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1話 やりすぎたセーフモード









送信ボタンを押したあと、最初にやったことは、深呼吸でも反省でもなかった。


送れているかの確認だった。


我ながら終わっていると思う。地球へ向けた全世界同時通信なんて、本来なら、押した瞬間に宇宙のどこかで鐘が鳴るとか、観測史に刻まれるとか、そういう荘重な反応を想像してもよかったはずだ。銀河間の縦糸の上に、自分の名前が刺繍される日であってもよかった。けれど実際の私は、送信完了の表示が出るかどうかと、各言語への適応が最後まで崩れていないかばかり見ていた。送信ログのタイムスタンプが、下から上へ、淡い文字で積み上がっていく。進捗バーが百パーセントで止まっている。停止ではない、完了だ。分かっている。分かっているのに、私は三度ほど同じ画面を更新した。


だって怖いのだ。


内容が怖いのではない。いや内容も怖いけれど、それより「送ったのに届いていなかったらどうしよう」が先に来る。メールでもそうだった。就活のエントリー、会社への退職届、役所への問い合わせ、友人への謝罪、全部そうだ。送る前より、送った直後の方が不安になる。添付忘れてないか、宛先合ってるか、敬語変じゃないか、怒らせてないか。私はそういう種類の小市民を、前世から何一つ卒業していない。卒業式もなかった。気がついたら死んでいて、次に目を覚ましたら銀髪の半身体だった。あいだに謝恩会はなかった。


だから、全世界へ向けて「九日後に行きます」と宣言した直後の私が、銀河間外交の未来や文明史上の意味ではなく、ログの整合を見ていたのは、まあ、順当といえば順当だった。


送れていた。


しかも完璧なくらい送れていた。


地球側のディスプレイ系インフラ、民生通信、放送連携、緊急系優先網の外周、戦略通信、監視衛星系、軌道上警戒の一部。こちらが意図した範囲で、意図した順番で、意図しただけ割り込めている。乱数的な崩れもない。ノイズもない。訳文も安定している。日本語、英語、中国語、スペイン語、アラビア語、ヒンディー語、ポルトガル語、ロシア語。敬語の硬さも、訛りの癖も、担当コンポーネントが気を利かせて整えてくれている。


安定していることを確認した瞬間、私は逆に冷えた。


「……やりすぎてない?」


部屋に声が落ちた。


当然ながら、誰もいない。私は独居住区を好む。共同圏には意識結合を前提にした住区も、共有記憶を半常態でやりとりする住区もあるが、私はあれが苦手だ。便利なのは分かる。でも、ずっと人の気配があるのは疲れる。前世のワンルームでさえたまに狭かったのに、精神まで壁が薄い生活は向いていない。私は人と一緒にいると、勝手に自分の背筋を直す。直しすぎて翌日筋肉痛になる。そういうタイプだ。


だから、私の住区は静かだった。


窓の向こうにある人工海は、普段なら私を落ち着かせる。波は本物より少し賢くて、うるさくなりすぎない。光もやわらかく調整されていて、遠くの浮遊都市群の輪郭が、深夜のショッピングモールみたいに曖昧に光っている。空には二つの月が、控えめに上下している。片方はほとんど飾りだ。


今日は、その全部が腹立たしかった。


こんな静かでいいのか。


地球はいま、絶対に静かじゃない。



私は送信後の監視窓を開いた。正規の観測系を使うと、共同統治層の閲覧補助と解析コメントが勝手にぶら下がってくる。たぶん親切でやってくれている。親切だが、いま欲しいのは親切ではなかった。私は地球の生っぽい反応が見たかった。無加工で、不格好で、言い過ぎて、すぐ消して、また言い直すようなやつ。


つまりエゴサである。


超光速量子観測だとか、文明間軽負荷接続だとか、共同圏の正式名称はいろいろある。だが、やっていることの気持ち悪さは完全にエゴサだった。前世の休日、午前三時、ブラインドの隙間から街灯の光が差し込む部屋で、自分の書いた感想が誰にどう読まれたかを確かめていたあの指の動きと、まったく同じだった。


検索語を入れる。


入れた瞬間、膨大な量の地球側反応が開いた。


同時に、私の胃が縮んだ。



まず、株価の色がひどかった。


私は経済に詳しくない。詳しくないが、詳しくない人間にも赤は分かる。赤が多い。多すぎる。画面のどこを見ても赤で、数字が急角度に落ちていて、その横で解説者が喋っている。口は動いているが、表情が追いついていない。ああいう顔、前世で見たことがある。会社で障害が起きた日の部長の顔だ。怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。理解が遅れて、身体だけが先に働いているときの顔。


指標名のところに、聞いたことのある英字三文字、知らない英字四文字、見たことのある旗、見たことのない旗が並んでいる。先物は既に下で、現物はサーキットブレーカーの二段目に触れていた。VIXらしき指標が、棒グラフの上限を突き抜けて画面外へ伸びている。赤の色味が、画面の赤じゃなくて、病院の非常灯みたいに見えた。


「いや違うの……」


思わず言っていた。


誰に向けてかは分からない。


「交流って言ったじゃん」


言った。たしかに言った。取引じゃない、救済じゃない、観察と交流だと、私は原稿に入れた。そこは推敲しても削らなかった。冷たくしすぎるとまずい気がしたからだ。威厳は必要だけど、最低限の非攻撃性は伝わるようにした。


したはずなのに、地球はどう見ても「世界が終わる五分前」みたいな顔をしていた。


いや、五分前ではない。九日前だ。そこがまた嫌だった。終わるかどうか分からないのに、終わるかもしれない予定だけがきっちり入っている空気。最悪だ。前世でいちばん嫌いだったタイプのストレスに近い。健康診断の再検査通知とか、契約更新面談とか、母親からの「ちょっと話したい」のLINEとか、そういうやつ。問題そのものより、日時が決まっていることの方が人間を削る。予定された不確定は、予定されていない確定よりもたぶん重い。


私は慌てて別窓を開いた。


各国首脳、主要省庁、軍、宗教中枢、主要市場、教育機関、医療網。共同圏の観測支援は優秀で、見たい粒度を選ぶと自動で類型化までしてくれる。便利すぎる。


便利すぎるものは大抵ろくでもない。



ホワイトハウス――いや、いまは大統領府と呼んでいる場所だったか、そこでは既に複数の会議が走っていた。通信障害、軍事指揮、同盟調整、民間インフラ、首脳声明、避難動線、対外広報、宗教団体の反応。テーブルの上に紙が増えていく。紙だ。そこはちょっと嬉しかった。高度な文明も結局、切羽詰まると紙へ戻る。地球人のそういうところは、見ていて妙な安心がある。


安心している場合ではない。


日本の総理府中枢庁舎でも似たようなことが起きていた。むしろ、こちらの方が少しだけ早く「文化」の話に触れていた。文化という言葉を、危機の項目に並べるところに日本らしさがある。私はそこを見て、少しだけ胸が熱くなった。文化で人を止めようとする国が、まだある。残っている。残し続けてくれている。


いや、熱くなっている場合でもない。


問題は別にあった。


武器だった。


私は、送信の前に、地球側の主要兵器系へセーフティを掛けている。


ここを順番に話す必要がある。


まず、私は地球人を信用していないわけではない。少なくとも、前世の延長で言うなら、私は地球人をかなり好きな方だと思う。雑だし、すぐ怒るし、関係ないことを関係あるみたいに喋るし、優しい時ほど雑だし、頭がいい人ほど風邪を引いたみたいな間違い方をする。でも、その全部込みで、あの星の人間はたぶん嫌いになりきれない。


ただ、初対面の相手に撃つ可能性は、普通にある。


あるどころか、私が地球人でもそうする。いや、私はしない。しないが、「そうする側が必ずいる」は断言できる。前世で散々ニュースを見たし、転生後も観測はしていた。国家レベルでも個人レベルでも、人は理解できないものを暴力の範囲に入れたがる。理解できないままだと、自分が小さくなるからだ。


だから私は、地球へ行くと決まった段階で、最低限のセーフモードは必要だと思った。


必要だと思った、のだ。


そこに悪意はなかった。


たぶん、上から目線はあった。


いや、たぶんではない。かなりあった。今なら分かる。


私は、地球の兵器管制、早期警戒、戦略通信、軌道監視の一部を「一時的に無効化する」ことを、道路工事の片側交互通行くらいの感覚で考えていた。


危ないからいったん止めておこう。あとで戻せるし。混乱はあるかもしれないけど、死ぬよりはマシでしょ。


この発想そのものが、既に文明差の暴力だった。


相手の主権や日常や自意識を、危険防止の名目でいったん棚へ上げる。しかも「安全のため」と言ってしまう。最悪だ。自分で今書いていても引く。自治体の道路工事なら、少なくとも事前に回覧板が回る。私は回覧板を配らずに、地球全域の片側を、無言で通行止めにした。


善意は、力の前では装備になる。


配慮のつもりが、射程だった。


けれど、その時の私は本当にそれが一番ましだと思っていた。


前世の記憶があったからでもある。地球の政治は、理性的な議論の上で動く時もあるが、それと同じくらい、恐慌とプライドと誤射で動く。特に「未知の超技術」が相手だと分かった時点で、誰かは必ず撃ちたくなる。私はその「誰か」を減らしたかった。減らせるだけ減らした上で、交流のテーブルに持ち込みたかった。


その結果が、世界同時パニックである。


最低。


私は床に座り込んだ。床は座り込むことを前提にしていない設計だが、そこは自分で柔らかくした。高度文明の良いところは、床の側がこちらに合わせてくれることだ。悪いところは、そのせいで人がいつまでもちゃんとしなくなることだ。私はたぶん、その悪い例だった。



エゴサ窓をもう一段広げる。


今度は個人アカウントが大量に流れ込んできた。


怖い。


かわいい。


悪魔だ。


天使だ。


ディープフェイク。


第三次世界大戦。


月曜どうなる。


学校休みかな。


あれって日本語しゃべってた?


地球終わるなら告白する。


推しが宇宙人になった。


まだ仕事してるんだけど。


寝ろって言われても寝れるか。


*Is this real or CGI?*


*My mom won't stop crying.*


*预告片吗?*


*Dios mío, los niños están viendo.*


*Kaise so jaaun ab.*


*Mom I'm scared text me back.*


*彼女から既読がつかない、もしかして末期。*


言語が違うのに、中身がほとんど同じだった。これが怖い。文明というやつは、言葉の側で分かれているように見えて、怯え方ではあまり分かれない。私は額を押さえた。


想像していたより、ずっと地球だった。


勝手に何かを投影して、ふざけて、真面目に怯えて、生活の心配をして、ミームを作る。たぶん、どこかで少し期待していたのだと思う。前世の故郷なら、私の意図をもっと、ほんの少しだけ、汲んでくれるんじゃないかと。交流って言ったんだから、せめて交流の入口くらいには立ってくれるんじゃないかと。


違った。


というより、地球はちゃんと交流の入口に立っていた。立っていたうえで、怯え、怒り、笑い、祈り、投機していた。全部同時にやっていた。


それを私は忘れていた。地球人は一枚岩ではない。前世で嫌というほど知っていたはずなのに、遠くから見ていたせいで、私は少し雑にまとめてしまっていた。地球人、と。人類、と。そういう大きい言葉で。


実際には、疲れた夜勤の人と、株で死にそうな人と、国家安全保障担当補佐官と、教皇と、中学生と、配信者と、退役軍人と、母親と、病院の当直医と、みんな別々に存在していて、別々に私の映像を受け取っている。


そこへ、私は同じ原稿を落とした。


そりゃ荒れる。


私は立ち上がって、部屋の中を歩いた。歩く必要はない。今の身体は疲労の管理がうまいし、循環も意識補助でどうにでもなる。それでも歩いた。前世で考えがまとまらない時にやっていたからだ。ワンルームの中を五歩で往復し、冷蔵庫を開け、閉め、特に食べるものもなく、水だけ飲んで、また座る。そういう無意味なルーティンが、私をまだ私へ繋いでいる。


海の向こうの都市群に、交通光が走っていた。


こちらでは何も起きていない。


私は、そのことに少し腹が立った。


怒りの向きが違うのは分かっている。共同圏が悪いわけではない。みんな私に好き放題やれと言ったわけでもない。むしろ共同統治層は、正しく観察してこいとだけ言った。超然ロールプレイをやれとも、武器を止めろとも、アバターを天使っぽくしろとも言っていない。


全部、自分だ。


全部、自分の判断。


だから、怒る相手も自分しかいない。


それでも私は、少しだけムカついていた。こっちは銀河間初接触のやらかしをしているのに、向こうの世界は静かで、海はきれいで、通知だけが丁寧に整列して届く。その優等生っぽさが腹立たしかった。前世でもそうだった。自分だけ失敗している日に限って、駅の自動改札はやたら滑らかに開くし、コンビニ店員は丁寧だし、街は普通に回っている。失敗者だけを置き去りに、世界は運行を続ける。そういう日が、いちばん嫌いだった。



私は観測窓を閉じた。


閉じて、一分も持たずにまた開いた。


エゴサをやめられない。


終わっている。


自覚はある。


けれど、見ない方が怖かった。見なければ、私は自分が何をしたのかを想像で補完するしかない。想像の方が大抵ひどい。前世で上司に「あとでちょっといい?」と言われたときもそうだった。呼ばれるまでのあいだ、私は自分がやった可能性のあるすべての失敗を頭の中で回した。実際には、備品申請のハンコの話だったこともある。


だから、見た方がいい。


見た方がいいに決まっている。


これはエゴサではなく、観察だ。


私は自分にそう言い聞かせた。


嘘ではない。


でも、八割くらいはエゴサだった。



四十分後、私は各国首脳の反応と並行して、日本の個人配信を見ていた。


落差がひどい。


大統領府では、複数の系統が同時に会議をしている。戦略通信、核抑止、同盟確認、市場安定、宗教団体、教育機関、SNS上の偽情報、ホワイトハウス――いや大統領府周辺の警備。どの系統も必死で、必死な人間は大抵、顔が少しだけ年を取る。


その一方で、日本の配信者は、私の静止画に謎のBGMを付けていた。


「いや何これ」


笑ってしまった。


笑ってから、すぐ引いた。


笑っている場合か。


でも、笑ってしまったのは本当だ。だって、ほんの数十分前まで銀河間初接触の威厳をどう見せるかで胃を痛めていた相手が、今や「これもう戻れないってマジ?」みたいなサムネで切り抜かれているのだ。人類は強い。強いというか図太い。いや、図太くないとこんな時代を生きられないのかもしれない。


切り抜きのコメント欄には、怖い、綺麗、声が好き、絶対ラスボス、上位存在感ある、やり方は最悪だけどちょっと分かる、寝ろって言うの優しい、などが並んでいた。


私はそこに、一番地味なダメージを受けた。


「上位存在感ある」


あるのか。


あれで。


頑張ったもんな、原稿。頑張ってしまったんだよな、私は。もっと普通に喋れた。たぶん喋れた。なのに、面談のあと、共同統治層から「文明差の非対称性を自覚しておけ」と言われたのが頭に残りすぎて、私は変に威厳へ寄せた。寄せた結果、冷たいAIみたいな原稿になった。


そこへ、アバターも盛った。


耳を長くして、翼っぽい拡張を付けて、地球オタク文化的にはたぶん無害寄りのつもりだった。エルフ、天使、妖精、そのあたりの混ぜ物。前世の自分の引き出しが貧しい。貧しいくせに、本人は妙に慎重だった。「あんまり生々しい人体だと警戒されるかな」「でも無機質すぎても怖いよね」「かわいさは安全保障」とか、今思えば本当に何を言っているのか分からない。


でも、その時は本気だった。


そしていま、地球はちゃんとそれを「いかにも何かありそうな存在」に読んでいる。


成功なのか失敗なのか分からない。


たぶん両方だ。


私はソファの背にもたれて天井のない上を見た。



観測窓の片隅に、共同統治層からの補助通知が点滅していた。


**初動反応の安定化を確認。追加観測を継続しますか。**


行政通知みたいな文面でやめてほしい。こういう定型の硬さが、追い込まれている時ほど刺さる。前世で、退職届を出したあとに人事から届いた「貸与品返却のご案内」と同じ温度だ。こっちの人生が揺れている時に、向こうは定型で返してくる。それが正しさなのだと、今なら少しは分かる。分かるが、しんどい。


もう一件、下に通知がぶら下がっていた。


**観測補助担当:必要に応じ、初動補足通信の設計支援を提供可能。ご希望の場合、様式ご提出ください。**


「様式」って言われた。


面談用の様式。別添。ご提出。懐かしい響きだ。共同統治層は、だいたいの業務を書類仕事に落としてくる。高度文明は、情念を減らすために書式を増やすらしい。私は共感する方だ。感情のままに議事を進める組織より、書式で縛る組織の方が、たぶんまだ事故率が低い。


ただ、今は返信の文言に迷った。


「ご連絡ありがとうございます。観測継続します。初動補足通信については、現段階では控えます」


これで良いはずだった。


良いはずだったのに、私は二十分ほど推敲した。


「ありがとうございます」を「ありがとうございます。」に変え、句点を二つ付けてから一つに戻した。「控えます」を「見送ります」に変え、また戻した。「現段階では」を頭に回したり、末尾に回したり、間に挟んだり、削ったりした。


送信前に、自分の文面をもう一度読んで、何の情報も増えていないことに絶望した。


二十分使って、最初の文章と、事実上、同じものを送った。


これが私だ。


銀河間初接触の直後に、共同統治層への定型返信を二十分推敲する、元地球人の中間管理職的独身中年。いや独身中年ではない。少女の姿をした数百年存在だ。だが、中身はたぶん独身中年の延長である。身体に負荷をかけない形態で生きると、中身だけが悪い意味で保存される。


私は人類史上初の接触使節でありながら、怒られるのが嫌で上司に相談できない新入社員の、成長しきれなかったバージョンだった。


いや、新入社員というには数百年生きている。


なのに中身はこれだ。



私は改めて、自分がなぜこうなのかを考えた。


前世の地球で私は、別にひどい人生を送ったわけではない。英雄でもなければ被害者でもない。ごく普通の、少しだけ人付き合いが苦手で、締切前に胃が痛くなるタイプの小市民だった。誰かを救ったこともないし、世界を憎むほどの不幸もなかった。だからたぶん、死んで転生しても人格の軸が劇的に生まれ変わらなかったのだと思う。


しかも転生先が悪い。


悪いというか、優しすぎた。


この文明では、失敗してもすぐには人生が終わらない。間違ってもやり直しが利く。身体も、学習も、所属も、地球よりずっと柔らかい。柔らかい世界で数百年生きると、人は聖人になるのではなく、下手をすると「自分のしょうもない癖を深く温存した存在」になる。


私はたぶん、その最悪の例だ。


地球由来の過剰な空気読み。怒られたくなさ。ちゃんとして見られたい欲。なのに趣味に走ると急に雑になるところ。全部が長寿命で熟成されている。樽で寝かされた悪癖。上等な悪癖。


だから私は、銀河間接触という場でさえ、まず「舐められたくない」と思った。


地球に舐められたくない。


共同圏に「地球由来の子に任せたら失敗した」と思われたくない。


その二つが同時に働いて、私は“超然とした高位存在”を演じる方へ倒れた。


普通に優しく喋ればよかった。


いや、それはそれで別の事故があったかもしれない。あまりにも人間的で、軽すぎる存在だと思われたら、それはそれで武力的な実験台にされる危険がある。私はそこを本気で恐れていた。恐れていたから、最初の一撃で「十分に上だ」と分からせる設計に寄せた。


設計。


ひどい言葉だ。


でも、そうだった。


私は地球へ行くのに、心より先に印象設計を考えた。


元地球人のくせに。


いや、元地球人だからこそかもしれない。地球人がどれだけ第一印象で判断するかを、私は知っている。知っているから、余計に雑な対策を打った。ネット小説みたいだな、と前世の自分なら思っただろう。突然チートを持って異世界に行った主人公が、とりあえず威厳っぽいことをして全部を誤魔化す、あの感じ。私はああいうのを笑う側だったのに、今は完全にやっている。


笑えない。


いや、ちょっと笑える。


そのことがまた腹立たしかった。


元地球人の小市民が加減を間違えた。それが本作の副題だ。表紙を出すなら、そう書くしかない。銀河史の註釈欄に、そう刻まれる。



私は気分を変えるつもりで、観測窓を地球側の個別市民レベルへ絞った。ズームを上げる。首脳の会議室や市場ではなく、もっと低い粒度。街の粒度。人の粒度。


ズームを上げた瞬間、覚悟が足りなかったと思った。


最初に映ったのは、東京のコンビニだった。


夜勤の店員が、レジの横でスマホを握っている。二十代前半、うすい色の髪、指先の爪が少し割れている。客は来ていない。店内放送が、明るい曲を流し続けている。私の静止画がスマホの画面に出ていて、その下に「悪意がない方が怖い」とだけ書かれたメモアプリが開かれていた。書いたのは本人だ。書いて、また消して、また書いていた。


私は、喉に石が詰まったような感覚になった。


次に、ニューヨークの一室が映った。


個人トレーダーらしき男が、三つのモニターを前に両手を頭の後ろに組んでいた。指が震えていた。画面の一つで、何かの数値が真っ赤に落ち、もう一つでニュースが流れ、三つ目に家族の写真が貼ってあった。子どもが二人。彼は、写真だけを見ていた。スクリーンショットを撮らずに、ただ見ていた。何度も見ていた。そのうち、写真の方をモニターの真ん中へ移動させた。中央のモニターが、市場ではなく家族の写真になった。


次に、ラゴスの教会。


平日の夜なのに、堂の半分が埋まっていた。説教壇には誰もいない。みんな、勝手に祈っていた。子どもを抱いた母親が、壁の小さな聖画を見上げている。聖画の横で、別の女性が携帯を操作している。動画を撮っているのではない。仕事先の家族に、たぶん長い文を送っていた。送信ボタンを押すのに、三回ためらった。三回目で押した。押してから、空を見上げた。空には蛍光灯があっただけだった。


ムンバイの病院の当直室。


二人の研修医が、仮眠スペースの片隅でコーヒーを分け合っていた。片方が英語で、もう片方がマラーティー語で、同じことを言っていた。「今夜、たぶん搬送が増える」。新聞やニュースではなく、現場の皮膚感覚で、彼らはそう知っていた。実際、救急の電話が鳴った。駆け出していった。別の研修医が、私の映像のスクリーンショットを、病棟の掲示板の空いた隅に貼っていた。理由は書かれていなかった。誰かが剥がすまで、そこにあるだろう。


ソウルの配信者。


二十三歳くらいの女性が、自室でライブを始めていた。視聴者数は既に数十万だった。彼女は私の姿について、怖さと可愛さの同居を語り、それから急に黙った。黙ったまま、三秒、四秒、五秒、泣き始めるでもなく、笑うでもなく、ただ黙った。コメントが流れた。「泣かないで」「何でもいいから話して」「一緒にいるよ」。彼女は小さく、「みんないてくれて、ありがとう」と言った。言ってから、また黙った。


サンパウロの小さなアパート。


七歳くらいの男の子が、画用紙に私の絵を描いていた。翼は私のものよりずっと大きい。耳はほとんど犬だった。色は全部、夜の色ではなく、昼の色だった。黄色、水色、薄いピンク。男の子は、絵の隣に、ポルトガル語で短く書いた。「お姉ちゃん、たぶん、つかれてる」。母親が、それを覗き込んで、何も言わず、肩を抱いた。


バルセロナのバー。


深夜のカウンターに、男が三人いた。一人はバーテン、二人は客。バーテンはグラスを拭いていた。客の片方が私の話題を出した。もう片方は別のニュースの話をしたがった。結局、別のニュースの話になった。バーテンは、グラスを拭き終え、新しい客のために次のグラスを取った。世界が終わるかもしれない夜でも、バーテンはグラスを拭く。私は、その当たり前に、少し救われた。


ケープタウン近くの漁船の無線。


「今晩、戻るか迷っている」


「戻れ」


「でも、明日の水揚げが」


「戻れ」


「空は普通だ」


「戻れ、でいい」


短い会話だった。戻ったかどうかは分からない。でも、無線の向こうで、誰かが別の誰かを「戻れ」と言っている。それだけで、たぶん、世界は続く。


私は観測窓のズームを元に戻した。


戻してから、顔を両手で覆った。


怒りが行く先を見失っていた。見失ったまま、別のものが代わりに入ってきた。罪悪感と、それよりも重いもの。あの一人一人に、私の原稿は同じ顔をして届いた。同じ顔で届いて、それぞれ別の傷になって、別の祈りになって、別の眠れない夜になった。



共同統治層へ相談した方がいいだろうか、と一瞬思った。


思ってすぐやめた。


何を言うのだ。


「すみません、善意で地球の武器にセーフティ掛けたら、株が死にました」


死ぬ。


いや、私はもう一度死んでいるが、そういうことではない。


面談室で発生する気まずさに耐えられない。共同統治層はたぶん怒鳴らないし、馬鹿にもしない。むしろ優しく、事実を整理し、観察対象の反応は予測可能だったと言うだろう。そういう正しさが一番きつい。怒鳴られるならまだ反発できる。事実で整理されると、反発の足場がなくなる。


私はたぶん、正しさに強い方の人間ではない。


正しいことを言われると、正しいまま縮む。前世から変わらない。前世の職場で、別の部署の先輩が一度だけ、本当に正しい指摘を私にしたことがある。私はその日から二週間、会社に行くのがつらくなった。指摘の内容は忘れた。正しかったことだけ覚えている。


だから今日は、共同統治層には、様式の返信しか送らない。


様式のなかに、私の泣きどころは、入れない。



観測窓を閉じる。


一分も持たずにまた開く。


今度は類型化された反応リストが勝手に表示された。これは私が求めた粒度ではなかったのに、共同圏は便利な方向へ先回りする。共同圏にとっての便利は、こちらの逃げ道を塞ぐこともある。


軍事的威嚇と認識する群。


神学的・終末論的に理解する群。


投資・物価・生活防衛へ変換する群。


娯楽・ミーム・恋着の対象として消費する群。


現実否認を継続する群。


観察対象への共感と保護欲を示す群。


その最後を見て、私は妙な顔になった。


保護欲。


いや、ちょっと待ってほしい。保護される側ではない。ぜんぜん違う。私はかなり強い。文明差を抜きにしても、今回の接触用アバターは耐久も自動防護も高いし、身体機能だけなら地球側のあらゆる危険に対して十分すぎる冗長性がある。


あるのに、地球では既に「なんかかわいそう」「怖がってないかな」「悪い大人に利用されないでほしい」みたいな反応が発生していた。


私は両手で顔を覆った。


「違うの、そうじゃないの……」


そうじゃない、のだが、なぜそうなるのかは分かる。


アバターの見た目が悪い。


いや、良い。私の趣味としてはかなり良い。地球オタク文化アーカイブから、過去に収集していた意匠群を引っ張り出し、無害そうで、神話的で、でも完全に幼すぎず、異種感も残し、金属的すぎない質感へ寄せた。手間は掛けている。掛けた結果として、その方向の誤読を全部引いた。


保護欲。


最悪のやつだ。


保護欲は敵意より扱いが難しい。敵意なら、距離と防護と明示で処理できる。保護欲は近づいてくる。勝手に物語を付ける。本人の意図と関係ない役を押しつける。前世でも苦手だった。会社の先輩に「心配だから」と勝手に仕事を抱えられたり、逆に「しっかりしてるから平気だよね」で雑に放置されたり、その全部が嫌だった。


なのに今、私は銀河規模でそれを浴びている。


しかも、自分で呼び込んでいる。


どうすればいい。



ここでまた、補足説明したい欲求が頭をもたげた。


見た目について。安全措置について。武器を止めた理由について。やりすぎだったが悪意ではないことについて。怖がらせるつもりはなかったことについて。いや、少しは怖がらせるつもりがあったかもしれない。そこも含めてちゃんと説明した方がいい。


いい、のだろうか。


私は自分の指を見た。接触用アバターの指は細く、少しだけ長い。前世の私なら、こんなデザインは絶対に「いかにも」と言って引く。でも実際に使うと操作性が高い。こういうところも、地球人に説明したら絶対に微妙な顔をされる。


説明したらいいことと、まだ説明しない方がいいことがある。


分かっている。


分かっているのに、私は説明したくなる。


誤解されたまま放っておくのが耐えられないからだ。


これも前世からの悪い癖だ。相手が今ほしいのは説明ではなく距離かもしれないのに、「いや違うの、こういう意図で」と言いたくなる。言った結果、火に油を注いだことも一度や二度ではない。


数百年生きて治らなかった。


情けない。


でも、それが自分だ。



私は補助通知を閉じ、代わりに地球側の生活系反応を開いた。


学校。病院。スーパー。鉄道。配送。夜勤。保育。介護。


その一覧を見て、胸の奥が少しだけ痛くなった。


国家と市場の反応は、どこかでまだ抽象化できる。数字や肩書や画面越しの顔だからだ。けれど生活系は違う。明日の弁当。夜勤明け。薬が切れる。子どもが怖がって寝ない。そういう単位で世界が揺れているのを見ると、急に罪悪感が具体的になる。


鉄道の保線担当者が、作業予定を一部前倒しで進めていた。利用客が減る前に済ませる判断だった。誰に命令されたわけでもない。現場の勘だった。その勘が、誰からも褒められないまま、今夜の日本のダイヤを守っている。


介護施設の夜勤職員が、いつもより一周多く見回りをしていた。入所者の八十代の女性が、テレビを見たあとで、珍しく眠れないと言ったからだ。職員は、テレビは消しましょうね、と言って、手を握って、しばらくそばにいた。女性は「怖いのは、あの子じゃないよ」と言った。「怖いのは、いなくなることだよ」。職員は、そっと頷いた。


夜間当直医が、電カルを閉じて、救急外来のモニターを見上げていた。搬送は思ったより少なかった。少なかったが、少ないことがかえって不安だった。みんな我慢している。我慢した結果、明日以降にまとめて崩れる。そう知っているからこそ、今夜の静けさは、医者にとって一番嫌な静けさだった。


退役軍人の母親が、息子にメッセージを送っていた。息子は現役の兵士で、今夜は返信が遅い。母親は、「返信は要らない、でも、帰ってきなさい」とだけ打った。打ち直しはしなかった。送信してから、電気を消した。


私は、それらを全部見て、床に膝を抱えて座り、人工海の方へ背を向けた。


逃げるみたいで嫌だったけれど、海がきれいなのが腹立たしかったから仕方ない。


「……交流って言ったじゃん」


もう一度、同じことを言った。


今度は、自分に向けてだった。



交流とは何か。


私は地球で、ちゃんとそれをしたいと思っている。征服じゃない。審判でもない。支配でもない。上から正解を与えに行く気もない。少なくとも、意識の上ではそうだ。


でも、意識の上でそう思っていることと、実際にそう振る舞えていることは別だ。


セーフモードの件が、その証拠だった。


私は交流を望みながら、最初に地球側の選択肢を削った。


危険回避のためとはいえ。


それは交流として、たぶん良くない。


良くないが、では元に戻すかと聞かれたら、まだ怖い。正直に言えば怖い。私は地球人が好きだし懐かしいし、地球に帰省したいくらいの気持ちでいるくせに、初対面で撃たれる可能性はものすごく現実的だと思っている。たぶん、その評価は間違っていない。


ではどうする。


戻しすぎず、締めつけすぎず、こちらの意図を明示し、相手の主権感覚を殺しすぎない形へ調整するしかない。


理屈としては分かる。


実務が胃に悪い。


私は通知欄を開いて、武器系統セーフモードの細目を確認した。全停止ではない。あくまで、主要戦略兵器、早期警戒、誤射連鎖を起こしやすい高位系統の安全化が中心で、民間の狩猟用や警察火器や地方レベルの全てを止めているわけではない。


そこを見て、私は余計に青ざめた。


つまり、国家間戦争の誤作動は抑えたが、個人や局地的な暴発までは完全に消していない。


最悪だ。


いや、そこまでやると本当に支配になるから切ったのだ。判断としては間違っていなかったと思う。思いたい。だが、来訪当日の危険としては残る。


私は歯を食いしばった。


これもまた、私の“ほどほど感覚”の悪いところだ。前世からそうだった。全部やると侵襲的だと思って一段手前で止める。止めた結果、ちょうど嫌なところだけ残る。仕事でもそうだった。強く言えばよかったのに曖昧にして、あとで面倒になる。関係を切ればよかったのに優しさを残して、別の角度から揉める。


数百年生きても改善していない。


むしろ、文明の上位性があるせいで、その中途半端が巨大な規模で炸裂する。


笑えない。


でも、たぶん後から見ると少し笑えるのだろう。人類史と銀河史をまたぐ初接触の裏側が、「元地球人の小市民が加減を間違えた」で説明できてしまうの、あまりにもひどい。ひどいが、現実ってこういうところがある。世界史的事件の引き金に、個人の変な癖が混ざる。



ふと、前世の記憶がフラッシュで上がってきた。


退職届を送信した瞬間のことだった。


私は当時、ワンルームの机の前にいた。白いPCは少しファンがうるさかった。部屋の外で、誰かのスーツケースがアスファルトを引きずる音がした。私は、作成済みの退職届の添付を二回確認してから、送信ボタンを押した。


押した直後、私は画面をじっと見ていた。


送信済みアイテムに、一通が増えていた。


それだけだった。


鐘は鳴らなかった。会社から返信もしばらく来なかった。その沈黙の時間、私は冷蔵庫を開けた。中には、賞味期限の切れた豆腐と、半分だけ食べた冷凍ブロッコリーと、開けたきりになっていたシーザードレッシングがあった。私はどれも食べずに、水だけを飲んで戻った。


戻ってから、LINEを開いた。


親友に「退職届、送った」とだけ打った。


既読はすぐついた。でも、返信はしばらく来なかった。


そのしばらくのあいだ、私は自分の人生の全部の選択肢が、なかったことになったような気持ちになっていた。


実際にはそんなことなかった。


返信は一時間後に来た。「お疲れ、よく決めたね、今度ごはん」だった。そっけないくらいの温度で、そのそっけなさが一番ありがたかった。


そのLINEを読んだときの、胸の緩み方を、私はいま思い出していた。


今の私には、返ってくる既読がない。


地球からの反応は膨大で、かつ、どれも「誰か一人からの一対一の返信」ではない。万の声、億の声。全部、どこかに宛てて書かれているが、私宛ではない。私宛でないまま、私を含んでいる。


これが、たぶん、銀河間初接触の裏側の本当の心細さだった。


大量の反応のなかで、一人からの「お疲れ」が、ない。


私が欲しかったのは、たぶん、それだった。



私はしばらく黙っていた。


黙って、最後にもう一度だけ、地球側の反応を見た。


大統領府の会議はまだ続いている。日本の総理府中枢庁舎でも、文化行政局へ声が飛んでいる。聖座は判断を留保し、記録係を呼び、声明を急がない。ネットでは既に切り抜きが量産され、悪魔説と天使説とかわいい説が同居している。子どもが翼を描いている。夜勤のスーパー店員が「悪意がない方が怖い」と考えている。配信者が、もう戻れない、というサムネを作っている。鉄道の保線員が作業を前倒している。介護職員が老婦人の手を握っている。当直医がモニターを見上げている。母親が「帰ってきなさい」と打っている。漁師が「戻れ」と無線に言っている。バーテンがグラスを拭いている。


全部、見た。


そして私は、静かに決めた。


もう少しだけ観察する。


すぐには補足を送らない。


今の私は、説明したくてたまらない側の人間だ。そういうときに出す説明は、だいたいろくでもない。前世から知っている。知っているからこそ、今すぐの補足は危ない。


危ないのだが、たぶん私は、そのうち耐えられなくなる。


誤解されたまま放っておけない。


悪魔扱いも、神聖視も、保護欲も、ぜんぶ嫌だ。


嫌だから、どこかでまた口を挟むだろう。


そのときに、せめて今よりはマシな言い方をしよう。


マシな言い方、ができる保証はない。


私はそこまで考えて、前世で深夜にやっていたのと同じ動きで、ベッドへ倒れ込んだ。


ベッドは私の体重と心拍とストレス値を読んで、勝手に最適な硬さへ変わる。


やさしい。


やさしすぎる。


「違うの……ほんとに……」


枕へ顔を押しつけて、そう言った。


交流って言ったじゃん、の続きは、声にならなかった。



私はたぶん、その時点で分かっていたのだと思う。


自分がもう一度、やらかすことを。


誤解を解きたい。ちゃんと伝えたい。悪気はない。違う。そうじゃない。そう言いたい人間は、大抵、また言葉を足しすぎる。


そして私は、そういう人間だ。


数百年生きても、たぶんそこが一番変わらない。


窓の外で、人工海が、今夜も賢く波を整えていた。


地球では、誰かがまだ、LINEの返信を待っていた。


誰かが、祈っていた。


誰かが、グラスを拭いていた。


私の部屋だけが、相変わらず、静かだった。


静かすぎて、罪みたいだった。


私は目を閉じた。


閉じた瞼の裏で、送信済みの赤いチェックマークが、もう一度点灯していた。


八日後に、行く。


その予定だけが、私と地球のあいだで、唯一、共有されていた。


予定は、たぶん、いちばん残酷な形の、合意だった。

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