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第1話 当たり前の毎日

 その日は、朝から誰も来なかった。


 扉を開け、窓を開け、掃除をして、

 それでも診療所は静かなままだった。


「今日、誰も来ないね」


 セレナが椅子を拭きながら言う。


「そうですね」


 レオンは机の上で帳簿を揃えている。


「昨日、来すぎたのかな」


「村の人は、そういうところがありますから」


「まとめて体調崩して、まとめて元気になる」


「便利ですね」


「ほんとに」


 セレナは布を畳んで、棚にしまう。


「暇すぎて、逆に落ち着かない」


「慣れますよ」


「慣れたくないかも」


 昼前になっても、扉は開かない。


 外から、子どもの声だけが聞こえる。


「……ねえ」


「しーっ」


 小さな影が、窓の外を横切った。


 しばらくして、また影。


「見てるね」


 セレナが笑う。


「見てますね」


「入ってくればいいのに」


「緊張しているんでしょう」


「診療所なのに?」


「診療所だから、かもしれません」


 その直後、

 ガラス越しに、顔が現れた。


 子どもだ。

 まだ小さい。


 目が合った。


 子どもは、固まったまま動かない。


「……どうしよう」


 セレナが小声で言う。


「手、振ってみますか」


「やってみる」


 セレナが、ゆっくり手を振る。


 子どもは一瞬迷ってから、

 ものすごく小さく手を振り返した。


 すぐに、隠れる。


「かわいい」


「ですね」


「来ないかな」


「今日は、来ないかもしれません」


「それもいいか」


 昼を過ぎる。


 結局、扉は一度も開かなかった。


「今日は完全に休みだね」


「そうなりますね」


「こういう日も、必要だと思う?」


「ええ」


 レオンは答える。


「何も起きない日があるから、

 来たときに、ちゃんと診られます」


「まじめだね」


「医師ですから」


「はいはい」


 セレナは笑って、湯を沸かす。


「お茶、飲む?」


「いただきます」


 外では、子どもたちの声が遠ざかっていく。


 診療所の中は、変わらず静かだ。


 誰も来ない。


 何も起きない。


 それでも、

 扉は開いている。

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