第121話 全ての救済のための戦い
明朝。ヒデンソル王国王都付近にて。
邪神討伐のため、槙島の暴走を止めるため、ここに集ったミクセス・ファムニカの十万人将兵が整然と並んでいた。
そんな彼らの視界には仮設された高台があり、その上には三人の人物がいた。
一人はミクセス王国の国王。もう一人はファムニカ王国の次期国王、王子エストルーク。
そして最後の一人は、数々の邪神獣を倒し、大陸を救済へと導いていた界訪者のリーダーこと、一年二組の学級委員、有原祐がいた。
有原は両脇の国主二人より一歩前に出る。
自分一点に集まる視線により緊張しつつも、この後にする使命への責任感でそれを吹き飛ばし、有原は全軍へ言い放つ。
「約二年前から今日に至るまで、この大陸にて、邪神という計り知れない災いによって、何人もの人が苦しみ、傷つき、悲しみました。
ですが、その不幸は今日でついに終わります。
ここに集まった、ミクセス王国とファムニカ王国の勇気ある皆様が団結することによって。
それでももし怖いというのならご安心ください……今ここには、僕たち界訪者という切り札がいます。
失敗、強敵を相手にしての敗北、仲間同士の争い――それらの不幸にめげず、何度でも反省して立ち上がり、そして乗り越えてきた不屈の勇者が今、ここに大勢います!
ですから皆様、ここから先は決して臆することも、逃げ惑うこともなく、全速力でみんなを助ける未来へと進んでいきましょう!」
有原が言い終えると、万雷の拍手喝采がここ一帯の地面を揺るがすほど轟く。
そして、間近に迫った平和を切望し、天を衝くほどの士気を持った邪神討伐軍は、その勢いが衰えぬうちに、最終決戦の舞台、ヒデンソル王国の王都へと出撃した。
ヒデンソル王国の王都は長大かつ分厚い、荘厳な防壁によって囲まれており、出入口は八方に設けられた門八つのみ。
無論、戦争間近故に、全ての門は厳重に閉ざされていた。
「【ルドラ・ブラスト】!」
その内の北東側の門へ、三好は闇属性エネルギーをありったけぶつけ、強引かつ素早く破壊する。
「【ダフネ・バースト】!」
「【火卦剛衝拳】!」
さらに石野谷と飯尾の手により、真北門と真東門も破壊される。
討伐軍はこの三門から突入した。
その先に配備されたヒデンソル王国の兵士と暗黒兵は、門が破壊されるや否、敵軍を阻もうと突撃する。
しかし、討伐軍は士気と数で圧倒的に勝っている。もはや一般兵ではどうにかなる問題ではなく、討伐軍は王都内へなだれ込む。
「じゃあ陛下はここで私たちの後方支援をお願い致します。それとレイルさんと、畠中は……陛下の護衛と、負傷兵の回復をお願いします」
「承知した、海野殿」
「お任せください、海野殿!」
「は、はい! 普通の兵士の方くらいならバリバリ回復します!」
そうしてこの戦いの指揮担当の一人である海野は、いち早く制圧した北東側の門付近に、総大将のミクセス王と、兵士の回復役としてレイルと畠中らを残し、そこをひとまずの本陣とした。
ヒデンソル王国の王都は内側にもう二枚壁があり、上から見ると三重丸のように区分けされている。
無論、討伐軍は事前にこの厳重な構造を把握している。
故に、慎重かつ迅速な攻めを成すべく、一番外側――ヒデンソル王国で言うところの第三層の制圧を急いだ。
王都中央部――第一層。そこのさらに中央に、荘厳にして優雅な王城が半壊していた。
数日前までなら塔や居館などが残り西洋風の城らしい形であったが、逢坂の襲来に関連して倒壊しており、今はほとんど土台しか残っていない。
今、槙島は修復中故に半分吹きさらしになっている仮の玉座の間に腰を据えて、第一層の様子を上から眺める。
城門の前にグングニルを飛ばし、虚空にそれを突き立て、暗黒のゲートを作り出す。
「【兵霊詔令】……!」
槙島は暗黒兵一万体を追加で召喚し、すぐに第三層へと出撃させた。
間もなく一万もの暗黒兵の援軍は討伐軍に激突した。
だが討伐軍は勢いのままにそれを乗り越えていき、第三層の制圧を着々と進めていく。
これを第一層より見下ろす槙島は業を煮やしつつも、
「やはり、雑兵程度ではこの様か……」
と、言った。
彼の背後に、最終決戦の模様を見に来た老人六人――この大陸の創造者【神々】の六人がやって来る。
そのうちの一人の男はクスクスと笑いつつ言う。
「想定を多少上回る勢いで攻め立てられていますが、随分と余裕そうですな、槙島様」
「俺としてはこれでも想定内だ。たかが一陣制圧された程度でくたばられては、俺の大義ある復讐が安くなる」
「左様ですか。では、再度確認致しますが、まだ貴方は本気を出していないと?」
「至極当然だ」
槙島は城門付近に飛ばしていたグングニルを、再び虚空へと突き立てる。そして今度は黄金のゲートを作り出す。
「貴様らのような刹那しか輝かない栄光にすがるゴミ屑に身の程を教えてくれる、この人類史において燦然と輝く一等星たる英雄の力を以てして……【英霊顕現】……!」
*
突入から一時間後、ミクセス・ファムニカ連合の邪神討伐軍は、王都の第三層を九割ほど制圧した。
故に討伐軍は、第三層の完全制圧を進めつつ、より王都の内側である第二層への攻撃への準備も始めていた。
第二層を守る防壁は、最外側のものよりも厚く高くなっているという違いはあるが、門が八つあるという点については変わりない。
八つの門の内、北東側の門は、第三層へ援軍を放つ用に開きっぱなしになっている。
「まずあの散々使われている門を潰してみようか……」
と、前線の指揮権を預かっている海野は目論み、近くの手勢をかき集める。
その時、偶然にも第二層の閉まっている門七つが同時に崩れた。
海野の招集に応じて、真東門付近に来た有原と飯尾は、その倒壊する様を間近で目撃した。
「ん、急にどうしたんだ……!」
「あっちから仕掛けてくるってかぁ?」
「……そうみたいだね」
直後、崩れた門から数千の暗黒兵が現れる。
その中心で、シダの葉のような前立てをつけた兜に、三つ葉葵の家紋を金糸で刺繍した甲冑姿の武士が悠然と二人へ歩み寄って来る。
「ついにお出ましか、槙島お得意の偉人召喚……!」
「徳川家康の【英霊】か……手ごわいに決まってるだろうな」
有原は目の前の【英霊】徳川家康に注意を向けつつ、辺りを見渡す。
ここだけでなく、海野の近くにある北東門含めて全ての門が倒壊したことを確認した。
確認したのはそれだけではない。
北東門の方には遠くからでも存在が把握できるほど、異様な援軍がいるのがわかった。
「兵士の皆さんは一旦下がって! ったく、どこの世界線の大統領だコイツ!」
海野の前には、星条旗カラーの全長五メートルのロボットがあった。
その頭部にある防弾ガラスで覆われたコックピットには、背広姿の長身の男――リンカン大統領の【英霊】がおり、そのロボットを操縦していた。
その様を見た上で、有原は飯尾の方へ向く。
「南東の門もどうにかしろってことだろ?」
と、飯尾は有原の言いたいことを先読みして言った。
流石は長い付き合いの親友だ。と、言わんばかりに有原は微笑んで、
「恐らく【英霊】は八つの門それぞれから一人ずつ放たれているはず。あっちの方には確か今、僕たち神寵覚醒者がいないから、早くしないとあそこで英霊が暴れて総崩れになってしまうはず」
「だな。じゃあ南東の方は俺に任せろ。目には目を、剣士には剣士ってことで、お前はこっちを頼むぜ!」
「わかった、気をつけてよ護!」
「おう!」
そして飯尾は南東に現れた【英霊】を止めるべく、全速力でそちらへと駆けていった。
有原はそれを数秒ほど見送った後、剣を構え直す。
刹那、家康が大上段から振り下ろしたソハヤノツルギを己の剣で受け止める。
相手の刀からの圧力が強まる中、有原は剣を握る両手に空気の塊を収縮させる。
「【市杵ノ崩槌】ッ!」
有原は一瞬、自分の両手から突風を炸裂させ、家康を押し飛ばす。
直後、主君の仇討ちを狙うように、家康と共に現れた暗黒兵ら十数体が続々と有原に突進する。
有原はそれらに難なく反撃を食らわせ消滅させていく。
その最中、家康はどこからともなく取り出した火縄銃を構え、百発の弾丸を矢継早に放つ。
「【田霧ノ威盾】ッ!」
有原は右足で強く地面を踏みしめ、周囲に竜巻を展開。
竜巻は有原の付近にまだ残存していた暗黒兵は吹き飛ばし、家康の放った弾丸を全て飲み込み、周囲に散らして暗黒兵を射殺した。
飛び散る弾丸によって、味方の暗黒兵が次々と倒れていく中、家康はそれを目もくれず、自分に降りかかる弾丸を全て斬り落としながら、駆ける。
そして有原へ連続して斬撃を繰り出していく。
幾度となく迫る家康の刀。それを次々と的確に弾きながら、有原は叫ぶ。
「僕たちは本気の本気で何もかもを救うためにここにいるんだ……今更こんなところでは止まれないんだ!」
「ごもっともだ、祐!」
と、海野が有原に返した後、【英霊】リンカンの搭乗するロボットの背中から、X型にアームが伸びる。その先端に備わったガトリング砲が海野一点へ照準を定めた。
「【ウェーブ・ライド】!」
海野は足元に作り出した波に乗り、一斉掃射される弾丸の雨から逃れる。
その先でリンカンが回り込んでくる。両アームに搭載された、高周波ブレードアックスを海野めがけ横薙ぎに振るう。
海野は波の勢いを利用して前方向に跳躍。斧の刃へ背を向けて飛び越した。
最中、海野は真っ逆さまに見える有原へ言い放つ。
「こんな偉人への敬意の欠片もない傀儡の戦士なんざ、さっさとやってしまおうか」
「……ああ、隆景!」
家康の連続斬りを防ぐ最中、有原はその内の一太刀を見切り、
「【湍津ノ疾槍】ッ!」
足裏から風を噴射し、紙一重でソハヤノツルギの切先を避けて後方へ飛ぶ。
刹那、有原は前へ一歩踏み込み、全身へ魔力を行き渡らせ、そして再び足裏から風を噴射すると同時に竜巻を纏い、家康へ凄まじい勢いで突進する。
家康は臆すること無く、有原を強く睨み、剣を中段に構える。
その時、家康の背後より、それの闘志が形になったような四本の魔力の槍が浮かび上がる。
有原は纏っていた竜巻を己が得物に集中させ、
「【天羽々斬虚剣】ッ!」
瓢風の如き猛烈な勢いで一気に家康めがけ振るう。
その間に四本の槍が、あたかも主君への忠を尽くす猛将がいるかのように、家康の手前に集い交差し、有原の剣を受け止める。
「もう……僕は負けないッ!」
だがそれは一瞬にして切断され、家康は有原の一刀と信念を目前とした。
しかしここまで来てもなお、【英霊】という偉人を模した物言わぬ兵ながらも、家康からの目から闘志は消えていなかった。
むしろ、ここまで散っていった己が味方のためにと昂ぶっているようにも見えた。
家康は、何事も臆することなく、有原の風帯びる剣へソハヤノツルギをかざした。
だが、誰かを助けるという使命のため、ありとあらゆる努力を積み上げて来た有原には到底敵わない。
有原はせめてもの情として、家康へ刹那に一刀を叩き込み、奴を消滅させた。
同じ頃、北東門ではリンカンは搭乗機を操縦し、ガトリング砲四門で弾幕を展開する。
直後、リンカンは搭乗機の脚部のブースターの出力を全開にし、弾幕を壁にして海野へ突撃する。
海野は神寵【クトゥルフ】由来のスキルを発動しようとする。が、実際そうはしなかった。
「……いいや、コイツ程度には色々もったいないか」
海野は右掌を弾幕の向こうにいるリンカンへとかざし、
「お前はこれでも十分だ……【アクア・スフィア】」
たった一つの水の球を放った。
その水の球は弾幕を羽虫のように素早く潜り抜け、ロボットの中心部に位置する胸部へと命中する。
それに構わず、リンカンのロボットは斧を振り上げた。
……のだが、搭乗機が腕を四十五度ほど上げたところで、それは止まる。
海野の魔法による水の球は、ロボットの分厚い装甲にぶち当たってもなお消えておらず、みるみるうちにめり込んでいった。
「悪いな大統領さん、俺の魔法は基礎から鍛え直してあんだよ。ガチガチに硬いロボットはもうこりごりなんでね」
そして、リンカンのロボットの背部から水の球が飛び出た。
直後、リンカンのロボットがあちこちから煙を噴出し、やがてそれは爆炎を上げてスクラップと化した。
勿論、その爆心地の中心になってしまったリンカン本人は、瞬く間に塵と化して消滅した。
ヒデンソル王都での決戦開始から一時間半後、槙島が放った【英霊】の内二体は、こうして撃破された。
【完】
話末解説
■英霊
【徳川 家康】
名刀ソハヤノツルギによる剣術、火縄銃からの連続射撃、それから魔力による四本槍の精製などで戦う、威風溢れる英霊。
元ネタは戦国時代の武将。
人質、今川家からの独立、織田信長との同盟、豊臣政権への臣従、そして征夷大将軍就任……などの数奇な人生を経て、264年に渡って日本に太平の世をもたすことになる江戸幕府を創立した紛うことなき英雄。
剣術や鉄砲術などの武芸に精通していた他、薬作りや鷹狩などの趣味も幅広かったと言われている。
【エイブラハム・リンカン】
機械仕掛けで動く破壊力のある斧や四門のガトリング砲を搭載した全長五メートルのロボットに搭乗して戦う英霊。
元ネタは第16代アメリカ大統領。
一般的な名前の表記はリンカーンだが、ここでは近年の学術的状況に対応して『リンカン』表記で統一させていただく。
奴隷解放宣言や、アメリカ分断の危機となった南北戦争を終息に導くなど、偉大な業績を残している紛うことなき英雄。
身長約193cmと高身長。斧の使い方が上手であった。一時期レスラーとしても活躍していた……などの武闘派な一面が微かに見える逸話がちらほらと残っている。




