その力の名は
人気もかなり少なくなり、街灯が道を照らすようになった夜の都。
そんな都をイニティウムが先導し辿り着いた場所は、昼間にサイト達が訪れていた酒場『シリウス』。
そんな『シリウス』の雰囲気は、昼間とは違う。
騒がしさはそのままに、けれどその客層と様子は変化している。
「そこの貴方ぁ~? 一緒に飲みましょ~?」「へへっ、それじゃあ後で俺と一緒に……」
「……で、……の状態は……」「問題ない……それにこ……だから……」
「厄者がまた村を滅ぼしたって噂が流れてるぜ?」「まじかよ、ここは大丈夫だよな?」
大胆な格好をした女性が他の巨漢な男性を誘い。
サイト達のようにフードで顔を隠した怪しげな者が何かを話している。
それから、怯えを含んだ声色で噂話をする人も。
そんな人たちをちらりと横目で見つつサイト達は酒場内を歩いていき、カウンター近くで店員らしき人物と話しているイニティウムに追いついた。
「……んじゃホーセズ、案内頼む」
「了解だぜ、旦那。そいじゃお前さん達、ちょっとこっちに入ってきな」
話は既に済んでいた様で、カウンタードアを開けて二人を手招きするホーセズと呼ばれた店員。
怪しみつつも手招きに応じ、サイト達はカウンター内に入りそのまま奥へ続く通路に通される。
通路にはランタンがかけられていて、廊下をほの明るく照らしている。
しかし夜という時間帯に加えて光源はそのランタンしかないため、なんとも不気味な感覚が二人を襲っていた。
先を進むイニティウムとホーセズが特に何も喋らないのが、そんな不気味さを際立たせている。
そんな空気の中、廊下を案内をしていたホーセズが扉の前で立ち止まる。
様々な装飾がなされたその扉を開いたホーセズは、サイト達を部屋に招き入れるように一声かける。
「どうぞ、お入りください」
しかし、決め手があるわけではないが疑念や抵抗感からか、サイト達は部屋に入ろうとしない。
そんな様子を見たイニティウムが先に部屋に入ると、椅子に遠慮なくドカッと座る。
更に危険が無いという事を伝えるために、机も叩いて見せた。
「特に問題ないな。それよりも、歩いてばかりで疲れているだろ? ほら、早く座れ」
笑いかけながらごつい獣の手で招くイニティウムを見た二人は、ようやく部屋に足を踏み入れていった。
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イニティウムと対面するようにソファに座った二人へ、ホーセズが茶の入ったカップを差し出す。
「緊張、少しはほぐれたか?」
「あっ、はい。何とか」
「それなら良かった」
イニティウムはそう言うとカップの持ち手を握り、口元に運んで茶を啜っていく。
それに倣うように、サイト達も茶を啜る。
そして、イニティウムはホーセズへ料理を頼み退室させると。
改めて、自己紹介を初めていった。
「俺の今の見た目は狼なんだが、実は人族にも姿を変えることが出来るんだ。『半人半獣』ってやつだな」
「半人半獣って……珍しいですね。あまり見ないですから」
「あぁ。その中でも俺は、人族時と獣族時を切り替えられるんだ」
そう言いながら、イニティウムは何やら丸い月の形をしたペンダントを取り出しそれを見つめる。すると、体が変化していき人族の姿へと変わる。
その変化に驚くサイト達。
「まぁ、こんな感じだ。普段は匂いとかが分かりすぎるのが嫌で、人族の形態で過ごしている」
そう言いながらイニティウムは肩をぐるぐると回しつつ、話を続けていく。
「さて、俺の話はこんなもんで。君達の話も聞かせてもらおうか?」
「あっ、はい。えっと、じゃあまずは――――」
そしてサイトは路地裏で起きた出来事を順を追って、身振り手振りを交えながら説明していった。
内容を聞いていたイニティウムの目は、話が進んでいくにつれて険しくなる。
「で、教会に向かってそこで休むことになったんです。そこで神父さんと話をして、イニティウムさんに出会って。そこからは知ってる出来事だと思います」
そこでサイトは、話を終えた。
腕を組み険しい表情のままに。
イニティウムは話し終えた彼に言葉をかけていく。
「つまり、お前はそこのアリスを守る為に戦ったわけだ」
「はい。改めて、路地裏を滅茶苦茶にしてすみませんでした」
頭を下げるサイトに、イニティウムは腕を上げながら首を振って答える。
「そのことに関しては、もう忘れてくれて構わない。それよりも、君達が出会った人類の敵と名乗っていた男。そして、サイト。君が扱っていた力についてを話しておきたい」
そのイニティウムの発言を聞き、最初に口を開いたのは意外にもアリスで。
サイトの方をちらりと見た後に、声を震わせながらもイニティウムへと質問をした。
「あ、あの! 私、サイト君が戦ってるときに姿が変わったのを見たんですけど。貴方も、姿を変えられるんですか?」
質問の内容にサイトは首を傾けたが、イニティウムは真摯にアリスへ答える。
「アリスの問いに答えておくと、俺も姿を変える事が出来る。そして、姿を変える事を可能にする力……それを今から見せよう」
その言葉と共に。
イニティウムは静かに目を閉じると。
彼の胸部分が、紅く光りだす。
炎が揺らめく様に動く光の帯が胸から出現し、鮮やかに輝きながら何かを形作っていく。
形作られた物は、見る者を魅了する程に紅く輝く宝石のような物体。
手で握れるほどの大きさの物体を、イニティウムは掴む。
一連の幻想的な光景に、アリスは目を輝かせながら見つめていた。
しかしサイトはその光景を、どこか悲し気な表情で見つめていた。
何かを思い出すようにして。
対照的な2人と一匹の視線を受けながら、イニティウムはその物体を見せる。
「この石の名は『覚醒石』。なりたい『自分』を形作る、災厄への唯一の対抗策だ」