う通り。僕はこれまで沢山の困難を乗り越えて、こうして強くなりました。ですが、『真壁さんに復讐したいから』こうしたのではありません。今度こそ『みんなを助けられる人になる』ためです。鳥飼さん、僕はもうこれ以上、みんなと無駄な争いはしたくありません……ですから、ここは一旦帰ってくれま……」
「おおっと、これ以上無駄口を叩くのはよした方がいいですわよ有原さん!」
と、鳥飼が言い放った直後、
「いああああッッ!」
武藤は絶叫しながら身体を小刻みに揺らした。
グレドは剣を携え鳥飼へ詰め寄る。
「!? お主何をし……」
「いあああああッッッ!」
「貴方も無闇に動くのはよしなさい、この耄碌おじいさん」
自分のせいで有原の仲間を奪うわけにはいかない。グレドは鳥飼に従い、握った剣を鞘に納める。
「ああ……ああ……ああ……」
直後、武藤の絶叫と震えは納まった。
苦痛により顔を歪ませる武藤を心配しつつ、有原は鳥飼へ尋ねる。
「鳥飼さん……今武藤さんに何をしたんですか!?」
「制裁ですよ。真壁様のご意向に反する愚行を取った愚民への、ね」
クローツオらを処刑し、武藤の反乱を鎮圧した後、真壁は今後このような自分の派閥への反逆を阻止するため、『黒幕』に意見を求めた。
すると黒幕はこう答えた。
「シンプルに『即粛清』できるようにすればいいんじゃあないか?」
真壁はこの意見を採用し、真壁はミクセス王国の国民・兵士たちに『ある魔法』をかけた。
――真壁が念じれば即、高圧の電撃が全身を走り、その場で殺害できるようになるという魔法を。
この魔法により真壁は不都合な言動を取る国民や兵士を即座に粛清し、その支配地盤を固めたのだった。
なお、真壁は全てのミクセス王国の国民にこの魔法をかけたわけではない。
王国への忠誠心を示すためにと、王族や騎士団長にはそのような疑いを持たれないようとして、王国に残留する一年二組の面々には、こちらも信頼の証として、意図的に魔法はかけなかった。
逆に言うと、さっきのように武藤が震えているのは――魔法が掛けられているのは、一度歯向かったクラスメートは、信頼に値しないと評する証明でもある。
「そして今私は、真壁さんに代わってその魔法を作動できますわ!」
鳥飼はその粛清のスイッチとなる魔石を見せびらかした。
「いいですか有原さん。もしあなたが私に害を及ぼすような真似をしたら、武藤は死ぬと思いなさい! あなたも嫌でしょう? 自分のせいで六人目の死人が出るなんて……あ、そういえば武藤の仲間四人も、貴方の味方をして死んだような者ですから、武藤で十人目ですわね! ハハハハハ!」
有原は鳥飼に憤りを覚え、彼女を睨みつけた。
けれども、それ以上はできない。もし自分が動けば、助けべきクラスメートが逆に死んでしまうのだから。
ようやく意識が安定した武藤は、彼へゆっくり手を伸ばして、何か言いかけた。
しかし再び鳥飼が制裁を起動し、無理やり絶叫させられた。
「いつまで伸びていますの武藤? あなたが任務を果たそうとしないのなら、それはそれで処分されるのは、『前例』からしてお分かりですわよね?」
「……はい、鳥飼……様……」
生殺与奪の権利を握られた武藤は、もう鳥飼の言いなりになるしかなかった。
まだ痺れが残る身体を無理やり起こし、手放したクラウ・ソラスを掴み、直後、彼に斬りかかる。
有原は難なくその太刀筋を読み、己の剣で受け止める。
「……もう……どちらかが死ぬまで戦うしかないのか……!」
事故ではなく、今度こそ自分の手でクラスメートを殺すかもしれない……その現実に有原が悲しみかけたその時、
「諦めるな、祐! あの傲慢不遜娘の魔石さえ奪えば、あとはこっちのモンじゃろ!」
師範として、グレドは有原を勇気づけた。
グレドは彼を助けるべく、鳥飼へ駆ける。
「いくら性格の悪いお主でも戦術上、有原と戦おうとしている者を今殺しはせんじゃろうなぁーッ!」
「ええ、そうですわ。ですが、そう簡単に魔石は奪わせませんよ……【スピード・カース】」
鳥飼はグレドにデバフ魔法をかけて素早さを下げる。
それから彼女はかごに入れて持ってきた小さな蛇を地面に放ち、右手を向けてこう唱える。
「【ユノ・ヴェンジェンス】」
すると蛇は全身が高貴な光に包まれ、みるみるうちに体が大きくなり、姿も異形と化していく。
そして、ついさっきまではただの小さな蛇が、九つの首と、そのいずれも持ち上げれば十数メートルの高さに至るほどの巨体を持つ蛇――ハイドラへと姿を変えた。
鳥飼楓が覚醒した神寵は【ヘラ】。
それにより会得したスキル【ユノ・ヴェンジェンス】は、ごく普通の動物を強力な魔物へと変身させる効果を持つ。
さっき彼女が乗っていたグリフォンも、その辺にいた雀を変身させて生み出したものだ。
「ふふふ……どうかしら有原? また『蛇』に一杯食わされないといいですわね?」
と、鳥飼は有原を煽る。
これで武藤と戦闘中の有原は、苦い過去……トリゲート城塞奪還戦との篠宮を思い出し、顔を歪める。
一方、鳥飼の魔石を狙うグレドは、
「ほう、強そうな魔物じゃな……だが、有原の仲間がため、さっきのグリフォンと同じく、刹那で斬り殺してくれるわ!」
武者震いを起こし、ハイドラに立ち向かう。
「さて、あのボケおじいは魔物に任せまして……」
その間、鳥飼は有原と武藤の戦いを監視する。
有原は武藤の力を冷静にいなし、優勢を保ち続けていた。
この醜態に鳥飼は魔石をちらつかせてカンカンに怒る。
「何やってますの、武藤! いくら真壁様に負けた分際とはいえ、何一つできない、神寵にも目覚めていない有原如きになぜそこまで苦戦するのですか!」
「わかってます……ですけど、ボクは……」
「『有原を殺したくない』とかでものたまうつもりですわね! であれば、こちらは貴方をとことん苦しめてから殺しますわよ!」
そう鳥飼に言われれば仕方なかった。彼女の容赦の無さは決して加減が利くものではないのは、これまで従っていたことから吐くほどわかっていた。
故に、武藤は有原に至極申し訳ないと思いながら、スキルを発動する。
「……【アガートラム・エンハンス】」
すると武藤の右腕が、神秘的な装甲を象った光に包まれる。
【完】
話末解説
■登場人物
【武藤 永真】
レベル:44
ジョブ:【戦士】
神寵:【ヌアザ】
スキル:【神器錬成:クラウ・ソラス】、【アガートラム・エンハンス】
一年二組の女子生徒。元気はつらつで活発的な性格。
小柄ながらも運動神経が高く、その実力は一年にしてサッカー部のスタメンを張っているほど。
一年二組内では数少ない有原の同調者だったが、様々な不幸が重なり、真壁の『兵器』となっていた
戦闘ではジョブ【戦士】らしく剣を用い、パワーで強引に活路を開くスタイルを取る。
神寵【ヌアザ】に覚醒してからは、光属性エネルギーを放ち剣撃を強化できる彼女専用の剣【クラウ・ソラス】を振るい、【アガートラム・エンハンス】でパワーを増幅することで、ますますその戦闘スタイルが顕著になった。
自分より背の低いクラスメートがいないことに焦りを感じている。何としてでも内梨と梶を追い越したいと思っている。
ヌアザとはケルト神話の戦神。欠損した右腕を銀造りの義手で補ったという伝承から『銀の腕』という別名を持つ。




