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第3話 盗賊襲来

 村の警鐘が、夜を裂いた。


 眠りの底から引き上げられるように、音が続く。

 遠くではなく、近い。


「……警鐘だ」


 セレナが起き上がる。


「行きましょう、セレナ」


 レオンは上着を掴む。

 扉を出た瞬間、冷気が肌を打った。


 広場には人影が集まっていた。

 剣を持つ村人が8人ほど。

 向こう側に、黒い塊。


「……多いな」


 数は、ざっと見て30人以上。


「おい、誰だおまえら」


 セレナが前に出る。


「なんだよ嬢ちゃん、かわいいじゃねえか」


 笑い声が混じる。


「ちょっといいことさせてくれたら、殺しはしねえよ」


 空気が、冷えた。


「盗賊です」


 レオンが短く言う。


「弱体、入れます。

 セレナ、増強」


 詠唱はない。


 次の瞬間、地面が沈んだ。


 重力が、30倍に跳ね上がったかのように、盗賊たちの体が一斉に叩きつけられる。

 叫びは上がらない。

 息が、奪われる。


 セレナが動く。


 影のように、速い。

 踏み込み、関節を外し、縄を回す。


 刃は使わない。

 骨も折らない。


 縛る。

 転がす。

 次へ。


 その速度に、迷いはない。

 この強度の増強に耐えられる身体が、彼女の歩んできた時間を語っていた。


 10。

 20。

 30。


 あっという間だった。


 最後の1人の手足を縛り終えると、セレナは一歩下がる。


「皆さん、無事です」


 広場が、息を取り戻す。


「……すげえ」


「ふたりとも、めちゃくちゃすごいんだな」


「王都の騎士団出身って聞いてたけど……」


 言葉が、追いつかない。


 レオンは周囲を見回す。


「怪我人はいませんか」


「いない!」


「大丈夫だ!」


 安堵が、連なっていく。


 誰かが果物籠を差し出した。


「これ、持ってって」


 別の誰かが言う。


「今度、診療所にお茶の葉分けに行くわね」


「命の恩人だ」


「この村の恩人だ」


「来てくれて、本当にありがとう」


 声が、重なった。


 寒い夜だった。

 吐く息は白い。


 それでも、言葉は温かかった。

 セレナは、少し照れたように肩をすくめる。


 夜が、ゆっくりとほどけていく。

 警鐘は止み、村はゆっくりと静けさを取り戻していく。


 縛られた盗賊たちを見張りながら、村人たちは小さく息を吐いた。


「……あんなの、初めて見た」


 誰かが、ぽつりと言う。


「剣を振った音も、叫び声もなかったのに」


「気づいたら、終わってた」


 果物籠を抱えたまま、立ち尽くす者もいる。


「王都の騎士団って、あんな感じなのか?」


「いや……」


 言いかけて、言葉を飲み込む。


 広場の端で、レオンは村人の様子を確認していた。


「本当に、怪我はありませんね」


「ええ。

 よかった」


 セレナは縄の結び目をもう一度確かめる。


 その手つきは、あまりにも慣れていた。


 村人たちは、その背中を見ていた。


 さっきまでの“診療所の人たち”ではない。

 けれど、英雄と呼ぶには、あまりにも静かだ。


「……前線って、こんなだったのか」


 誰かが、小さく呟いた。


 答える者はいない。


 ただ、

 ほんの一瞬だけ。


 この二人が、

 かつて戦場の真ん中に立っていた時間を、

 村の人々は垣間見てしまった。


 それだけだった。


 夜風が、広場を抜けていく。


 村はまた眠りにつき、

 二人は家路についた。


 英雄の前線は、もうここにはない。

 だが今夜、村人たちはその影を、ほんの少しだけ見たのだった。

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