第12話 王都からの通達
ヴァルド村の診療所。
昼前の、いちばん静かな時間だった。
窓は開いていて、草の匂いが入ってくる。
診察台は空。
三人とも、同じ空間にいる。
「……今日は、平和ですね」
帳簿を閉じながら、レオン。
「昨日が来すぎだっただけじゃない?」
包帯を畳みながら、セレナ。
「村の人、極端だから」
「まとめて壊れて、まとめて治ります」
「言い方」
ミラは診察台の端に腰掛けて、二人を見ていた。
「……こういう日、好きです」
「分かる?」
セレナが顔を上げる。
「何も起きない日」
「起きないのに、
ちゃんと生きてる感じがします」
「いい感覚だね」
「前線では、なかったので」
「そりゃそう」
セレナは即答した。
「前線は、
起きない=死ぬ前触れだから」
ミラは小さく笑って、足をぶらぶらさせた。
「診療所、楽しいです」
「楽しいって言われる職場、
珍しいですね」
「三人でいるからじゃないですか?」
一瞬、空気が止まる。
「……まあ」
セレナが肩をすくめる。
「それは、ある」
そのときだった。
――コン、コン。
ノック。
「どうぞ」
レオンが、いつもの声で言う。
扉が開いた。
入ってきたのは、
村の人間ではなかった。
きっちりした外套。
王都式の靴。
胸元の徽章。
ミラの指先が、わずかに震えた。
「英雄医レオン・グラハム。
並びに、
元第八騎士団団長セレナ・ヴァレンティス」
「王都・管理局です」
封筒が机に置かれる。
「正式命令です。
第八騎士団、再編。
両名、復帰してください」
ミラの手が、ぎゅっと握られた。
「……私たちには」
セレナが一歩、前に出る。
「もう、
守るものがあります」
「それは
“守る”とは言いません」
管理局員は即答した。
「村人。数十人。
代わりはいくらでもいる」
「あなた方が守るべきは、
ここではない」
「戦場です」
ミラの視界が揺れた。
(また……
奪うんだ)
その瞬間。
椅子が、静かに鳴った。
レオンが、立ち上がった。
「――簡単な話をしましょう」
声は低く、落ち着いている。
「あなたは今、
“多いほうが正しい”と言いました」
「ええ」
「でも、それは」
一拍。
「人を、
数字で見ているだけです」
「合理的です」
「いいえ」
短く。
「危険です」
管理局員が眉をひそめる。
「第八騎士団が、
なぜ強かったか分かりますか」
「戦果が――」
「違います」
即座に切る。
「壊れなかったからです」
「誰も、
壊れない配置で戦っていた」
「それを作っていたのが、
第八騎士団です」
一歩、前へ。
「あなた方は、
英雄を前線に戻せば
問題が解決すると思っている」
「ですが」
声が、少し低くなる。
「それは
“先延ばし”です」
「英雄を壊して、
時間を稼いでいるだけだ」
管理局員が言い返す。
「理想論だ」
「前線では、
そんな余裕は――」
「あります」
即答。
「第八騎士団では、
常にありました」
「壊れない戦場は、
実在した」
「あなた方が、
見ようとしなかっただけです」
一瞬の沈黙。
「……あなたは、
何を守っているつもりだ!」
「ここです」
レオンは診療所を示した。
「腰を痛めた老人。
包丁で指を切った人。
熱を出した子ども」
「その“数十人”が」
ゆっくり、続ける。
「ここに医師がいなければ、
死ぬ可能性がある」
「その命は、
戦場の命より軽いんですか」
「……」
「僕は、
“救える命を捨てて、
別の命を取りに行く”
という判断はしません」
「それは、
医師ではない」
封筒を見る。
「それに」
静かに。
「僕たちは、
もう一度壊れるために
生きてきたわけじゃない」
「英雄は」
一拍。
「使い潰す道具ではありません」
そして。
封筒を破った。
紙が、空に舞う。
「お帰りください」
管理局員は歯を食いしばる。
「……また来ることになるでしょう」
そう言って、出ていった。
扉が閉まる。
次の瞬間。
「……っ」
ミラがセレナに抱きついた。
「よかった……
本当に……
二人が、
いなくならなくて……」
声が震える。
セレナはそのまま膝をついた。
「あー……」
力が抜けた声。
「ほんと、
よかった……」
ミラを抱き返す。
レオンは、その様子を見てから言った。
「……お茶、
淹れますね」
「甘いやつ」
「今は、
許します」
「砂糖、
多めですね」
湯を沸かす音。
張りつめていた空気が、
少しずつ、
日常に戻っていく。
「……診療所」
ミラが言う。
「続きますね」
「ええ」
レオンは即答した。
当たり前のように。
それが、
第八騎士団の選んだ場所だった。




