厄者と災厄
「覚醒石!」
紅い輝きを放っているその宝石のような物体に、アリスは目を輝かせながら見つめ感嘆した。
その反応にイニティウムはにやりと口元を動かすと、覚醒石を手に持ちサイト達に見せつつ口を開いていく。
「この覚醒石は、勇気の証とも言われている代物。所有者の事は勇者って皆が呼んでいるな」
「勇者……何か、納得する響きですね。私を助けた時のサイト君の姿は、正に勇気ある者って感じでしたから」
「ははっ……」
褒めるアリスに対し、サイトは。
苦々しげな顔で、乾いた笑いを起こしていた。
そんな彼の変化に気付きつつも、イニティウムは話を優先させていく。
「それでだ。この覚醒石と同じくらいに大切なことを話した方がいいだろう。さっき言った、人類の敵と名乗っていた男と災厄についてだ」
その話題が出てきた瞬間、サイト達三人の顔が強張った。
空気はひりつく。
しかし、イニティウムは気にせずに話を再開する。
「五百年前、突如として災厄が現れて世界を蝕み始めた。『魔の時代』の始まりであり、それは現代でも終わってはいない。今でも、災厄の被害は絶え間なく出ているからな。その中でも特に目立っているのが、『厄者』だ。君達も、当然知っているだろう?」
イニティウムの問いに頷く一同。
彼は目を細めながら、真剣な面持ちで話を続ける。
「奴らは強力で、現時点では四体その姿が確認されている。そしてどの個体も、人類を破滅に導ける能力を持っている」
「……破滅に導く」
「あぁ。単純に破壊行動に特化した奴、村や都市に忍び込んで内部から崩壊させる奴。様々な手段で、奴らは俺たちを殺しにかかってきている」
イニティウムの発言にアリスは喉をごきゅりと鳴らし、冷や汗を垂らしながら聞き入っていた。
一方、サイトは悩まし気に眉根を寄せながら口元に手を当てつつ、耳をピンと立てていた。
その様子を見たハヤテが、サイトに声をかける。
「どうしたサイト?」
「いや、何でもないよ。イニティウムさん、続きお願い」
「なら、続きを話すぞ。その四体の厄者には名前が存在する。それぞれ――――」
ボーデンでの惨劇を引き起こすも魔女に討伐され、現在は封印状態にある『アンチ』
ラヴィーネで龍族との死闘を繰り広げ、敗北。しかし封印される直前に逃げ出し、以降その姿が確認されていない『メーディア』
ヒノモトに存在する妖という異形の者と手を組んで暴虐の限りを尽くしたが、こちらも現在は封印状態にある『ラセツ』
「そして、現状の中で特に警戒を強くしているのが、今から話す四体目の厄者。ラピステラ大陸のあらゆる場所で姿が確認され、勇者が何人か接敵し討伐しようとしたが返り討ちに合い死亡。そして今も消息が掴めていない『ガープ』。以上の四体が、分かっている厄者達だ」
イニティウムはそこで一度、区切りを付けるように息を小さく吐いた。
アリスとサイトの表情は、眉根を寄せながら、悩ましげ。
そんな中、アリスはおずおずと手を挙げながらイニティウムへと質問をしていく。
「あの、イニティウムさん。私達を襲ったアイツは人類の敵って自分で名乗ってたけど。厄者、何ですかね?」
彼女の問いに、イニティウムは悩まし気に顔を歪ませながらも返答する。
「……厄者について記された書物曰く、『人類に根付く負の感情』を好んでいると書かれていてな。であれば、奴らの根源である負の塊である災厄を絶たない限り、その四体以外にも新たな厄者が現れるのではないかという考察が為されていた」
「じゃ、じゃあ」
「考察の通り、厄者なのかもしれない。だから、警戒するに越したことはないだろう。それに君達を襲ったその厄者らしき者を回収した黒い靄と声も気にかかる」
そこでイニティウムは一息ついて、テーブルの上に置いてあったカップを手で持ちあげ口に運ぶ。
話を聞いていたアリスは黙り込み、何かを思案するように手を口元に当てていた。
サイトはサイトで、同じようにして黙り込んでいる。
しばらくして、アリスが視線をイニティウムに向けながら質問をした。
「イニティウムさん、また質問なんですけど。厄者に寿命ってあるんですか? 五百年も前からいるんだったら、もうとっくの昔に死んでるんじゃないかと思って」
「それについて結論を話すなら、奴らに寿命は無い。災厄が心臓代わりだからか、死んでも時間をかけて蘇生してきやがる。その対策として、封印の力をボーデンの歴代のギルド長が筆頭になって作り出して厄者を封印し、どうにか仮初めの平穏を生み出せてはいるけどな」
「……そう、なんですね」
立て続けに、イニティウムは話を続ける。
「そして、災厄についてなんだが……コイツの居場所はヴィシャスと呼ばれる土地に存在が確認されている」
彼の言葉に、アリスは質問を挟んだ。
「居場所が分かっているのなら、倒しに行ったりはしてないんですか?」
「……その事については、ヴィシャスには土地全体を守る様にして黒い結界が張られているんだ。触れようとしても、拒絶するかの様に痛みが走って弾かれてしまう」
「そんな……どうにか、ならないのかな」
そうして、また沈黙が部屋に染み渡っていく。
その空気の中を、イニティウムはピシャリと打ち消していくかのように声を出した。
「諦めるにはまだ早いさ。厄者達を倒し、ソイツらから災厄を守る障壁の解除方法を聞き出すなりなんなりすればいい。諦めなければ必ず、道は切り開ける。だから、俺達ギルドの最大の目標は災厄を倒す事、だな」
イニティウムの意志が固い声色に、サイト達は自然と身が引き締まる。
器の大きい、リーダーたり得る素質を持つ人物。その姿に、サイトはある人物を重ね合わせていた。
――――この人についていけば、強くなれるのかな?
そんな事を考えていると、ハヤテがそういえばと前置きをしてある話題を出す。
「夕食はまだ来ないのか? そこそこの時間が経っている筈だが」
「む、そういえば来ないな。ホーセズは仕事が早いはずなんだが……何か酒場で問題でも起こったのか?」
「大丈夫かな? 様子を見に行った方がいいんじゃないですか?」
ハヤテの言葉にイニティウムが反応し、訝しむように眉を曲げてそう口にする。
続けてアリスも反応し、心配そうな声色で提案をした。
そんな中、サイトが耳をピクリと動かして廊下に続く扉へと視線を向けた。
「待って、廊下から何か足音が聞こえる。なんだろう、慌ててる?」
サイトの警戒するような声色と発言に、アリス以外の全員が立ち上がり身構えた。
足音が徐々に他の者にも聞こえてくるほど大きくなってきて、警戒度は最高潮に高まる。
そして、扉が勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは人族の男性。
黒い刈り上げられた短髪に無精ひげが目立ち、顔の中央辺りに斜めの傷痕が付いている。
身なりは動きやすそうな旅人の服。
年季の入っていそうな腰に備え付けられている剣と鍛え上げられた筋肉はイニティウムにも負けず劣らずで、その強さが窺い知れる。
サイトとハヤテはその人物に視線を向けながら警戒し、アリスはソファの裏に隠れる。
しかしイニティウムはその顔を見た瞬間に警戒を解いたかと思うと、少々困ったような顔を男性に向けていた。
何故? とサイトが思った矢先に、その疑問は即座に解消されることとなる。
「開けた直後に随分なお出迎えじゃねぇか。どんな話をしてたんだぁ、ティム?」
「ガッツ、お前何でここにいるんだよ」
「酒場にちょいと用事があったんで来てみたら、お前も来てるってホーセズが言ってたんでな。酒を一緒に飲もうと思ったんだよ!」
その言葉に、サイトとハヤテは目を丸くさせガッツと呼ばれた人物の手元を見てみた。
するとそこには酒瓶が握られており、今から飲む気満々である。
アリスも空気が緩くなったのを感じたのか、隠れるのを止めた。
と、ガッツの後ろからホーセズもやってきた。
見ると料理を別の従業員らしき男性と共に運んできており、困り顔だ。
ホーセズは少々怒り気味にガッツへと声をかける。
「ガッツさんあんた、勝手に酒を持っていくんじゃないよぉ! ここには未成年もいるんですから!」
「未成年? って、おぉなんかいるな。兎獣人の小僧に人間の嬢ちゃん。あと、鳥?」
「ふー……とりあえずホーセズ。料理を置いて持ち場に戻ってくれると助かる。ツケは俺にしといてくれ」
額に手を当てながら指示を出すイニティウムに従い、テーブルの上にグラタンやパンや水などを置いたホーセズと従業員は去っていく。
イニティウムはそのまま、サイト達へとその男性の説明をする為に口を開いた。
「紹介をしておこう。こいつは『ガッツ・ブレイブ』という。俺のギルドでは主に、荒事を担当してくれている」
手で促されたガッツが、サイト達に満面の笑顔を向けながら手を差し出して挨拶をする。
「よろしくな!」
その手を握り返し、サイトも挨拶を返す。
「サイトです。こっちの鳥はハヤテって言って、僕の相棒です」
「ほーん、なる程ねぇ。んで、そっちの嬢ちゃんは?」
「あっ、私はその。ア、アリスです! よろしくお願いします!」
そうして挨拶を済ませ、四人と一匹は夕食を共にすることになった。
話の流れは、災厄関連に戻っていく。
「はー、なるほどなぁ。アリスも厄者の被害者だったわけだ。わりぃな、怖がらせちまった」
「そんなことは、ないですけど」
「隠さなくていい。しっかし、あれだな。こうなったらティム、こいつらギルドに引き入れた方がいいんじゃねぇか?」
その話題にサイト達は驚く。
イニティウムは嫌な顔をしながらため息を吐くと、サイト達の方を向き真剣な顔つきでこう言った。
「色々と話した後に言おうとしていたことだが……サイト、ハヤテ、そしてアリス。お前たちにギルド『不滅の物語』へ入ってもらおうと俺は思っている」