第三十六話 兄の姿を辿って
「ハヤテ。兄さんの力についてなんだけど……空を飛ぶ方法って、覚えてるかな? 剣に乗ってた、あの技」
ソウジとの日常から数日後、サイトは自室で椅子に座りながらハヤテに力の事を尋ねていた。
彼は今よりもっと強くなる為にするべき事として、自身に宿る覚醒石の元の持ち主。
即ち、兄の力についてをより詳しく知り、その力を会得するべきだと考えていた。
ボーデンでの一件が、何よりもサイトの焦りを加速させている。
息巻く彼に対し、ハヤテはベッドの上で毛繕いをしながら答えていく。
「その事についてだが……剣に乗って空を飛ぶ、風剣飛翔と兄が呼んでいた技があったな」
ハヤテの言葉に、サイトは食いつく。
鼻息を荒くして、彼はハヤテに問いを重ねていく。
「その技、どうやって兄さんは使ってた? コツでも何でも、教えてくれ」
「……そう、だな。兄は剣を地面へと生み出し、飛び乗っていたぞ」
「…………いや、それは知ってるよ。俺も兄さんのこと見てたんだし。そうじゃなくて、飛べるコツを教えてほしいんだけど」
「………………すまない。そこの記憶は抜けてしまっているようだ」
「えぇー……」
ハヤテの言葉に、サイトはため息を吐いていく。
そして暫くの長考の後、サイトは決心した様に椅子から立ち上がると、支度を始める。
唐突に行動を起こした姿を見たハヤテは、何も言わずにサイトの中に入っていく。
着々と準備を進めていくサイトに、ハヤテは中からボソリと呟く。
『本当にすまない。役に立てずにいる』
しかし、サイトはそれに対して不思議そうに首を傾げた。
「何で? 十分役に立ってくれてるよ、ハヤテは」
『……そうは思えないのだが』
「いやいや、相談に乗ってくれたりするじゃんか。毎回頼りにしてるんだぜ? とにかく、役に立ってないなんて事ないからな!」
そう言い切って、サイトは話を終わらせた。
身支度も済ませ、彼はそのまま自室の入り口扉まで歩みを進める。
彼のその言葉を聞き、ハヤテは心の中で。
『……ありがとう、■■■』
感謝を、口にした。
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部屋を出てから、数時間が経った頃。
ギルド『不滅の物語』、その訓練場の中央に佇んでいる人物が一人。
目を閉じ、全身の力を弛ませながら自然体でいるその人物……サイトは、精神を集中させている。
その姿は既にボロボロで、服の所々に砂のついた跡があった。
そんな様子を遠巻きに眺める何名かのギルド員と、ソウジ。
部屋からギルドへとやって来たサイトは、こうして訓練場に赴いて行動を起こしていた。
サイトが一人で集中させてほしいとソウジや他のギルド員に頼み、承諾されて現在に至っている。
ギルドの外は緩やかな風が吹いており、皆の肌をさらっていく。
そんな風が、サイトの周りでは不思議な動きを行なっていた。
彼を中心として、風が吹き上がっている。
身に着けているマントや腰布も、吹かれはためき揺れている。
その風はやがて、サイトの足元へと収束してある形を作っていった。
それは、剣。
鳥の爪を思わせる鍔が特徴的なそれは、剣身に神経が走っているかのように線が通っている。
地面から浮いているその特異なモノを作り出したサイトが、これから何をするのか。
それは……空を飛ぶこと。
「……よしっ、いくぞ!」
サイトは勢い良く、その剣に飛び乗った。
鍔側を前に、剣身を後ろ側にして足を乗せた彼はバランスを保とうと必死に体を安定させようとしている。
が、少しすると剣は破裂。霧散するのと同時に風が強く吹き荒れてサイトを吹っ飛ばしてしまった。
サイトはその影響で、地面に叩きつけられてしまう。
「いってぇ……くっそ、まだまだ!」
これを、朝方からずっと繰り返している。
何度も同じ光景を見ていた一人の若いギルド員が、不安げにソウジへと話しかけていく。
「ソウジさん、あの子大丈夫っすかね? 彼これニ時間ぐらいずっとあの調子ですよ? やりたい事は分かりましたけど、まるで成功する兆しが見えませんし」
「……そうだなぁ。闇雲にやっちまってる様に見える。まるで、誰かのやってた事をそのまんま真似してるみてぇな。コツとかまるで考えてない気がするな」
鼻を鳴らし、耳を畳みながらソウジはそう話していく。
サイトがやろうとしている、空を飛ぶという行為。
ソウジはそれに気づいた時に、かなり難しい事をやろうとしているのだろうと思っていた。
自分の体重を支える程の剣を作ったうえで、その剣に乗る。
普通なら、剣は沈んでしまうだろう。
しかし、サイトはそれを風で浮かせようとしているのだ。
生半可なコントロールでは成し得ない事だろうと、ソウジは口をへの字にしてサイトを見る。
実際問題として、剣は破裂してしまい飛ぶに至れていないのだ。
そもそも乗る段階から上手くいっていない。
しかし、そんな失敗続きのサイトを観察し続けたソウジは……その技が成功しない理由に見当をつけていた。
集中するサイトへと近づくと、ソウジは気さくに言葉をかける。
「おうサイト、苦戦してるな」
「あっ、ソウジ。そうなんだよ……どうしてか剣に負荷がかかりすぎて、暴発しちゃうんだ。何でだろう? 武器として使う剣と同じ様に生成してるのにな」
「あー、それなんだがよ。その普段使いしてる剣と同じ様にしてるのが問題なんじゃねぇか?」
ソウジの言葉にサイトは反応する。
続きを急かすようにして視線を送る彼に、ソウジは口を開いていく。
「お前が武器に使う剣は、攻撃に特化してる。だから、その出力も全開になっちまってるんだよ。そのせいで、お前が乗って飛び回ろうとしても出力が全体に伝わりすぎて力を抑えきれずに暴発しちまう。なんてったって、一気に敵を斬り裂ける力だからな。加減も普段より分からない筈だし、制御も難しい」
身振り手振りを交えながら、ソウジは話を続ける。
「そこで。攻撃に特化してる剣とは別の、飛ぶ時専用の剣を作るんだ。その専用の剣では、力を部分的に出力出来るようにする。例えば勢いよく飛ぶ時だけ、後方から風を噴かせて推進に使うみてぇにな。必要なエネルギーを必要な分だけその箇所に送れば、力が暴発することもない……なんて、難しすぎるアドバイスだけど」
どうにか伝わりやすい様に、丁寧に助言を行っていくソウジ。
しかし、彼としても中々の無理難題を言っているのではないかと思ったのか、誤魔化すように苦笑いを溢していく。
けれど、聞いていたサイトにとっては目から鱗と言えるものであったらしい。
フードの中の顔を輝かせながら、名案だとばかりに元気よく声を出していく。
「確かに、それだ! 僕は今まで力任せに剣を使ってたけど、そういう臨機応変な使い方も出来る! ありがとうソウジ! 早速試してみるよ!」
そうしてサイトは、またもや意識を集中させていく。
先ほどまで作っていた剣は、攻撃用。
全てを叩き斬っていく『豪嵐の剣』とすれば、今から作るのは……あらゆる場面に対応する『柔風の剣』と言えるだろう。
軽やかに、悠々と空を飛び立つ鳥をイメージする。
羽ばたき飛翔する、自由な空の旅人を。
そして、そんな鳥は自分の身近にいるのだ。
いつも困った時に相談に乗ってくれる、お節介焼きな鳥が。
――――風が優しく収束していき、剣が生成される。
先程の攻撃的で荒々しい印象が目立つ爪を模した鍔とは正反対の、勇敢で今にも羽ばたきそうな翼を象った鍔が備わった剣が、サイトの目の前である地面に現れた。
それに、サイトは飛び乗る。
どことなく、乗った時の感覚は心地良い。
足先から体全身に力が馴染む、暴発するモノではなく、浸透するかのように力が緩やかに体へと線を走らせていく。
当然と言えば、当然ではある。そうなる様に調整して生成したのだから。
そのまま、まずは前進させていく。
ゆっくりと、しかして確実に前へと剣は進んでいく。サイトを乗せて、破裂することなく。
――――いける。
サイトは確信した。
だからこそ彼は、周囲の皆に言葉を置いて。
「皆! 今から強く風を噴出させるから離れてて! 風剣飛翔、出力……全開!」
後方の剣身から、勢いよく風を噴き出させた。
周囲に荒々しい風が巻き起こされ、周囲の人物の髪や服をたなびかせる。
そして、件のサイトはというと。
天高く、舞い上がっていた。
自由自在に剣を乗り物として、悠々自適に飛び立っているのだ。
その姿に、周りのギルド員とソウジは驚きを隠せなかった。
その最中、ソウジはボソリと。
「……凄いな。感覚派の天才じゃねぇか、あいつも」
悔しげに、けれど称賛の意味を込めてそう呟いた。
――――――――――――――――――――――――――――
サイトが空から地面に降り立った時、真っ先にソウジは駆け寄ると手の平を向けてきた。
それに対し、サイトは自身も手の平を向けて勢いよく叩く。
そのまま、ソウジはニコニコと笑顔で話しかけていった。
「いやぁ、すげぇなサイト! あんなに縦横無尽に動き回れりゃ、かなり色々と出来ることが増えるんじゃねぇか? このまま頑張れよ!」
「ありがとう! ソウジのお陰だよ! でも、よくこんなアドバイスを思いついたね?」
「いやぁ、まぁ、な。俺も色々と工夫してたりするからよ。こんな風に」
ソウジは腰に下げた小刀を取り出すと、覚醒石を発動させていく。
そのまま、ソウジは小刀の先端部分をある形に変化させていった。
それはスコップの様な形を取っていき、持ち手部分の所もスコップ仕様になっていく。
サイトは感心するのと同時に目を輝かせながら、ソウジの顔とスコップとなった小刀を交互に見る。
「ソウジ、凄い! これ、どうやってるの?」
「んー、口で説明すんのは難しいんだが……ほら、覚醒石って俺らのなりたい自分を出してくれるもんだろ? 武器しかり、容貌しかり。それって要は、思い描いた事の具現化だと思ってよ。だったら、こういう小手先のテクニックも出来るんじゃねぇかなってやってみたら、形になってくれたんだ」
「へー……こんな風に覚醒石の力を変化させてるの、ゼーエンみたいだなぁ。あの人も武器を色々と使ってて、その時にこうやって変化させてたんだ」
サイトの言葉に、ソウジもそういえばとボーデンでの出来事を思い返していく。
魔獣を倒す際、ゼーエンは様々な武器を切り替えて戦っていた。
まるで自分の手足だとでもいうように、どの武器でも器用に扱っていて。
と、その時にソウジはふとある事に気が付いた。
――――ゼーエンの体とか服に、光る線ってあったか?
彼にはそれらしいモノはなかったと記憶している。
であれば、ゼーエンは何者なのかという疑問が湧き出てくるのも自明の理。
勇者と同等に強く、かつ勇者の様な力を扱える存在。
それに心当たりのあるソウジは、胸がざわつく感覚を覚えていた。
――――ただの思い過ごしだったら良いんだが……。
そんな風にソウジが眉間にシワを寄せていると、サイトから心配するように声がかかる。
「ソウジ、大丈夫? 何か顔が怖いけど」
その言葉に、ソウジは慌てて取り繕うように腕を振って返事をする。
「っ、なーに言ってんだよ? いつも通りの俺だぜ?」
「そう? ならいいけど。それよりも、本当にソウジのお陰で助かった!」
それに対し、少し違和感を抱いたサイトだったが。
ソウジが否定した為にすぐにそれらを振り払い、お礼を言う。
「これで兄さんに近づけるよ。そんでもって、強くもなれる。これからもよろしく、ソウジ!」
言いながら、サイトは手を差し出す。
ソウジはその手を握り返し、握手をする。
その時に、サイトはソウジの顔を見る。
その表情は既に、いつも通りの元気で優しい顔つきをしていた。
「なぁ、サイト。良ければ何だが……さっき使ってた技、もっと応用してみないか?」
ソウジから、突然の提案が為される。
しかしその内容は非常に魅力的であり、サイトはすぐに乗っかる為に問い返す。
「応用? それって一体どんな?」
「お前が今さっき剣に行った、風の推進を利用した移動方法。それを自分にも適用するんだよ。やり方は……自分を風と捉える、かな。その意識を持って動けば、お前の動きは今までよりも格段に良くなる筈だぜ」
「自分を風と捉える……分かった、やってみるよ」
そうして、サイトは再度目を閉じて精神を集中させていく。
自分を風として捉える……即ちそれは、自身に風を纏わせていくということだ。
体全体に、風を浸透させていくようにして纏わせていく。丁寧に、細かく。
完全に纏わせられた、と思った時に。
サイトは目を開き、少しだけ移動を試す為に軽く足を前へと踏み出そうとし
た。
「……サ、サイトぉ!?」
ソウジの叫ぶ声が自分の後ろから聴こえる。
目に広がる世界は、晴天な青空。
何が起きた? 自分は今どうなってる?
体勢を確認する。すると、サイトの体は派手にすっ転んでいたのだ。
纏わせた風の感覚も消えている。あの一瞬で全てが霧散したのだろう。
目をパチパチと瞬かせるサイトに、ソウジが慌てて走り近づいてくる。
「おい大丈夫か!? 怪我は、頭打ってねぇか!?」
「……今の所、痛みはない、よ」
「そ、そうか。まぁでも一応、後で治療班に診てもらおうな。しっかし……今さっきのお前の動き方。まるで風に遊ばれてるみてぇな感じだったぜ」
ソウジの言葉に、サイトも同意するように頷く。
さっき起きた一瞬の移動は、体が風を制御しきれずに無理やり吹き飛ばされた形だった。
それは遊ばれていると言われても仕方ないだろう。なにせ自分の気付かぬ間に動いていたという認識だったのだから。
サイトは悔しがる様に眉根を寄せ、手に地面を付けて勢いをつけながら飛び起きた。
そのまま自分の手を力強く握ると、その手を見つめていく。
「やっぱり僕、まだ甘いんだなって思ったよ。強くなったと思っても、調子に乗ってちゃいけないな」
「……サイト」
「風に遊ばれず、寧ろ風と共に駆け抜けられる様な強さ。……得られるかな。そんな強さを、自分が――――」
そう呟くサイトの耳に、ある声が聞こえてきた。
「サイト君、ソウジー!」
呼んだ人物は、アリス。
彼女は何やら急いでいる様子で駆け寄ってきて、息も絶え絶えになりながらもすぐさま彼らへと言葉を続けていく。
「二人とも、イニティウムさんから呼び出し! 次の任務について話があるんだって! 行こう!」
その内容に、二人は顔を見合わせるとすぐに執務室へと向かっていく。
そんな彼らに、アリスも共に走り出す。
彼らを後押しするように、風が一つ吹いていき。
また、新たな運命が動き出そうとしている――――。
幕間其のニ 決意表明、これにて終了です!
次回からラヴィーネ編に入っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いしますー!




