第16話 喉元に当たる双剣
診療所の扉が、乱暴に開いた。
風が吹き込み、白いカーテンが大きく揺れる。
セレナが反射で立ち上がる。
「……誰?」
答えはなかった。
入ってきたのは、小柄な女だった。
身体は細い。
肩も、腕も、驚くほど華奢。
なのに――
前に出る気配だけが、異様に強い。
腰に、双剣。
軽い金属音。
次の瞬間。
抜いた動きが、見えなかった。
冷たい感触が、レオンの喉元に触れる。
刃先。
皮膚に、ぴたりと当たっている。
セレナが息を呑む。
「……っ!」
「動くな」
女の声は低い。
落ち着いている。
「殺すつもりはない」
刃は、微動だにしない。
「でも」
歯を食いしばる。
「殺したい」
はっきり言った。
「今でも」
「お前を殺せば」
喉が、詰まる。
「この胸の苦しさも、
消える気がする」
レオンは、目を逸らさない。
「……何が、あったんですか」
敬語のまま。
女の刃が、わずかに震えた。
「……聞くな」
「聞く資格、ない」
それでも、女は言った。
吐き出すように。
「私の部隊」
「全員、重傷だった」
「血まみれで」
「歩けなくて」
「でも」
声が、少しだけ掠れる。
「意識は、あった」
「名前も呼べた」
「返事もした」
一歩、刃が近づく。
「本気で手当てすれば、
助かったかもしれない子もいた」
「時間もあった」
「魔力も、あった」
目が、歪む。
「なのに」
「お前は」
「治さないと決めた」
「“この人たちは、もう治さない”って」
言葉が、重く落ちる。
「理由は、簡単」
「人数が多すぎたから」
「全部治してたら、
他が間に合わなかったから」
笑う。
壊れたみたいな笑い。
「だから」
「お前は、
私の部下を見捨てた」
レオンは、否定しない。
「……はい」
その一言で。
女の憎しみが、爆発した。
「ほら!!」
「その顔!!」
「“正しい判断でした”って顔!!」
刃が、喉元に食い込む。
血は出ない。
でも、死は確かにそこにある。
「私の部下は」
「私に、敬礼して」
「“団長、すみません”って言って」
「一人ずつ、
目を閉じていった」
声が、震える。
「私は、
何もできなかった」
「団長なのに」
「見送るしかなかった」
女は、睨む。
「それを決めたのが」
「お前だ」
セレナが、歯を食いしばる。
「……あんた」
「戦場では――」
「分かってる!!」
女が叫ぶ。
「戦線が持ち直したことも」
「街が守られたことも」
「私だけが生き残った理由も」
一瞬、言葉が途切れる。
「……全部」
「分かってる」
刃を、ゆっくり下ろす。
鞘に戻す。
「だから」
最後に、吐き捨てる。
「私は、
お前が憎い」
「正しかったから」
「必要だったから」
「だから、
許せない」
扉に手をかける。
「覚えておけ」
「私は、
お前を殺したいほど憎んでる」
扉が閉まる。
音だけが残る。
セレナが、震える息を吐いた。
「……最悪」
「ええ」
レオンは、静かに答えた。
喉元に、そっと指を当てる。
傷はない。
けれど。
彼女の言葉だけが、
確実に刺さっていた。




