ゆるふわメイドとサムライスピリット
僕の「もし魔王軍作ったら仲間になってくれる?」という何とも悪質極まりない問いに、シイナは落ち着いた様子でティーカップを僕の前に差し出しながら答えた。
「もしそうなれば―――ルイス様を殺して私も腹を切ります」
「サムライなの!?」
抑揚無くシイナは当たり前の用にそう宣言した。瞳は見えないけど多分ハイライトが消えている。
あといつの間にか左手に日本刀を持っているし、差し出されたカップには薄緑色の液体が注がれてる。えっ、なに、すり替えマジック?
僕が困惑しているとシイナは続けた。
「もし主人が間違った道へ進むなら、それを正すのも従者の使命と心得ています。
ルイス様の名誉を守る為、悪評が広がるより前に私自身が処理させて頂きます。その後私共一族全員の命をもって償わせて頂きます」
「一族全員の命をもって!?」
「当然ございます」
キリィーーーィっと金属が擦り滑る音が聞こえる。ゆっくり、長く、長く、長く、永遠と呼べるほどにその甲高い音が静寂な屋敷に響き渡る。
怖くて音の鳴る方を見ることが出来ない。だが何が行われているか否応なしに想像を掻き立てられてしまう。
ていうかどうしてシイナは日本刀を持っているのさ、ここ西洋ヨーロッパ風の世界観だよ!!日本刀なんて武器、魔王城の奥地でしかドロップしなかったよ!!
「じょっ、冗談だよ!!例えばの話!!」
「ごめんなさいルイスさま。つい育て方を間違えたのかと先走ってしまって…」
シュッと納刀された真剣はシイナのメイド服の袖に入れられるとどういう原理で格納されたのか、形が浮き上がることなく消えてしまった。魔法を使った様子もない。当然今の状況で「どうやったの?」なんて聞く勇気は僕にはなかった。
僕は緊張を誤魔化すように容易された薄緑色の液体に口を付ける。想像していた通り緑茶だった。
中世ヨーロッパ世界観でどうして緑茶?という疑問は残るものの、シイナの私物とのことだったので日本刀含めてそういう趣味なのだろう。…せっかくなら本場ヨーロッパの紅茶というものを飲んでみたかったという気持ちはなくはないが。
あとは「美味しかった」と感想を言いシイナに緑茶について質問を2、3度行えばきっと話題は逸れてくれる。そう思い僕はティーカップをテーブルに付けた。その瞬間だった―――
「どうしてルイス様はそんなことを尋ねられたのですか―――」
「ひっ!?」
シイナの冷淡な声色。僕は思い知った。作中音声がなかったけど絶対魔王軍時代のシイナはこういう声色だったと。この声なら人を殺せると。
ヤバイヤバイヤバイ。2度目の人生は死ぬことから―――なんて言っていたけど今ここで死ぬのは違う。そんな人生嫌だ。ていうか転生したその日に死ぬとかリスキルもいい所だ!!
「ちっ、ちがうよ!!何かやましいことをしようとしているとかじゃないの!!
今後ストレイ家とは違う、会社みたいな大きな組織を持ってみたいなって思って!!
それこそまるで魔王軍!!みたいな比喩だよ!!」
「まぁ、そうだったのですね。流石ルイスさま、この年でそんな大きな野望を持っていたなんて」
シイナは両手を合わせて「まぁ!まぁ!」嬉しそうに笑みを零した。
大丈夫、嘘は言ってない、嘘は。
「それはそれは。実家に頼らない姿勢、とても良い心がけだとシイナは思います。
ルイスさまもいつの間にかそんなことまで考えられるようになるとは…。男子三日会わざれば刮目してみよ、とはよく言ったものですね」
「さっきからシイナ、妙に日本文化に染まってるね!?」
実際昨晩と比べて三日どころか十数年の成長を遂げたわけだけど…言うわけにはいかないだろう。
「でしたら先程の悪の組織?の質問は何だったのですか?
もしかしてやはり悪いことを…」
「ちっ、違うよ!!むしろ逆で今後僕が道を踏み外した時にシイナがちゃんと止めてくれるか確認してくて…ちら」
まるでそんなことは考えていなかった。というよりシイナが居なければ思いっきり正道の道を踏み切り線にして90度の角度から走り幅跳びをするつもりだった…なんてことは当然言えない。
気持ちとしてはかつて親に宿題をやっていない言い訳をしたときのような心境だった。罪悪感を覚えつつも認めるわけにはいかない。いや今回はホントに命がないから認めるわけにはいかないんだけど…。
僕はチラっとシイナの方を横目でみた。すると―――
「ざ ず が ル゛ イ゛ ス゛ ざ ま で ず」
「うわぁ…」
シイナは号泣すながら僕を抱きしめた。まさかここまで感動されるとは…罪悪感が凄い…。
「ルイスさまがそこまで私の事を信じてくれていたなんて…。不肖シイナ、一生ルイスさまにお仕えさせて頂きます!!
主の為ならこの命、いつもで投げ捨てる覚悟でございます!!」
「重いよ!!二つの意味で!!!」
既に僕の足はシイナとの二人分の重力を支えている状況だった。
シイナの豊満な部位と女性特有の脳を溶かすような甘い香りが僕の鼻孔を刺激する。
よく今までルイスは性癖を歪められなかったなと感心する。
いやもしかすればゲーム内のルイスの性癖は…なんて現実逃避をしていた。
だがいくら僕が思考や妄想に逃げようとしても、否応なしに現実が事実を突き立ててくる。
僕の顔に押し当てられたソレの存在。僕はいい加減その存在を直視しないといけないだろう。
そうシイナの胸――――に挟まれるような形で確かに存在している長細い棒。僕が動くたびに刀身が左右に動いている。胸の間から右足に伸びる形でシイナの日本刀の形を確かに感じていた。いやもうそれはもう、勢いよく押し当てられているわけで…。
(あぁ、日本刀…そんなところに隠していたんだ…)
僕は一つ確かな知識を得ながら―――倒れた。うん、気絶。
「ルイスさま!?」
転生して初めて知ったことは、日本刀は鞘ごしでも勢いよく顔面で受ければ気を失う程痛いということだった。
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