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第15話 パン屋ができた!

 診療が休みの日だった。


 空は高く、雲は薄い。

 村の道は静かで、靴音だけが並んで進む。


 三人で歩いている。


 真ん中にレオン。

 少し後ろを、ミラ。

 前を、セレナ。


「……ほんとに、

  ここでいいの?」


 セレナが、半歩振り返る。


「はい」


 ミラが、胸の前で鍵を握りしめたまま答える。


「……なんか、

  まだ夢みたいで」


「完成したんですから、

  夢ではありません」


 レオンは穏やかに言う。


「ただの現実です」


「レオンのその言い方、

  現実を殴りに行ってるのよ」


「事実確認です」


「つまらない男」


「正確な男です」


 ミラが、小さく笑った。


「……あ」


 建物の前で、足が止まる。


「ここです」


 素朴な外観。

 けれど、きちんと“店”の顔をしている。


「パン屋だ」


 セレナが言う。


「ちゃんと、

  パン屋の顔してる」


「主張しすぎず、

  埋もれない」


 レオンが、入口を見て頷く。


「立地も良いですね」


「……褒められてます?」


「もちろん」


「全面的に」


 ミラは鍵を差し込む。


 少し、もたつく。


「……あれ」


「逆」


 セレナ。


「……こっち?」


「もっと逆」


「……」


「初日あるあるですね」


 レオンがフォローする。


 カチ、と音がして、扉が開いた。


「……」


「……」


 中に入った瞬間、空気が変わる。


 木の匂い。

 まだ新しい、建物の匂い。


 正面に、大きなショーケース。


「わ……」


 ミラの声が、少し上ずる。


「ここに、

  パンを並べます」


「朝、

  ここにパンがあるのね」


 セレナが、ガラスに手をかざす。


「それだけで、

  幸せな景色」


「最初は」


 ミラが説明する。


「一人で作って、

  一人で売るので」


「少量から、

  始めます」


「いいですね」


 レオンが頷く。


「無理をしない」


「続ける前提の計画です」


「じゃあ」


 セレナが即答する。


「うちら、

  毎週来る」


「買い占めません?」


「買い占めない」


「順番守る」


「守らない人、

  私が殴る」


「安心です」


 奥へ進む。


 ――キッチン。


「……」


「……」


「……でかくない?」


 セレナが、声を落とす。


「業務用ですね」


 レオンも素直に言う。


「一人で使う規模では

  ありません」


「……浪費、

  しました」


 ミラが、照れ笑いをする。


「人生で、

  初めての浪費です」


「いいじゃない」


 セレナが肩をすくめる。


「初めては、

  派手でいいの」


 レオンは一歩近づいて、

 ミラの前にしゃがんだ。


 自然に、目線が合う。


「これから」


「楽しいことも」


「無駄も」


「失敗も」


「全部、

  していいです」


「浪費も、

  含めて」


 ミラの顔が、みるみる赤くなる。


 視線が泳いで、

 それから、頷いた。


「……はい」


「素直すぎて、

  危ないわね」


「何がです?」


「人生が」


 次は、家。


 扉を開けると、木の香りが広がる。


「……新築の匂い」


「落ち着きます」


 一人暮らしにちょうどいい広さ。


 けれど。


「……」


「……」


「……また、

  キッチンでかい」


「本気ですね」


「本気です」


 食卓には、

  十人は座れるテーブル。


「誰呼ぶの?」


「……パンです」


「パン呼ぶの?」


「パンが来ます」


「意味わかんない」


 試作のパンが、並ぶ。


 丸い。

 表面は、少しだけ硬そうで、

 割ると、中はふわっと白い。


「……」


 レオンが、手に取る。


 ちぎる。

 音が、小さく鳴る。


「……いただきます」


 一口。


 少し、間。


「……」


「……どう?」


 ミラが、緊張して見つめる。


「毎日、

  食卓に出てくる味です」


「……!」


「派手ではありません」


「でも、

  なくなると困ります」


 セレナも頷く。


「これ」


「気づいたら、

  一個なくなってるやつ」


「……よかった」


 ミラの声が、やわらぐ。


 肩の力が、抜けた。


 お腹いっぱいになって、

 三人でキッチンの広いテーブルに座る。


 横並び。

 真ん中に、レオン。


 ミラが、イスをレオンのほうへ少し寄せる。


 きぃ、と床が鳴った。


 横並びの距離が、指一本分だけ縮まる。


 ミラは、そのまま、

 レオンの袖を、ちょんと掴んだ。


「……このままで、いいですか?」


 小さな声。


「はい」


 即答だった。


 レオンは特に気にした様子もなく、

 そのまま姿勢を整えただけだった。


 セレナが、二人を見比べる。


「……ねえ」


「今のやり取り、

  誰も“近い”って思ってないの?」


「……?」


「そこよ」


 セレナは、肩を落とした。


「もういいわ」


 くだらない話が、始まる。


 村の噂。

 パンの名前。

 売れ残ったらどうするか。


 笑い声が、重なる。


 ミラが、はっきり笑った。


 この場所で、

 この三人で。


 日常は、ちゃんと続いていた。

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