第109話 最後にして最弱の神寵覚醒者
ミクセス王国・ウェスミクス村にて。
鳥飼が操る【邪悪のテラフドラ・テュポーン】が土地や田畑や民家を巻き添えにしつつ、一年二組の四人――飯尾、三好、石野谷、松永――へ襲いかかっていた。
一方その頃、村から離れた小高い丘に避難した村人――特に一人の村娘、ネーナは、ここに混じっている村の居候、畠中新を見つめていた。
一年二組という括りは知らないが、彼が四人の仲間であるとは知っている。だから彼にも何らかの力があるのでは。と、期待してのことだ。
しかし畠中は頭を抱えてうずくまったまま、肉声を上げて弱音を吐き続けた。
「……僕は何もできないんですよ! 駆けつけたって逆に迷惑をかけるだけですよ……!」
そんな彼に寄り添って、ネーナは優しく告げる。
「畠中……そんな卑屈にならないで……」
この瞬間、畠中は首を回し、泣き過ぎて赤くなった目を向けて怒鳴る。
「なりますよ! お前が一番わかってるでしょうが! 僕が何もできないってこと!」
直後、畠中は再び地面を向いて、
「……ごめんなさい……言い過ぎました……」
と、途端にクールダウンして謝った。
それから畠中は地面に向かって弱々しくも、やたらと流暢に語る。
「……僕には何もできないんだよ。見た目も良くないし、勉強もできないし、スポーツだって下手くそだし。
ここに来てからもずっとそんな感じだ、初めての戦いの時はずっと後ろでちびちび回復してるだけで、邪神獣が来たら誰よりも早く逃げ出した。それで皆に散々馬鹿にされた。けどあの時は本当に馬鹿扱いされても仕方ないんだよ。
トリゲート城塞の戦いもひどかった。内梨さんみたいにすごいサポートができなかった。【祈祷師】の癖に毒に侵された篠宮さんを助けられなかった。別ルートから城塞を脱出しなければいけない手間を、有原さんにかけさせた。
終いには塔の下敷きになりかけて有原さんを悲しませた。こんなことになるんだったら王城の部屋に駄々こねて閉じこもった方がまだマシだった。
あの後、僕は奇跡的に生きてたけど、僕は、皆に謝る勇気が出なくて、トリゲート城塞から逃げ続けた先にあったウェスミクス村でぬくぬくと隠れて住んでた。
僕と一緒で、実は生存してた槙島は、あの後覚醒したらしく、久門とかに復讐したりしてたけど、僕には人を殺める度胸も覚悟も決意もできなかった。
有原さん、飯尾さん、内梨さん、海野さん……その他みんなは色々な敵と戦って、邪神を倒すために成長していたっていうのに、僕は修行とか努力とかしようとも思わなかった。
だから、だから、だから僕は誰よりも臆病で、弱虫で、何の才能もない、ゴミなんだよ……」
そして畠中は地面に向かって激しく嗚咽した。
先程の畠中の独白を聞き終えて、ネーナは、
「……なんかよく知らない人名とか単語とか出てきてるのと、いつもに増して早口でよく聞き取れなかったけど、とりあえず、アンタが相当情けないことしながらアタシたちのところにやってきたってのはよくわかった」
「……だったら、もう僕に期待するのはやめてください……」
「いいや、断る」
と、ネーナは即答してから、うずくまる畠中の胴に足を引っ掛けて蹴り上げ、彼を無理くり裏返す。
そして涙まみれの彼の顔を睨みつけて、ネーナは言う。
「確かにアンタは比較的ダメダメな人間だとは思うよ、けれどもね! 救いようが無いほど、消えたほうがマシだってほどではないとアタシは思ったよ!
だってアンタは……まー、目的は浅ましいと思うけど……嫌嫌言いながらもかれこれ一ヶ月半、アタシの手伝いをしてくれてたじゃないの! 本当にクズだったら多分一週間も持たずになんか持ち逃げしてたと思うよ、アタシは!」
「……そ、それは、ここに盗めそうなものが見当たらなかったからってのと、そんな小さいことでしょっぴかれるのが嫌だったからで……手伝いしてたのは、何もしていないと怒られるからで……」
「けれども曲がりなりに仕事してたんだろ! じゃあ、アンタはひとまず最低限のことはしてたじゃないか! なら最低点数を付けられるくらいは立派じゃないか!」
「けど……!」
畠中は得意の後ろ向きな言い訳を展開しようとする。
しかしその前に、
「俺は見てたぞ! お前が何度もネーナに怒られた後、仕事を投げ出さずに畑耕していること!」
「野菜運ぶときも、たったカゴ一つしか持ててなかったけど、それなりに急いで貢献しようとしてたじゃないか!」
「店番の時はいつだって村の誰よりも無駄に声張ってたじゃないの! あんなやる気出せるの貴方くらいよ!」
ネーナと同じく自分を見つめる村人たちが、畠中を純粋な気持ちで応援し始めた。
「……ほら、アタシだけじゃなくてみんなも、最低限できる奴だと思っているよ! だからさ、そんな卑屈にならないで……」
しかし畠中は目に涙を滲ませたまま、村人たちへ叫ぶ。
「違いますよ……! ただ貴方たちが僕に望みをかけてるから言えることでしょうが……! こんな安い褒め言葉、所詮ただの身内びいきでしょうが……!」
だがネーナは叫び返す。
「だったら、あそこで戦ってる四人の態度はどうなの!?」
「……え?」
「遠目で見た感じ、ガッツリ喜んでる感じはしなかったけど、ちゃんと嬉しがったじゃないか! それでもって『仲間』って言ってくれたじゃないか! アンタがさっき呪文みたいに言ってた迷惑が本当だと仮定しても、アンタのことを大事に思ってくれてたみたいじゃないか! お前はこれも身内びいきって言うのかい!?」
「それは……それは……きっと……でも……だって……!」
畠中が返事に迷う間、ネーナは村の方を一瞥する。
今はテラフドラ・Tが空を舞い、極彩色の光線を振り撒き、村の地形すらも原型をとどめないほど破壊しているところだった。
そしてネーナは、彼へ怒鳴る。
「これ以上御託並べたら、多分アンタなら逆にもっと殻にこもっちゃうと思うから、もうはっきりと言うよ……怖いのも痛いのもわかるけど、さっさと四人のとこに行って、せめて応援くらいしてあげなさいよ! さもないと、アンタが微かに持ってるいい部分も消えちゃうからね!」
「そうだ畠中! 早く行っていいとこ見せてくれ!」
「俺たちはお前を完璧に嫌いになりたくないんだから!」
「お願い! まだ諦めないで!」
ウェスミクス村の皆からの声援が、畠中のネガティブな心に重くのしかかった。
畠中は、この期に及んでも『逃げたい』、『戦いたくない』、『帰って動画見たい』と臆病な考えを持ち続けた。
なので畠中は、涙でぼやけた夜空を見上げるのをやめて、ゆっくりと身体を起こして立ち上がってから、
「嫌だよ……もうこれ以上傷つくのは嫌だよ……けど、このまま失敗しようとしないでむしろ全部失うっていうのも……もっと嫌だァァァァ!」
心の底から絶叫しながら丘を駆け下りていった。
「……全く、とことん弱気だねアイツ」
と、ネーナは呆れた。
村人たちも同じく『やれやれ』とぼやいた。
彼の逃げ足が、村の方へ向いているのを見て。
*
炎上し荒廃するウェスミクス村にて。
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
石野谷は炎で生成した矢を、
「【ヴェーダ・ジェネレート】! うりゃぁッ!」
三好は闇属性エネルギーで作り出した投げナイフ六本を、
「はァッ!」
松永は両手から稲妻を、空中にいるテラフドラ・Tへ放つ。
テラフドラ・Tが四足の爪を振るう。三人の攻撃は全て、切り裂かれて消えた。
続けて思い切り跳躍した飯尾が、テラフドラめがけて手刀を横一文字に払う。
「【山卦猛断拳】!」
その寸前、テラフドラに電撃を帯びた尻尾を振り落とす。
飯尾はこれを脳天で受けて、勢いよく火の海に叩き落された。
「だから痛アっついんだよテメェェッ!」
飯尾は火の中から脱した後、余分に走り回って体のあちこちについた火を消化してから、予め張られた【慈愛の世戒】の範囲内に戻る。
その半径六メートルの中には既に、発動者の松永含む三人が避難していた。
飯尾を一瞥し、彼の無事と頑丈さにニヤリとしてから、石野谷は言う。
「あんだけえげつない攻撃を使えて、俺たちの攻撃はまるっきり通じない……ズルいにもほどがあるだろアイツ……!」
鳥飼は彼をテラフドラの背の上から見下して言う。
「自分より優れた人間に『ズルい』だの『運が良いだけ』だの言うのは、自分が根本的に至らない人間だと認めるのと同じですわよ?」
「うるせぇ! 現時点でも村一つをこんなにしてるような奴よりマシだっつーの!」
「ふん! こんな魔物も食わぬ辺鄙な村、更地にしたってバチは当たりませんわ!」
「ヘンピなのはそうかもしれないけど……けど!」
「けど何でございますか!?」
鳥飼が尋ねたのと同時に、テラフドラは軽く火炎を吹く。
四人は【慈愛の世戒】の範囲から跳んで四散し、火炎を避ける。
直後、四人が見たのは既にこれでもかと焦がされた残土が激しく青く燃え上がる様だった。
幾度と見せられても脅威でしかない息吹の威力を見て、四人は顔をしかめる。
ここまでの激戦はなんだったのか。栄光の遺跡での特訓の成果はいつ発揮できるのか。と。
そんな彼らの苦悩を、鳥飼はテラフドラの上から嘲笑う。
「……さて、夜も遅いですし、そろそろここでお開きと致しましょう!」
そしてテラフドラ・Tは翼に生えたクリスタルを輝かせ、百本の光線を地上へ降らせる。
四人は村を駆け回り、光線と光線の間をすり抜けて避ける。
この技は何度も使われている。故にある程度対策方法は確立しつつあった。
「これも良い攻撃なのですがね……ただ、こうして避けられるのであれば、もう一手加えて差し上げますわ」
四人が光線降り注ぐ村を必死に駆け回る中、テラフドラ・Tは息を大きく吸い上げ、今日放った中で最も強く、地獄の生き写しのような威力で火炎の息吹を地上に放つ。
「同時に大技だと! こんなことまで……!」
「こんなことができてこそ最強の邪神獣ですわよ、松永……さぁ、光線か火炎か、お好きな方で焼き焦がされなさい!」
「「「「どっちもお断りだ!!!!」」」」
飯尾以外の三人は光線を避けながら、
「【ロクシアース・ノヴァ】ッ!」
「【ルドラ・ブラスト】!」
豪炎、闇属性エネルギー、電撃を、息吹へと放つ。
相手の技の威力がこれまでと比較して桁外れであること。三人が光線の回避と並行してスキルを使っているため、そちらに集中できていないこと。
この二つの理由により、テラフドラの息吹は三人のスキルを押して、ジリジリと地上へと近づく。二つのエネルギーの激突点からは、同心円状に邪悪なオーラが弾けている。
地上側に到達するのは時間の問題――四人の中で唯一飛び道具がない飯尾は、左膝を前に出して力を込めつつ、右腕をブンブン回しつつ言った。
「しゃあない! だったらまた俺があれを叩いてブチ消すだけだ!」
そして飯尾が腰を落として跳び上がるための力を溜めはじめた瞬間、石野谷は必死に叫ぶ。
「やめろ飯尾! さっきはある程度威力を殺せたからいいが、今は全くそれがなってない! だから次同じことをやったら今度こそお前は丸焦げだぞ!」
「じゃあもうどうすればいいんだよ石野谷……!」
「……どうすりゃいいんだよ俺たちは……!」
「……こっちが聞いてるんだぞ石野谷……!」
迫り来る息吹を見て、四人は、良くない覚悟をし始めつつあった。
しかしその時、
「み、皆がいつもやっている通り、諦めなければいいと思いますよ!」
と、光線が降り注ぐ範囲からギリギリ外れた場所から、畠中は叫んだ。
松永は驚きつつ問う。
「は、畠中!? お前村の人たちと逃げたんじゃないのか!?」
「ええ、逃げました。そしてまた戻ってきました! 皆をサポートするために!」
と、答えてから、畠中は飛び道具を放つ三人へ満遍なく、
「【アタック・ギフト】! 【マジック・ギフト】!」
三人へ物理もしくは魔法攻撃力増強のバフを与える。
飯尾は光線を避けつつ、畠中の頑張りを見て、
「なるほど、そういやお前【祈祷師】だったな! シンプルにバフをかければいいのか!」
「いいや……畠中には悪いけど、まだまだキッツイかも……!」
三好、石野谷、松永の三人にバフを与えてもなお、息吹の勢いはほんの少ししか衰えていなかった。
テラフドラ・Tの上という安全地帯にいる鳥飼はその理由を冷静に考察していた。
「ハハハ、畠中さん……あなたみたいな下層の人間のバフなんて、いくらかけたところでたかが知れるのですよ!」
トリゲート城塞で一年二組と離れて以来、畠中は農作業という肉体労働をすることはあっても、戦闘を行うことは決してなかった。
故に今の畠中のレベルは、トリゲート城塞からほとんど変わっていない。スキルだって下級のものしか持ち合わせていない。
彼のバフは数々の死線を乗り越えた四人を、効果が実感できるほど強くするには、あまりにも『足りない』のだ。
実際、彼は可能な限り三人の攻撃力を上げた後も、戦局は変わらなかった。
「さぁ畠中さん! さっさと仲間を見捨てなさい! その方が巻き添えで死ぬよりもよっぽど見栄えがよろしいかと思いますわよ!」
鳥飼の言葉に、畠中は自信を持って、声を張り上げて返す。
「確かに、何もできずに死ぬのは惨めだと思いますよ……けど、僕はもうみんなを見捨てて、ほんの一ミリくらいしかない期待も無駄にして、もっと惨めな思いはしたくないんだぁーッ!」
刹那、畠中の手入れのなってない黒髪が、乱れまくった形はそのままに、月光のような白銀に染まる。
「もっともっとだ! 【夜食国の願】!」
畠中は自分の周りに三つの白銀の光球を作り出し、三人が放っている攻撃に当てる。
すると豪炎は、闇属性エネルギーは、稲妻は、少しだけ勢いが増す。
スキル【夜食国の願】。
本来なら人や魔物にしか与えられないバフを、攻撃スキルなどのある程度の形があるものに付与できる。
これでさっき三人の技にしたように、畠中は出した後のスキルの威力を強化した。
――これが畠中が覚醒した神寵【ツクヨミ】の力である。
だがしかし……
「畠中ァ! なかなかいいタイミングで覚醒してくれたのはいいんだが! かっこよさの割には効果がイマイチだぞ!」
石野谷が言う通り、彼の新たな力を加えても、未だに息吹は地上に迫り続けた。
さっきの通り、畠中は四人と比べて明らかにレベルが低い。
なので技のバフも上げたとしても、まだまだ息吹は止めるには足りなかった。
「え、そ、そんな……!」
そして鳥飼は未だに思い通りに死んでくれない地上の愚民どもを見下して、高らかに嘲笑う。
「ハハハ! こんなところに及んでも能無し根暗雑魚は能無し根暗雑魚ですわね! ハハハ! これは勉強になりますわね!」
「【風卦撃砕拳】ッ!」
地面を強く蹴って跳んだ飯尾は、眼前の息吹を真正面に見据えて、そこへ拳を放った。
それから数秒後、テラフドラ・Tの息吹は音属性で激しく震え、そして空中で四散して消えた。
【完】




