above sky
子どもが親を選んで産まれてくるというエゴをまるで信じる馬鹿がこの世にいるらしい。
もしもそんな愉快でファンタスティックな制度があるとしたら、最低でも実子を殴り殺すやつなんざ選択肢として外すべきだろう。しかし、偽善者らはいざとなれば「不遇とは前世の業」「試練」「宿命」などとのたまいかねない。
ディス・イズ・エゴイスティックロジック──確固たる意見を持つ輩の十字架をへし折るのは神にだってできない。
故に、俺が母親に日夜タバコを押しつけられたのも、父親に椅子でぶん殴られておっちんだのも自業自得ということなのだ。
¶
「オーマイガー! ホワッ! オー、チャーリーチャーリー、ウェルカムバック、ラブミーラブユー、ナイストゥミーチュー、アンドユー?」
目が覚めると知らないおっさんがいた。
「……は?」
「オー、チャーリーチャーリー、オゲンキデスタカー」
「いや誰だし」
「オーノー! ヒー、フォゲット! ハーハーハーハーハー!」
急に腹を抱えて笑い出したおっさんを無視して俺は辺りを見渡す。
辺りは一面、真っ白な空間だった。
「あー……ウェアアムアイ?」
「ココハテンゴクデース」
「天国?」
「ソウデース。オカエリナサイデース」
「これが夢でないと証明するか、またはこの世界について説明してくれ」
「イエスイエス、ドントコイ、チャーリー」
おっさん曰く。
ここは天国である。天国には神様が住んでいる。僕も私も君もあなたも神様です、つまりここが俺の実家。
「何を言っているんだ」
「イズレオモイダシマース、チャーリー」
「チャーリーってのは俺のことか?」
「イエース、ザッツライト!」
「……とりあえず、天国ってもんを観光してみる」
「ザッツグッド! イテラシャーイ」
おっさんに見送られながら歩き出した。少しぶらついてみたら何かわかるかもしれない。
さて、ここが天国という証拠はないが、納得はすぐに得られた。なんにもない。およそ現世であって然るべき物体──否、モノそのものが一切存在しないのだ。輪郭すらも。
「おお、チャリ公帰ってきてたか。お疲れさん。どだった、下界は?」
と、思いきや人影が。
近づけば、一人の男が何をするでもなくぼーっと座っていた。
「ん? ああ、まだ記憶戻ってないのか。あるある、帰ってきたばっかってそんな感じだよな」
「俺の名前はここではチャーリーのようだな」
「ああそうよ。改名したけりゃ好きにすればいい。俺はジョンで通ってる」
「テーマがよくわからない夢だ」
「胡蝶の夢、一炊の夢、それらもまた仮説という名の夢ってな。アレックスには会ったか?」
「アレックス?」
「まあいいさ。どれ、乾杯しようにもここにはグラスもワインもない。また理論値しりとりでもするか?」
「いや、いい。とにかく寝かせてくれ。俺はどうも疲れているみたいなんだ」
「そうだな、お前さんは今度どえらい転生先を選んでいたようだから」
「転生先?」
「寝るんじゃねえのか?」
「……」
「すねんなよ。話すって」
転生についてジョンは解説した。
この世界、つまり天国は何もなくて退屈だ。下界では生物が『死』という有限を持って暮らしている。ならば我々も、たまの旅行で下界に下りて現地の生物として『生』をエンジョイしよう。
生きることそのものが神々の娯楽なのだと。
「つっても生きるのもそれはそれで面倒だから、俺はこうして天国でぼーっとするほうが性に合ってるというわけだ」
「俺が今さっきまで親父にぶん殴られていた世界は単なる旅行先、と」
「そういうこったな」
「俺は自らあのクソ親のもとに生まれるのを選んだ、と」
「そういうこったな」
「ふざけるな」
俺は耳を塞いだ。ジョンからとっとと離れ、再び白い虚無の道を延々と歩いて白い地べたに寝っ転がった。
目をつむれど、睡魔は一向に訪れない。
¶
「この世界は無限か? 有限か?」
「それを証明することは俺には無理だな。Fの七」
「オーウ! ヤラレマシタ! ハーハーハー!」
ジョンとアレックスが脳内オセロをする傍らで俺は二人に質問している。
天国には物資という物資、物質という物質が皆無なので、遊ぶにも思考以外のおもちゃは存在しない。肉体はデフォルメされた幻想であり、俺が最近その名を思い出したアレックスも、俺自身が認識しやすいようにおっさんというラベリングをしているだけだった。
そう、俺は段々と思い出していた──長い間ここにいたことを。俺を殴り殺した腐った世界など、刹那に思えるくらいの。
「まったく、天国といったらもっと素晴らしい場所かと思っていたが。こんな退廃した世界だったとはな」
「退廃はしているかもしれんが、思考は停止していない。ときに、こんな話を知っているか? タイトル、無限ホテル」
「ヒルベルトだろ」
「イエース、パラドークス!」
二人分の即答にジョンは肩を落とす。
「話が早いとつまらんよ。まあ、ちと説明させとくれ。無限ホテルには無限に部屋がある。ある日、一人の新たな客がやってきた」
「受話器を取ったフロントはすべての部屋にこう伝える。『お客様、お隣のお部屋にご移動願います』」
「一号室のオキャクサンは二号室、二号室のオキャクサンは三号室へ!」
「お前ら本当につまらないな」
「もったいぶるな。何が言いたいんだ?」
「つまり俺が言いたいのは、永遠にも起点はあるということだ」
ジョンは、もし身体があったのなら人差し指を立てていただろう口調で──否、声という観念も、だから実在はしないのだが。
「俺たちがここ天国に存在して、もしくは天国が俺たちの認識内に存在してから何年、何十年何千年何兆年経ったかわからない」
「セツナカモシレマセーン!」
「しかし、存在しているということは、少なくとも『いつか』からこの暮らしが始まったということだ」
「終わりはなくても始まりはある、か」
「いや、それもまあ確たる保証はないんだ。ウロボロスだかメビウスよろしく、時間が循環していないとも限らない」
「つまり俺らは昨日もこんな会話をしていて、明日も今日の会話をすっぽり忘れてオセロをしているってわけか」
「オーノー! アイム、フォーエバールーザー!」
「可能性としてはありうるだろうが、そんな短いスパンでもなかろうよ。現に、お前さんが取り戻した記憶でアレックスの名を呼ぶまでにかかったのは、下界の日数で一日、二日ではなかった」
「世界五分前仮説をご存じで?」
「それ言っちゃ始まらんよ」
「始まりはあるんじゃねえのか?」
「おいおい、言うねえ」
「ノー! ケンカ、ゴハット。ウィーアーフレンド!」
ジョンと俺の仲を取り持つアレックス。こいつのおかげで、この永遠にも似た世界を平和に過ごせているのかもしれない。
ジョンはやれやれ、とかぶりを振る雰囲気で主張する。
「俺たちが実在することはない。肉体がなければ何かを証明するのも嗜好以外の何にもならない。実利も経済も生まれない」
「ウィーアーゴッド! ビコーズウィーキャントドゥエニシング!」
「そういうこった」
寒くもない。腹も減らない。眠くもならない。
──永遠に安寧の世界。
「脳内オセロ第九八三一四回戦、チャリ公、次はお前が相手しろ。手加減ナシ、本気勝負でいこうぜ」
「ああ」
それでも俺は、現世に戻りたいとは思わない。
¶
何千年、何万年経った。
あるいは刹那か。
俺はこの世界に、真っ白であってそれ以外は何も実在しない天国に、飽き飽きしてきていた。
「なあ、ジョン」
「どうしたチャリ公」
「時間って、なんのためにあるんだ?」
「それを認識したいと思うか、だ」
「……俺は」
疲れることもなく。
楽しむこともなく。
悲しむことも、怒り狂うことも、嘆くことさえも。
「俺は、終わりを知りたい」
「どうしようもないのか?」
「ああ。どうしようも」
「そうか。では、しばらく」
「ああ……」
¶
ぼくのままはぼくがしってるときからいないチャーリーとジョンとアレックスはくまとうさぎとあひるいえにかえってぎゅうしたらぼかんてなってぼくのてとかおとおなかとっていったかみさまはいないぼくのなかのかみさま




