第三十五話 アヴァルでの一幕
ラピステラ大陸。
ファンタズマにて大地を根ざす大陸の中で一際大きいその大陸の中央部には、とある巨大な国が栄えていた。
災厄の影響が蔓延るこの時代においてもその存在を誇示し、屈することなくそびえ立つ純白な城をシンボルとしている。
その国の名は……『アヴァル』と言う。
そんな国に、ある二人の人物が帰国していた。
人物達は、『ライア』と『ゼーエン』。
彼女達は国のシンボルである城『ヴォルフガング城』に足を運ぶ。
その目的は、国の王である男にボーデンでの出来事を報告する為。
城内からはまだ陽の光が射し込んでいる昼間の時間帯、ライア達は柱から影が伸びる城内を進んでいく。
コツ、コツと靴の足音が響き渡る中、二人の間に会話は無い。
というのも、ゼーエンがそれほど会話を得意としていないからだ。
なんてことのない雑談を、彼は苦手としている。
話し始めてから少しして会話が途切れてしまう為に、ライアも無理強いしてまでゼーエンへと会話を求めてもいなかった。
――――まぁ、それほど会話しなくてもゼーエンの事は信頼しているけど。
そんな事を考えながら、ライアは歩みを進めていく。
彼と初めて出会った時は尋常でない殺気を放っていて、手が付けられない状態であったが。
今は落ち着いていて、話もする時はしてくれるし何も困った事はない。
良い相棒を得たと、彼女は思っているのだ。
そうして、彼女達は王広間へと続く扉の前へと辿り着いた。
警護として扉の前にいる二人の騎士団の団員に軽く挨拶を交わして、彼女達は扉を開けて中へと入っていく。
開いたのと同時に、中にいた兵士達が隊列を整えてライア達を歓迎した。
王広間の中は広々としており、背後のガラス窓からは煌々と陽光が部屋内を照らしている。
そんなガラス窓の下、玉座には一人の狼型の獣族が鎮座しており。
美しく滑らかな黒い毛並みをその身に生やした姿に、黒い尻尾。先は白の毛が生えている。
シュッと細長いマズルを備え、目の色は焦茶色。
ライア達はそんな人物へと膝を付け、頭を下げる。
「ゼノ国王陛下。ライアにゼーエン、ただいま帰還いたしました。此度のボーデンでの一件について、報告をさせていただきたく」
「……よい、話せ」
「はっ。今回起きた出来事は、かなり深刻な事柄かと思われます。理由は――――」
ライアは淡々と、ボーデンでの一件を語っていく。
厄者アンチの討伐、からの行方不明。
ミアと名乗った、厄者に与していると思われる魔女の存在。
勇者とそうでない者に対しての、民達のあからさまな差別的な心。
それらを説明し終えたライアは、一つ息を吐いていく。
少し疲れた様子のライアを、ゼーエンはただただジッと横目で眺めていた。
そして、話を聞き終えたゼノと呼ばれた国王は、焦茶色の目をライアへと向けていく。
全てを見透かすかのような、金剛石を思わせるその瞳がじっくりと彼女を見つめていき……やがてゼノは、その荘厳さを感じさせる顔に――――笑顔を浮かべた。
ニコニコと微笑みながら、彼はライア達へと視線を交互に向けた後にその朗らかな調子を崩さずに話しかけていく。
「うむ、良い報告であった。過不足なく伝えるべき事を伝えてくれて、誠に感謝するぞ。ご苦労であったな。……民達の言葉も、よくぞ受け止めてくれた」
「はっ、ありがたきお言葉です」
「そなた達にはまた次の任務で、ヒノモトへと向かってもらおうと思っている。その時も、またよろしく頼むぞ」
低く、けれど威圧感を抑えた優しげな声色で話を締め括ったゼノに倣い、ライア達は広間を離れようと立ち上がり、少し伸びをしたりした。
そんな中で、ゼノは一人の人物に待ったをかける。
「あぁ、忘れていた。ゼーエン、貴殿は少し残ってくれないか? 個人的な話をしたい」
「……分かりました」
「他の者達も退出してくれ。他言無用な大事な話だからな」
そう命令が下されると、他の兵士達もライアと共に広間から出ていっていく。
扉の重く閉められる音が、ライアの退出と同時に広間内に響き渡り。
中にいるのは、ゼノとゼーエンの二名のみ。
両者共に、暫くの間はお互いの顔を見合っていたが……ゼノの方から立ち上がってゼーエンへと近づいていく。
いつでもお互いの体に手を触れさせる事が出来る距離になった所で、ゼノは。
ゼーエンへと――――肩に手を気さくに乗せて、フランクな挨拶を交わした。
「ゼーエン、暫く振りだね! リアラから話を聞いた時は驚いたものだけど、ちゃんと無事でいたようで安心した」
「……ゼノ。今の彼女の名はライアだ。偽名を使っている理由からして、そこはしっかりと線引しておいた方がいいと思うが?」
「大丈夫。今しがたこの場所は別空間へと移送されているからね。私の許可無しでは中の様子を探れないし、声も聞けない。安心して話をしてくれるといいよ」
自信満々にそう話す彼に、ゼーエンは大きなため息を長く長く吐いた。
そんな彼に対し、ゼノは頬をポリポリとかきながらどこか申し訳なさそうな視線を向けていく。
「ははっ、すまない。久方ぶりの旧友の兄弟との再会に、気が緩んでしまっているようでね。許してほしい」
「……その様子からして、お前は記憶が失われていないのだな? 本当に規格外だな、お前の力は」
「お褒めに預かり恐悦至極だよ。まぁ、私の話はどうでもいいんだ。それよりも……さっきの話では、兎種の獣族の少年がサイトと名乗っていたそうだね? その子は恐らくあの子の事だろうけど、何故その様な事になっているんだい? 君達の、オウンズ家の身に何が起こったのかな」
先程の緩やかな空気から一転して、ゼノは真剣な面持ちでゼーエンへと事情を尋ねていく。
優しげではあるが、彼なりの芯が通っているようにも感じられるその空気に、ゼーエンはゆっくりと口を開いていく。
「俺達は……厄者に襲われた。さっき報告したのとは別の厄者にだ。そいつに、何もかもを奪われた」
奥歯を噛み締め、手の平を握りしめる彼の紅い瞳は、揺れている。
悔しさ、苦しさ、悲しさが入り交じる感情の発露。
その姿に、ゼノは目を見開いて驚く。
「ゼーエン、君……いや、今ここで言うことじゃないね。とにかく、その厄者についての情報を詳しく教えてくれないか? それと、兎の少年についても」
ゼノの言葉に、ゼーエンは深呼吸を挟む。
そして落ち着いた頃、話を再開した。
「……分かった。とりあえず俺が知り得ている情報は、厄者の名はメモリと言う事。そして、兎の少年に関しては……俺やアイツが襲われてから翌日に聞いた限り、どうやらアイツは自分がサイトを殺したと思っているようだ。その自責の念から、奴は兄に成り代わって活動をしている」
ゼーエンの語った内容に、ゼノは頷く。
「そうかい。うん、分かった。その情報を元にして、厄者に関しては色々と探りを入れてみる。そして、その兎の少年については……ゼーエン、君に任せる」
「……すまないが、その頼みは叶えられそうにない」
「どうしてだい? 君達は家族だったろう? そりゃ確かに、君は彼に対して何かときつく当たったりもしていたが……まさかとは思うけどゼーエン、君また彼に対して嫌なことを言ったんじゃないだろうな!?」
問いかけるゼノに対し、ゼーエンはそっぽを向いて言葉を出さない。
この反応に、ゼノは大きなため息を吐いていく。
その数秒後には意識を切り替えて、ゼノは話を続ける。
「分かったよ。幸い、聞いた限りでは信頼できるアストラのギルドでお世話になっているそうだし、大丈夫だろう。彼の事は暫く置いておく。厄者の動向に注意しつつ、行動を進めていくとしよう」
そう話をつけたゼノは、そのままゼーエンの肩に再度手を置く。
そして、顔をしっかりと見つめていき。
「ゼーエン、君の事は信頼してるんだ。大丈夫、例え何が起きたとしても……君ならきっと、乗り越えられるよ」
そう、自信満々に告げた。
そんなゼノに対し、ゼーエンはそっぽを向いたまま素っ気なく。
「……あぁ」
そう、返答したのであった。
――――――――――――――――――――――――――――
広間の外では、ライアがゼーエンを待っていた。
出てくる間手持ち無沙汰な彼女は、手帳へと纏めようとしていた事柄を記していくぐらいには暇なようで。
そんな彼女は書いている最中に、ふと何かの気配を感じ取る。
自身のもたれている柱、その背後からする気配に対し、ライアは告げる。
「いるんだろう、ヴィシオ? 何か用があるなら話してみるといい」
芯のこもったライアの言葉が、背後へと溶け込んでいくのと同時に、その人物は姿を現した。
「へーへー、リ……ライア嬢。隠れてすいやせんねぇ、全く」
気怠げに頭をかきながら現れたのは、狐の獣族。
体毛は銀と白であり、その毛並みはどこかボサボサであまり手入れをしているようには感じられない。
尻尾は辛うじて手入れされているようだが、それでもまだ少し毛玉が出ている形だ。
服装はパーカー付きの黒い軽装とブーツであり、全体的に動きやすそうな格好で、手首には黄色のリストバンドを付けている。
そんなヴィシオと呼ばれた彼は、その翡翠色の瞳をライアに向けて話をしていく。
「ライア嬢、つかぬことを伺いますが……あのゼーエンって輩は、本当に信頼してもいいんですかね? 俺ぁどうもアイツからは、やーな感じが漂っているんですが」
「あっはは。心配いらないよヴィシオ。彼は少々気難しい人物だが、口は固いし戦闘能力に関しても指折りの実力者。私がそうであると保証するよ」
「……いや、俺が言いたいのはそういうことじゃねぇんすよ。なんつーか、アイツの気配。あれはまるで――――」
のらりくらりと追求を躱そうとするライアに、ヴィシオは不満気に彼女へと言葉を投げかけようとした。
が、彼女は唇に指を当て静かにするように促す。
「ヴィシオ。君の言い分はとても大事な事さ。だけど、まだ待ってもらってもいいかい? 彼の問題はきっと、彼自身が解決出来るから」
ライアの言い分に、ヴィシオは疑念を含んだ視線を返していく。
耳と尻尾をピンと立たせ、警戒をしている彼に対しライアは微笑むと。
「もし信じられないようであれば……ゼーエンが何か問題を起こした時、私を殺してくれればいい。全ての責任は私にあるからね」
軽い調子で、言い放った。
数秒、ジッとライアを見つめ続けたヴィシオは次いで大きなため息を吐くと頭をガジガジと掻き毟る。
観念したかのように彼は両手を挙げていく。
「分かった分かった、分かりやしたよライア嬢。今は、まだ様子見しときます。ただ、言った事はちゃんと守ってもらいますからね? 俺ぁあんたであっても容赦はしませんよ」
「ふふっ、いいよ。君だからこそ、こんな無理難題を頼めるんだからさ。ありがとう、ヴィシオ」
「……本当にあんたは。無茶だけはせんといてくださいよ?」
そうして、会話は終わりヴィシオは去っていった。
靴音が無くなった頃、彼女は一人息を吐き出す。
溜め込んだ緊張を一気に吐き出す様に、勢いよく。
額に垂れだした汗を拭いながら、彼女は広間へと続く扉を見つめた。
その眼差しの示す先は、恐らく。
「……しがらみが多い世の中だよ、全く」
――――――――――――――――――――――――――――
ヴォルフガング城、その城内にある広く大きな通路に、ホリィが鉄靴を鳴らしながら歩いている。
その様子は至って正常。業務をしっかりとこなす為に、奔走している。
そんな彼女に声を掛ける者が、一人。
「ホリィ副隊長、少しいいか」
低く、重みのある声。
容姿は緋色の目に紅の大鱗を持つ、龍族の男性。
黒の軍服を身に纏い、隊長の証である印章を付けている。
体格はかなり大柄であり、腕の筋肉は丸太のよう。
そんな男性の声かけに対し、ホリィは返事をする。
「はい、ナハト隊長。何でしょうか?」
「先日投獄された罪人についてだ。出会う前に、現地に赴いてそいつの事を確認しているお前の所感を聞いておきたいと思ってな」
「あぁ、なるほど。分かりました、それでは私が見て話した彼の所感についてお話しますね。彼……サーペン君は――――」
そこから、彼女はナハトと呼んだ男性に説明をする。
サーペンについて、彼の性格や厄者に操られた時の状況、自身が何故厄者に従いながら村の人々を襲っていたのか、その理由を。
ナハトは説明を聞いている最中、真剣な眼差しをホリィに向けていた。
時折頷きながら、質問を挟みつつ会話は滞りなく進んでいき……やがてホリィの説明が終わると、ナハトは渋い面に和やかな笑顔を浮かべて労いの言葉をかけていく。
「お疲れ様だ、ありがとうホリィ副隊長。概ね理解した。後は自分の眼で確かめて、対応をするとしよう」
「役に立てたのなら、良かったです。けど……大丈夫ですか、ナハト隊長?」
「何がだ?」
疑問を浮かべるナハトに、ホリィは晴れない顔のまま言葉をかける。
「だって、ここ最近のナハト隊長はいつにもまして顔が険しいですから。仕事にのめり込みすぎて、心が疲弊してるんじゃないかと思って」
彼女は胸に手を当てながら、そう話す。
心配そうな顔を向けてくるホリィに、ナハトはまたにこやかに笑顔を浮かべて返答する。
「大丈夫だ。これでも俺は百歳を越えた龍族だぞ? 君よりも数倍長生きしてるから、メンタルをケアする方法も心得ている。それに、それを言うなら俺は君の方こそ心配だぞホリィ副隊長。ボーデンでの一件から帰ってきて以来、君も顔の眉間に皺を寄せる機会が増えているように感じるが?」
逆にナハトに心配をされたホリィは、「えっ」と間の抜けた返事をしてしまう。
その様子を見たナハトはくつくつと愉しげに笑うと、彼女の肩に手をかけていく。
「君も生真面目だからなぁ。不在なホープ隊長の分も頑張っているし。心配してくれるのは有り難いが、肝心の君自身もちゃんと休んでおかないと駄目だぞ?」
「は、はい! すみません、逆に気を遣ってもらっちゃって……」
「ははは! いいさいいさ、若い内は沢山悩むし辛い時も多いからなぁ。そんな時は、周りにいっぱい頼るといい。力になってくれる者は、この騎士団には多くいるだろう。無論、俺もな」
最後にニカッと満面の笑みを浮かべたナハトに、ホリィはお礼を言ってその場を別れることになった。
別れた後、ホリィは大きなため息を吐いてその場で立ち尽くす。
その表情は、誰がどう見ても暗く落ち込んでいる。
しかし、すぐに彼女は自分の頬を両手でパシンと
叩いた。
「ダメダメ、こんな調子じゃ良くないよ。ナハト隊長の言う通り、他の団員に相談したりしようっと」
気持ちを切り替えた彼女は、むんと鼻息を出していく。
健気に真面目に実直に、彼女はこの後の業務にも励んでいくのであった――――。




