青春タイムリーパー
「ルイスさま、こちらを」
「ありがとう」
お母様と別れ、僕たちはテラスにいた。
朝の続きとばかりにシイナお勧めのお茶、俗に言う緑茶を飲みながら一息つく。
何だかんだ日本人だった記憶の関係で、緑茶が一番安心する。
「ルイス様、ありがとうございました」
「なんのこと?」
シイナはかしこまった武士モードで僕にお礼を言った。
そして僕には思い当たる節は…あるにはあった。失態で全て上書きされたけど。
「ルイス様が止めに入っていなければ私は奥様を脅してでも止めるところでした」
「脅すだけのつもりだったんだ…」
てっきり僕は殺人にまで発展すると思っていただけに申し訳ない気持ちになってしまう。
なんというかシイナを信用していないというか…、ゲーム脳だったというか…。
そうだよね、普通はいきなり殺人にまでは発展しないよね、早合点が過ぎる。
「ですがルイス様のおかげで奥様と仲違いすることなく、円満に全て収まりました」
「嬉しいんだけどあんまり僕のおかげって言うの辞めてくれない?すごく恥ずかしいから」
カッコよく間に入って仲裁できていたのなら僕も自信をもって評価を受け入れていたが…実際はただ転んだだけなわけで。
持ち上げられる度に黒歴史を掘り返されているようないたたまれない心境になってしまう。
「それでもです。あの時止めに入ろうとしてくれた、その姿勢…私はとても嬉しいんです。
…今までのルイス様なら奥様を失望しただけでしたので」
「…」
ルイスの心は確かにそうしていた。愛情を失い、他人のように。
きっとお母様をシイナが脅したところを見ても決して心が動くことはなかっただろう。
それどころか、もしシイナがお母様を殺したとしても、きっと…。
「ルイス様、あの時の言葉、訂正させてください」
「あの時の言葉?」
僕は何のことかわからず小首をかしげた。
「もしルイス様が悪の道を踏み出した場合の話です」
「あぁ…」
悪の道を踏み出したらシイナの手で首を切られる、そういう話だった。
それがシイナの価値観であり忠義の在り方。とても立派な考え方だと思った。
「もしルイス様が悪の道に踏み出したら…出来る限りの対話を試みます。
出来る限りお考えを理解し、汲み取り、解釈し―――それでもわからなくても私は貴方に尽くします。
ルイス様が悪の道に染まるというのなら、きっと私には理解できない理由があるのでしょうから」
「シイナ…」
ゲーム世界のシイナが同じ理由でルイスに従っていたのかはわからない。
だけど、あっちの世界のシイナも、相応の理由と覚悟を持って人類に敵対していたに違いない。
シイナからの全幅の信頼は素直に嬉しいのだけども。
(これでただカッコ良く死にたいからなんてとても言えない…)
シイナは過剰に持ち上げてくれたものの、大義名分なんてありやしない。
それだけに少々申し訳なさを感じてしまう。
「ありがとうシイナ。いつか君の力を貸してもらうよ」
「わかりました、ルイスさま」
シイナは柔和な笑みを零した。
「それではルイスさまハグをしましょう。はいむぎゅっと」
「むぎゅっと!?ほどほどにしてよ!!」
強引に抱き寄せられる。頭にはシイナの豊満なモノと、そして相変わらずメイド服の下に隠された日本刀の感触で何とも言えない気持ちにはなる。
シイナも反省してか今朝みたいに骨を砕いてくるようなことはなかった。
(気持ちとしてはゴールデンレトリバーなんだよなぁ)
前世で友人宅で飼われていた子を思い出す。
遊びに行く度に押し倒されては顔を舐められてたんだよなぁ…。
…うん、懐かしい。平常心平常心。
こうしてシイナがゆるふわメイドでいられるのは、なんだかなんだ僕の選択が正しかったということなのだろう。
僕がこの世界に転生した理由――もしかしたら、これだったのかもしれない。
ゲームの中では、シイナはお母様を脅し、ルイスはただ静観していた。
彼女が今も登場しているということは、処罰はされなかったのだろう。
でも、主に刃を向けた使用人を雇い続けるとは思えない。
きっと展開は変わった。意図せずに。でも、それでいい。
シイナとお母様が笑っていられるなら――もう、元のシナリオに従う必要なんてない。
「シイナ、今夜は私の部屋で恋バナしましょう!!あと枕投げも。
使用人たちを集めて貰えるかしら?」
「お母さま!?」
「ふふっ、奥様はしゃぎすぎですよ。ですが楽しそうで何よりです。
不肖シイナ、消灯時間に見回る教官をやらせて頂きます」
「シイナ!?」
「人生楽しくなってきたわね。
この調子でどんどん青春を取り戻していくわ!!」
お母様はまるで子供のように―――いや精神年齢が中学生男子レベルに…。
いや実際見た目がお若いから高校生ぐらいなら見えなくも…。
『青春タイムリーパー。アリシア=ストレイ』
人生2度目の青春を謳歌中。
……うん、やっぱり僕の知っていた原作とは、もう違うようだ。
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