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第2話 その日の夜

 夕方、家の台所に火が入る。


「レオン、今日なに?」


 セレナが椅子に腰掛けて、まな板の音を聞いている。


「根菜の煮込みです。

 北西は夜が冷えますから」


「また渋いの選んだね」


「体にいいですよ」


「英雄時代より、よっぽど気を遣ってる」


「今は、守る対象が違います」


「はいはい」


 鍋から湯気が上がる。

 匂いが広がって、家の中が一気に落ち着く。


「それにしても」


 セレナは背もたれに体を預けた。


「診療所、今日も誰も来なかった」


「来ない日も、必要です」


「そう言うと思った」


「12歳の頃は、

 誰も来ないと不安になっていましたね」


「孤児院で?」


「ええ。

 静かすぎると、何か起きる前触れでしたから」


「……確かに」


 セレナは小さく頷く。


「15歳で前線に出たときも、

 静かな時間のほうが怖かった」


「あなたは、前に立つ側でしたから」


「レオンは後ろ」


「後ろ、というほど後ろでもありません」


「治癒と強化と弱体を同時に回す後衛、

 あれは前線より忙しい」


「忙しいだけです」


「英雄って呼ばれてたくせに」


「呼ばれていただけです」


 セレナは笑った。


「私も呼ばれてた。

 常勝無敗の英雄、だっけ」


「事実でした」


「一度も負けなかったね」


「ええ。

 どんな逆境でも」


「全部、制圧した」


「二人で、です」


 鍋をかき混ぜながら、レオンが言う。


「相棒と親友の連携がなければ、

 成立しませんでした」


「自分で言う?」


「事実ですから」


「はいはい」


 少し間が空く。


「……でも」


 セレナが声を落とす。


「英雄って、重かった」


「ええ」


「期待、前線、断れない命令」


「増え続けました」


「逃げた、って言われてもいい」


「言われていません」


「まだ、ね」


 セレナは息を吐いた。


「最初に言い出したの、私だった」


「スローライフですね」


「そう。

 田舎で、診療所」


「最初は反対しました」


「知ってる」


「現実的ではありませんでした」


「でも、だんだん?」


「……乗り気になりました」


「最終的には?」


「王都から、逃げるように」


「一緒に」


「一緒に」


 鍋の火を弱めて、レオンが皿を用意する。


「北西ノルデン」


 セレナが言う。


「孤児院の地域」


「距離はありますが」


「戻ってきた感じは、ある」


「ええ」


「それに、家」


 セレナは台所を見回す。


「でかすぎ」


「建築の方が、

 新婚だと勘違いした結果です」


「子ども部屋、3つ」


「将来設計が過剰です」


「訂正しなかったの、レオンだよね」


「空間は、余っても困りません」


「英雄時代の貯金、

 こういうところで効いてくる」


「余裕はあります」


「それでも、ここで診療所」


「夢でしたから」


 料理が完成する。


「できましたよ、セレナ」


「はーい」


 席につき、二人で食べ始める。


「……おいしい」


「よかったです」


「ねえ、レオン」


「はい」


「この生活、続けよう」


「続けます」


「即答ね」


「約束しましたから」


 食器を下げ終えると、セレナは流しで手を洗った。


「明日も、特に予定なしだね」


「ええ」


 レオンは診療所用の帳簿を開き、今日の欄に何も書かないまま線を引く。


「誰も来なくても?」


「誰かが来たら、診ます」


「来なかったら?」


「待ちます」


 セレナは白衣をたたみ、椅子の背に掛けた。


「私は準備しておく。

 包帯と、薬と、湯」


「助かります」


「看護師ですから」


 レオンは頷いて、灯りを落とす。


「医師として、

 ここで診療所を続けます」


「うん」


 二人は並んで扉を確認する。


 北西ノルデンの夜は静かだ。


 この村で、

 レオンは医師として診療所に立ち、

 セレナは看護師として隣にいる。


 それが、二人の今だった。

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