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第8話 英雄の第八部隊

 第八騎士団を見たあの日のことは、今でも鮮明だ。


「……同じ戦場、だよね?」


 思わず、そう呟いていた。


 土の色も、空の色も同じ。

 敵の数も、装備も、布陣も変わらない。


 それなのに――

 戦場の圧が、まるで違った。


「……速い」


 兵の動きが、異様だった。


 重装備のはずなのに、踏み込みが軽い。

 剣を振るう前に、もう間合いに入っている。


 走っているというより、

 地面を――滑っている。


「……全員、強化かかってる?」


 ひとりじゃない。

 前線に立つ全員。


 しかも、一斉に。

 しかも、切れ目がない。


「……ずっと?」


 誰かが詠唱している様子はない。

 魔力が立ち上がる気配もない。


 最初から、そういう身体で戦っているみたいだった。


 剣が交わる。

 刃が届く。


 確かに、当たっている。


 ――それでも、止まらない。


「……血、出てたよね?」


 さっきまで裂けていたはずの腕が、

 もう次の敵を斬っている。


「……治ってる?」


 疑問が、追いつかない。


 さらに――

 おかしいのは、敵だった。


 踏み込みが遅い。

 反応が、半拍遅れる。


 剣を振ろうとして、間に合わない。

 盾を構える前に、もう倒れている。


「……弱体、広範囲?」


 戦場全体に、重い霧がかかったみたいに。

 沈んでいるのは、敵だけ。


 味方は、軽い。

 敵は、重い。


 その中を――

 第八騎士団だけが、自由に動いている。


 まるで、

 戦場そのものが、彼らの味方をしているみたいだった。


「……なに、これ」


 声が、震えた。


 そして、その中心に――

 団長がいた。


「前に出すぎない」

「戻れる位置で止める」

「ここ、持つ」


 短い指示。

 無駄がない。


 セレナだった。


 華奢で、小柄で。

 最初に見たときは、正直、戦場に立つ人間には見えなかった。


 でも――

 剣を振るう姿を見て、分かった。


「……迷い、ない」


 速さでも、力でもない。


 判断が、異様に早い。


 誰が危ないか。

 どこが崩れるか。

 どこで止めれば、全体が持つか。


 全部、見えている。


「……この人が、戦場を決めてる」


 前線に立ちながら、全体を操っている。

 騎士団を、一つの生き物みたいに動かしている。


 そして――

 その背後にいる存在に、ミラは気づいた。


 剣を抜かない。

 叫ばない。


 それでも、確実に戦場を変えている。


 レオンだった。


 彼がいる方向から、

 味方は崩れない。


 傷は塞がり、動きは落ちない。

 魔力の流れが、常に整えられている。


 増強、治癒、弱体――

 すべてが並列で、途切れずに回っている。


「……英雄の第八、やっぱり異常ね。

 こんなの、反則でしょ」


 第八騎士団は、強いから勝つんじゃない。

 壊れないから、勝つ。


 その発想に、初めて触れた。


 そして――

 戦場は、終わった。


 第八騎士団が去ったあとの戦場には、

 音だけが、遅れて残っていた。


 血の匂い。

 焼けた地面。

 倒れ伏した敵。


 それでも、味方は立っている。


「……終わった」


 誰かが、そう言った。


 大逆転での完全制圧。

 それが、英雄の第八騎士団がいる戦場の日常だった。


 ミラは、剣を下げたまま息を整えていた。


 苦しくはない。

 致命傷もない。


 けれど――


「……っ」


 右肩に、鈍い痛みが走る。


 いつものやつだ。

 孤児院のころから続いている、奥に残る痛み。


「……また、か」


 歯を食いしばった、そのとき。


「肩、つらそうですね」


 背後から、低く落ち着いた声がした。


 振り向くと、後衛の男が立っていた。


 剣を抜いていない。

 血も、ほとんど付いていない。


 ――なのに、この人が戦場を支えていた。


「……見て、分かるんですか」


「分かります」


 即答だった。


「古い痛みですね」

「……はい」


 言い当てられたことよりも、

 その声が、妙に安心できたことに驚いた。


「今、少し時間いいですか」


「……お願いします」


 男は一歩近づいた。


「治療します」


 短い言葉。

 詠唱は、ない。


 ただ、肩に手が触れる。


 ――次の瞬間。


「……っ」


 身体の奥で、何かがほどけた。


 痛みが、ほどける。

 絡まっていた筋と魔力が、静かに解けていく。


 息が、深く入る。


 肩を回す。


「……ない」


 引っかかりが、ない。


「……痛く、ない」


 呆然と呟くと、男は少しだけ目を細めた。


「良かったです」


 それだけ。


「ずっと、あったんです」

「そうでしょうね」


 責める調子は、ない。


「これで、動きやすくなります」


 ――その一言で、分かった。


 この人は、

 戦場で人を壊さない人だ。


「……ありがとうございます」


 深く、頭を下げた。


 男は一瞬だけ戸惑って、穏やかに笑った。


「いえ。医師なので」


 名前も名乗らず、去っていく背中。


 ミラは、その背中を見送った。


(……覚えてないんだろうな)


 戦場で治した、無数の兵のひとり。

 それだけ。


 でも――


「……私は、忘れない」


 肩の軽さを。

 身体が守られている感覚を。


 そして――

 戦場で初めて、

 生きて帰れると思えた瞬間を。


 後で知る。


 第八騎士団の後衛。

 常時並列で魔法を回し続けていた英雄。


 名前は、レオン・グラハム。


 彼は覚えていない。


 けれどミラは、

 この日のことを、ずっと覚えている。


 憧れと、

 少しの()()と一緒に。


 ――だからこそ。


 第八騎士団が解体されたと聞いたとき、

 ミラは、すぐには信じなかった。


「……戦死?」


 ありえない。

 あの戦い方で。

 あのふたりが。


「……そんなはず、ない」


 でも、時間が経っても戻らない。

 噂だけが、増えていく。


 ――戦死したらしい。

 ――前線から消えたらしい。


 胸が、ぎゅっと締めつけられた。


 それでも。

 どこかで、信じていた。


(生きてる)

(あの人たちが、死ぬはずない)


 そんなときだった。


「……北西ノルデン?」

「ヴァルド村?」

「……診療所?」


 耳に入ってきた噂。


「……二人で?」


 一瞬、頭が真っ白になった。


 次に湧いてきたのは――

 悲しみじゃなかった。


「……なんで」


 怒りだった。


「……なんで、そんなところで」


 守ってたじゃない。

 前線を。

 街を。

 人を。


(私が、今もやってることを)


「……逃げたの?」


 胸の奥が、熱くなる。


 悲しいより、悔しい。

 悔しいより、腹が立つ。


「……ふざけないで」


 行かなきゃ、街が壊れる。

 人が死ぬ。


 それを知っているから、自分は行っている。

 壊れるって分かってても、前に立っている。


「……なのに」


 勇者だったはずのふたりが。

 英雄だったはずのふたりが。


 ――村で、診療所?


「……直接、確かめる」


 そう決めた。


 怒鳴り込むつもりだった。

 問い詰めるつもりだった。


 そして――

 ヴァルド村の、診療所の扉を開けた。


「……」


 そこに、いた。


 変わらない背中。

 変わらない声。


 レオンと、セレナ。


「……本当に、いた」


 胸が、苦しくなった。


 怒りも、悲しみも。

 全部、いっぺんに溢れそうになる。


(……なんで)


(なんで、ここにいるの)


 ミラは、その場で立ち尽くしていた。


 ――英雄の第八騎士団は、終わっていなかった。


 ただ、

 別の場所で、生きていただけだった。


 それを理解するのは、

 もう少し、先のことになる。

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