外伝短編|正しい社員
朝のオフィスは、まだ白かった。
窓の外の光より先に、蛍光灯の色が天井から落ちている。
机の列。
低いパーティション。
まだ誰も座っていない椅子。
コピー機の待機音だけが、部屋の奥で小さく続いていた。
私はいつもより少し早く来ていた。
革靴はまだ硬い。
歩くたびに、かかとの内側が少しだけ擦れる。
新しい手帳を机に置く。
ネクタイを指でまっすぐに直す。
コンビニで買ってきた熱いコーヒーを、紙カップのままパソコンの横へ置く。
今日はやるぞ、と思っていた。
昨日うまくいかなかった分、今日は取り返したい。
先輩より先に資料を揃えて、上司に一度でも「助かった」と言わせたい。
まだ何者でもない自分を、ここで少しずつ大きくしたかった。
会社のため、ではなかった。
自分の未来のためだと思っていた。
役に立てるようになりたい。
仕事ができる側に入りたい。
怒られない新人ではなく、使える若手として見られたい。
そういう熱が、朝の白い光の中でまだちゃんと動いていた。
パソコンを立ち上げる。
低い起動音。
メールソフトが開く。
予定表を確認する。
今日の訪問先。
社内会議。
提出資料。
空いているはずの時間帯にも、あとから何かが入るのだろうと思う。
それでも、この頃の私は、埋まっていく予定をどこか前向きに見ていた。
忙しいのは期待されているからかもしれない。
任されるのは、見込みがあるからかもしれない。
そう思いたかった。
始業時間が近づくにつれて、社員が少しずつ増えていく。
椅子を引く音。
パソコンを開く音。
誰かが咳払いをする音。
コピー用紙の束が机に置かれる乾いた音。
その全部が、会社を起こしていくみたいだった。
朝礼で、部長が前に立つ。
「今日も当事者意識を持って動いてください」
よく通る声だった。
「受け身では成長できません。プロ意識を持って、自分から仕事を取りに行くこと」
みんな黙って聞いている。
私も聞いている。
その言葉の全部が嫌だったわけではない。
当事者意識。
プロ意識。
成長。
どれも、まったくの嘘だとは思えない。
だから余計に、強く入ってくるのだと思う。
「甘えを捨てましょう。会社は家族です。支え合って、乗り切るんです」
そこだけ、少しだけ喉の奥に引っかかった。
家族、という言葉だけが、きれいすぎる気がした。
でも、私はまだその違和感に名前をつけられない。
朝礼が終わる。
椅子の脚が一斉に床を擦る。
午前中は、電話が多かった。
受話器を取る。
頭を下げる。
名前を名乗る。
担当者へつなぐ。
切る。
その繰り返しの中に、上司が誰かを詰める声が混ざる。
「なんで確認してないんだよ」
低くて、乾いた声だった。
「言われる前に動けって話してるよな?」
フロアの空気が少しだけ薄くなる。
詰められている先輩は、何か言い返すわけでもなく、
「すみません」
とだけ言った。
その声も、少し乾いていた。
私は画面を見たまま、肩に力が入るのを感じた。
こういうのが普通なのかどうか、まだ分からない。
でも、気持ちのいいものじゃないことだけは、はっきり分かる。
昼を過ぎても、仕事は減らなかった。
書類の束。
社内メール。
差し戻し。
追加の修正。
外回りから戻った先輩が、冷えた顔のまま席につく。
その先輩は夕方になってもまだ電話をしていた。
咳をしていた。
喉の奥に何か引っかかったみたいな咳だった。
「大丈夫ですか」
思わず聞くと、先輩はパソコンから目を離さずに言った。
「風邪じゃないから平気」
たぶん、平気ではなかった。
でも、その言い方自体がもう、この会社の中ではひとつの正しさみたいになっていた。
夕方、予定表には書かれていなかった作業が増えた。
「これ、今日中に頼む」
上司が私の机にファイルを置く。
紙の角が机に当たって、小さく鈍い音がした。
「今日中ですか」
と聞き返した声が、自分でも少し幼く聞こえた。
上司は首だけで頷く。
「今日中。必要な仕事だから」
必要。
その言葉を出されると、若い私はまだうまく反論できない。
必要なら、やるしかない。
必要なことから逃げるのは、未熟なことのように思える。
でも、必要と急ぎは同じじゃないだろ、と心の中では思っている。
夜になる。
フロアの窓が鏡みたいになって、室内の蛍光灯だけが鈍く映っていた。
空調の風は乾いている。
冷えた弁当のプラスチック容器が、机の端でかすかに鳴る。
コンビニのおにぎりの海苔は、もう少し湿っている。
私はパソコンの前に座ったまま、それを食べた。
20代の体はまだ動いた。
寝不足でも、胃が重くても、手は止まらない。
目の奥が少し痛いくらいで、作業は続けられる。
だから余計に、会社はその若さを前提にしてくる。
終電を逃した先輩が、タクシーで帰ったという話を聞く。
休日なのに鳴った電話に出た課長の話も聞く。
予定表にない残業は、もう誰も予定として扱っていない。
それが少しずつ普通の顔をして、毎日の中へ入ってくる。
私はそれに慣れたくなかった。
でも、慣れなければ回らない気もしていた。
その中途半端さが、一番疲れる。
帰りの電車で、吊り革を握る手に力が入る。
誰かの肩が少し当たるだけで、舌打ちしたくなる。
広告の笑顔がうるさく見える。
車内アナウンスの丁寧な声にまで、少し腹が立つ。
家に帰る。
スーツを脱ぐ。
ネクタイを外す。
シャツのボタンをひとつずつ外す。
その途中で、ため息が出る。
休日は寝るだけで終わることが増えた。
友人との約束も、面倒になって断ることがある。
起きても頭が重くて、気づけば夕方になっている。
若いのに、どこかずっと摩耗している感じがあった。
それでも、まだ怒れた。
上司がいつも言う「みんな頑張ってるから」に、素直に頷けない。
みんな頑張ってるのは分かる。
でも、それで正当化されることばかりじゃないだろと思う。
心の中で「いや、違うだろ」と返せる。
まだ、その声が残っている。
それがあるから余計にしんどいのかもしれなかった。
朝礼でまた同じ言葉が繰り返される。
成長。
当事者意識。
プロ意識。
甘えを捨てろ。
会社は家族。
私はそのどれにも少しずつ苛立ちながら、少しずつ飲み込んでもいた。
全部が間違っているとは言えない。
頑張ること自体は、たぶん悪くない。
責任感だって必要だ。
受け身のままではだめだ、というのも分かる。
だから、この言葉は効く。
少しだけ正しいから、強い。
怒りながらも従う。
従いながらも嫌になる。
この会社の中にいる限り、その往復がずっと続くのだと思う。
深夜、帰宅して洗面所の鏡を見る。
ネクタイはもう緩めていた。
髪は少し潰れていて、目の下に薄い影がある。
目が死んでいる、とまではまだ言えない。
でも、削れているのは分かる。
朝、コーヒーを飲みながら思っていた「今日はやるぞ」の熱とは別のものが、今の自分の中には残っている。
疲労。
重さ。
乾いた苛立ち。
それでも、胸の奥にいちばん強くあるのは、怒りだった。
こんなの、おかしいだろ。
声には出さない。
出したところで何も変わらない気もする。
でも、その一言が心の中に浮かぶうちは、まだ自分が自分である気がした。
私はそのままベッドに倒れ込む。
スプリングが少し軋む。
カーテンの隙間から、外の街灯の白い光が細く差している。
明日も会社へ行くのだと、もう分かっている。
たぶん起きて、ネクタイを締めて、また同じ白い蛍光灯の下に座る。
それでも、今はまだ思える。
嫌だ。
その“嫌だ”だけが、眠る前の胸の奥で、かろうじて熱を持っていた。
⸻
朝のオフィスは、静かに整っていた。
ガラス張りの会議室。
薄いグレーの床。
曇りのないデスク。
壁際に並ぶ観葉植物の葉まで、きちんと管理されているように見える。
白い光は昔よりやわらかいはずなのに、輪郭はむしろはっきりしていた。
私はいつもより少し早く来ていた。
もう若い頃みたいに、早く来ることで誰かに勝ちたいとは思っていない。
ただ、始業前のこの静かな時間の方が、仕事を整えやすい。
パソコンを立ち上げる。
低い起動音。
社内チャットの通知が、控えめに1つ鳴る。
勤怠システムを開く。
部下の出勤予定を確認する。
今日の会議資料をもう一度見直す。
どの動作にも無駄がない。
昔みたいに、コーヒーを飲みながら「今日はやるぞ」と自分を持ち上げる必要もなくなった。
もう自分は、この会社に必要だと思っている。
それは驕りではなく、確認に近かった。
私がいることで回るものがある。
私が確認することで、止まらずに進むものがある。
そういう場所まで来たのだと、自然に思っている。
チャットにメッセージが入る。
『本日、体調が優れないため午前休をいただきます』
若手からだった。
短く、整った文。
引き継ぎ事項も箇条書きで入っている。
私はすぐに返す。
『承知しました。無理しないでください。午後の状況だけ分かったらまた共有をお願いします』
送信してから、少しだけ文面を見直す。
これでよかったと思う。
甘やかしではない。
でも、突き放してもいない。
無理しないで。
でも責任感は持とう。
このくらいがちょうどいい。
今の時代は、それが正しいと思っている。
始業時間が近づくにつれて、社員が少しずつ入ってくる。
椅子を引く音。
ノートパソコンを開く音。
プリンターの小さな作動音。
誰かの「おはようございます」という穏やかな声。
昔みたいに、誰かを怒鳴る声で空気が引き締まることはない。
少なくとも、表ではもうない。
その代わり、みんな自分で整えて動く。
自分で考える。
自分で気づく。
自分で補う。
それが成熟だと思っていた。
朝のミーティングで、私は部下たちの前に立つ。
「無理はしなくていいです」
最初にそう言う。
「でも、チームでやっている以上、責任感は持とう」
誰も顔をしかめない。
当たり前のこととして聞いている。
「自分で考えて動けるようになると、仕事は楽しくなるから」
それも本気で言っていた。
昔の自分なら、この言葉をどこかで疑ったかもしれない。
でも今は、自分の口から出るそれに迷いがない。
「個人の都合も大事です。でも、チームの成果は最優先で考えてください」
言葉だけ拾えば、少しきついのかもしれない。
けれど、今の私はそれをきついとは思わない。
組織で働く以上、それは自然な順番だ。
個人の希望や感情は、いつだって少しだけ後ろに回る。
それを理解できることが、大人になることだと思っている。
昔の私は、それを理不尽だと感じていた。
今は、必要なことだと思っている。
会議のあと、別の部署との打ち合わせがある。
ガラス張りの会議室の中では、資料がモニターにきれいに映されていた。
売上推移。
改善施策。
稼働率。
離職率。
エンゲージメントスコア。
言葉はどれも整っている。
効率。
最適化。
健康経営。
成長支援。
組織貢献。
昔のように、露骨な精神論は減った。
減ったぶん、言葉はもっと正しく、もっと受け入れやすくなっている。
私はその会議の中で、自分の意見を話す。
「今は個人の負荷だけを見るんじゃなくて、本人が前向きに働けているかも大事だと思います」
頷く人がいる。
「会社があるからこそ、個人の成長機会が生まれるので」
これも、本気だった。
嘘ではない。
若い頃の自分なら聞き流したかもしれない言葉を、今の私は自分の言葉として使っている。
「働けること自体に感謝しないといけないと思うんですよね」
そこまで言った時も、私は自分を疑わなかった。
働けること。
任されること。
誰かの役に立てること。
それを嬉しいと思う。
若い頃みたいに、「認められたい」より先に、「回したい」が来る。
自分がどうしたいか、という問いは、もうあまり前に出てこない。
昼を過ぎても、私は疲れを疲れとして受け取らない。
肩が重いことはある。
目が乾くこともある。
帰りたいと思う日も、たぶんある。
でも、それを中心には置かない。
やるべきことがある。
頼られている。
任されている。
そう考えると、身体の違和感はその後ろへ下がる。
昔の私なら、こういう自分を少し怖いと思ったかもしれない。
今は、むしろ誇らしい。
家に帰るのは遅くなることが多い。
それでも、以前みたいに「またか」とは思わない。
スマートフォンに仕事の通知が来る。
家の玄関で靴を脱いだあとも、反射みたいに画面を見る。
妻が何か話しかけてくる。
私は頷く。
返事もする。
でも、自分でも分かるくらい、その反応は平らだ。
「今日、帰り遅いと思ってた」
そう言われても、私は自然にこう返す。
「ちょっと詰まってて。でも大丈夫」
大丈夫、は本心だった。
昔なら、同じ状況で苛立っていたはずだ。
休日に仕事の連絡が来れば、舌打ちしたくなったはずだ。
食事の途中でスマートフォンが震えれば、うんざりしたはずだ。
今は、それを苦しいとは思わない。
むしろ、必要とされている感じが少し嬉しい。
頼られている。
自分がいる意味がある。
そう思う。
そのことを、おかしいとは感じない。
休日も、完全には仕事から離れない。
朝、少し遅く起きて、食卓に着く。
家の中は静かで、窓の外の光はやわらかい。
それでも私は、コーヒーを飲む前にスマートフォンを開いてしまう。
部下からの相談。
取引先からの確認。
来週の資料の修正。
それに目を通している時、自分が休みを削られているとは思わない。
先に確認しておけば月曜が楽になる。
私が見ておけば、誰かが助かる。
それでいい。
ふとした瞬間に、昔の夜を思い出すことがある。
終電前の駅。
吊り革を握る手に入っていた力。
スーツを脱ぎながら漏れたため息。
鏡の前で、「こんなの、おかしいだろ」と思っていた自分。
その記憶は、今も消えてはいない。
ただ、浮かんだあとすぐに形が変わる。
あれがあったから今がある。
必要な経験だった。
若かったから、視野が狭かった。
未熟だったのだと思う。
そうやって、昔の怒りまで今の言葉で処理してしまう。
違和感は、一度だけ浮かんで、すぐ整えられる。
夕方、社内動画が流れる。
会議室のモニターではなく、各自のパソコンに配信される短いメッセージ動画だった。
『エンゲージメント向上により、個々の最適な成長を支援します』
穏やかな声だった。
『組織と個人の一体化が、次の価値を生み出します』
私はその言葉を、特に引っかかりなく聞いていた。
机に置いた手は落ち着いている。
視線もぶれない。
胸の中にも、昔みたいな生々しい反発は起きない。
それを成熟だと思っていた。
怒鳴られない。
無理を無理として押しつけられない。
言葉は整っていて、配慮もある。
だから、今の方が正しい。
正しいのは分かっている。
でも、20年前にあった疲れや怒りの生々しさは、今はもうない。
苦しいと感じない。
それが本当に救いなのかどうかは、もうあまり考えない。
部下が資料を持って、私の席まで来る。
「この件、優先度どう見ればいいですか」
私は資料に目を落とす。
数字を確認する。
日付を見る。
必要な順番を頭の中で並べる。
それから、穏やかな声で言う。
「会社のために、じゃない。自分の成長のためだよ」
部下は少しだけ安心したように頷く。
「はい」
その返事も穏やかだった。
私は小さく笑う。
自分でも、いい言い方をしたと思っている。
正しい。
優しい。
前向きだ。
でも、その言葉の中で、会社のためと自分の成長のためは、もうほとんど同じ意味になっていた。
私はそのまま微笑んでいた。
穏やかで、正しくて、整っている。
だからこそ、何かがもう戻らないところまで来ている気がした。




