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第11話 セレナ&レオンの家に行くミラ

 ヴァルド村の宿の部屋は、相変わらず簡素だった。


 木の床に、ベッドと机と椅子が一つ。

 小さな窓から、村の通りが見える。


 ミラは、ベッドの縁に腰掛けていた。


 外では、夕飯の匂いが漂い始めている。

 誰かが笑って、誰かが呼び合っている声が、薄い壁越しに聞こえた。


「……」


 ミラは、膝の上で手を組み直す。


 診療所を出てから、少し時間が経っている。

 さっきまで、行くかどうかを迷っていた。


 ――二人の家。


 レオンとセレナの家だ。


 誘われたとき、ミラは即答していた。


「行きます」


 そう言った瞬間のことを、思い出す。


(……なんで、あんなに即答したんだろ)


 断る理由はなかった。

 でも、即答するほどの理由も、はっきりとはなかった。


 なのに。


 胸の奥が、落ち着かない。


 ミラは立ち上がり、鏡の前に立つ。

 何度も自分の髪型と服装を確認してしまう。

 

「大丈夫よね?」


 黒髪のボブ。

 戦場の頃と変わらない髪型。


 服も、いつも通りだ。

 特別でもない。

 膝丈のスカートは濃い色で、布は薄すぎず、歩くたびにひざ下で小さく揺れる。

 袖口も襟元も整っていて、だらしなく見える要素がない。

 動きにくい服ではないのに、「楽だからこれにした」という感じもしなかった。


「……別に」


 誰に言うでもなく、呟く。


「診療所の人の家に行くだけ」


 言葉にすると、それだけのことだ。


 でも、視線が自然と逸れる。


 レオンの声。

 治療のときの、落ち着いた手。

 前線で、肩に触れたあの一瞬。


 ――思い出さないつもりだったのに。


 ミラは、軽く首を振る。


「……行くだけ」


 そう言い聞かせて、外套を羽織った。


 部屋を出る前、少しだけ立ち止まる。


 剣は、部屋の隅に立てかけたままだ。


「……」


 一瞬、視線が行く。


 でも、手は伸ばさない。


 そのまま、扉を開けた。


 宿の廊下は、静かだった。

 階段を降りると、女主人が声をかけてくる。


「お出かけかい?」


「はい」


「夕飯、いらない?」


「はい、食べに行くので」


 女主人はにこりと笑った。


「ゆっくりしておいで」


 外に出ると、夜の空気がひんやりしている。


 村の灯りが、ぽつぽつと灯り始めていた。


 丘の上を見上げると、

 二人の家の窓に、明かりが見える。


「……」


 それだけで、足が自然と前に出た。


(行くだけ)


(話すだけ)


 そう思いながら。


 でも、胸の奥では、

 少しだけ、別の音がしていた。



 夜、ミラはヴァルド村の宿を出て、丘の上の家へ向かった。

 レオンとセレナが暮らしている家だ。


 診療所とは別に建てた、二人の住まい。

 夜でも窓に灯りがついていて、遠くからでもすぐ分かる。


「……あ、ついてる」


 それだけで、足が少し軽くなる。


 扉をノックすると、すぐに中から声がした。


「どうぞー」


 セレナの声だ。


「お邪魔します」


 ミラがそう言って扉を開けると、暖かい空気が流れてきた。

 居間の中央に、小さなテーブル。

 その奥に、見覚えのあるソファが置いてある。


 2.5人掛けの、少し古いソファ。


「それ、王都から持ってきたって言ってたやつですよね?」


 ミラが思わず言うと、セレナが振り返った。


「そうそう。どうしても持ってきたくて」


「……思い出、ですよね」


「うん。戦場から戻ると、だいたいここに転がってた」


「転がってた、は言い過ぎです」


 台所側から、レオンの声が飛んでくる。


「事実でしょ」


「半分くらいは」


 そのやりとりを聞いて、ミラは思わず小さく笑った。

 二人の会話は、軽くて、慣れていて、遠慮がない。


(……この人たち、本当に長いんだ)


 そう思っていると、セレナがソファをぽんぽんと叩いた。


「座って。真ん中、空いてるよ」


「いいんですか?」


「いいに決まってるでしょ」


 ミラは一瞬だけ迷ってから、二人の間に腰を下ろした。


 ……近い。


 左右に、人がいる距離。

 しかもこのソファ、思っていたより柔らかい。


 少し体重を預けると、自然と距離が詰まる。


 レオンの肩が、触れた。


「……っ」


 ほんの一瞬。

 でも、確かに触れた。


「寒いですか?」


 レオンが、何でもない調子で言った。


「い、いえっ」


 ミラは慌てて背筋を伸ばす。

 その動きで、今度は逆側――セレナの腕に触れた。


「そんなに固くならなくていいよ」


 セレナが笑う。


「このソファ、もともと距離近くなるやつだから」


「そうなんですか……?」


「そう。ほら」


 セレナがわざと体をずらすと、

 ミラは自然に、またレオンの方へ寄ってしまった。


 今度は、肩だけじゃない。

 腕の側面が、ほぼ触れている。


 レオンは気にしていないらしく、普通に話を続ける。


「家の建築、順調みたいですね」


「は、はい」


「基礎ができたって聞きました」


「……見てくださったんですか?」


「通り道なので」


 それだけ。

 それだけなのに、胸の奥が落ち着かない。


 ミラは、少しだけ――ほんの少しだけ、体を寄せた。


「……」


「ミラは、くっつくのが好きなんですか?」


 レオンが、首を傾げて言った。


 悪気は、まったくない。


「ちょっと、レオン!」


 即座に、セレナが声を上げる。


「そういうの聞かない!」


 ぐい、と二人の間に手を入れて、距離を広げる。


「はいはい、失礼しました」


 レオンは素直に引いた。


 ……のに。


 少し間を置いて。


 ミラは、またそっと体を寄せた。


「……」


 今度は何も言わない。


 セレナは一瞬だけこちらを見て、ため息をついた。


「……まあ」


 セレナは小さく肩をすくめる。


「いつものことだし」


「?」


「今日はミラの日、ってことで」


「?」

 

 セレナは飽きれた声で言う。

 レオンはよく分かっていない顔をしている。


 ミラは、何も言えなかった。

 ただ、胸の奥が静かにざわついている。


「……あの」


 勇気を出して、聞いた。


「お二人って……一緒に住んでますけど」


「うん」


 セレナが即答する。


「どういう……関係なんですか?」


 一瞬の沈黙。


「親友で、相棒ですね」


 レオンが、いつもの調子で言った。


「孤児院の頃から、ずっと一緒だったので」


「……それだけ?」


「それだけです」

「それだけ」


 ミラは、ゆっくり息を吐いた。


(……そっか)


 ソファに座りながら、

 二人の歴史の真ん中に座っている感覚。


 でも――

 そこに、少しだけ空きがある気もした。


 ミラは、何も言わず、また少しだけレオンの方へ寄った。


 レオンは、やっぱり気づかない。


 それが、今夜の距離だった。


「料理、できたと思うので見てきます、

       ……あ、そろそろ出来ますよ!」


 ソファの向こう、台所からレオンの声がした。


「ほんと? じゃあ私は運ぶ係ね」


 セレナが立ち上がる。


「ミラ、手伝える?」


「は、はい」


 三人で台所に向かう。

 狭いけれど、よく使われている場所だと一目で分かる。


 鍋の中から、湯気が立ち上っている。

 野菜の匂いがして、少しだけ香草の香りが混じる。


「すごい……」


 ミラが思わず言うと、


「大したものじゃないですよ」


 レオンはそう言いながら、慣れた手つきで皿に盛りつける。


「レオンは料理だけは昔からできるのよ」


「“だけ”は余計です」


「他の家事は私がやってる!

         事実でしょっ」


 そのやりとりを聞いて、ミラは小さく笑った。


 三人分の皿が、テーブルに並ぶ。

 特別な料理ではない。けれど、きちんとした夕食だ。


「どうぞ」


「いただきます」


 声が重なる。


 一口食べて、ミラは少しだけ目を見開いた。


「……おいしいです」


「それはよかったです」


 レオンはいつもの調子で言う。

 それだけなのに、胸の奥が、少し温かくなる。


 セレナはその様子を横目で見て、何も言わずに食べ続けた。


 皿の音。

 箸の音。

 会話は多くない。


 でも、沈黙は重くない。


 ミラは思った。


 ここは、

 戦場でも、宿でもない。


 誰かの役割でもない。


 ただ、

 一緒に食事をする場所だ。

 選ばなくていい時間。

 

 それが、

   なによりもこの空間を暖めていた。 


 三人で、最後まで、静かに食べ終えた。

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