第三十四話 彼が人を助ける理由
アリスと過ごしてから、何日か経ったある日。
サイトはひょんなことから、ソウジの買い物に付き合っていた。
彼らが両脇に抱える袋には、様々な食材が入っている。
「いやー、悪いなサイト。わざわざ買い物に付き合ってもらってよ! 助かるぜ!」
「全然、これぐらい平気だよ。それよりこんなに沢山の食材、何に使うの?」
「これはな、アストランチのパクスさんから頼まれた食材なのよ。俺、そこで料理とか配膳とか、店の開店準備とかの仕事を手伝っててさ。今回はその一環で、こうして食材を買いに行ってたってわけだ」
そう話すソウジの声色は、いつも話す時よりも数段ウキウキと弾んでいた。狼の顔はにこやかに、その尻尾は大きく揺れ、耳もピコピコと動いている。
不思議そうに、サイトはそんなソウジに質問を投げかける。
「ソウジ、何で嬉しそうなの? こういう雑用とかするのが好きとか?」
「あーそれはな。俺がこうして手伝いをしたら、そのお礼にパクスさんが色んな料理の作り方を教えてくれんのよ! それが楽しみで仕方なくってなぁ」
「へー、そうなんだ」
サイトのした質問に、ソウジはこれまたウキウキな調子を崩さぬままに答えた。
そんな彼に対し、サイトも内心で嬉しくなるような気持ちが湧いてくる。
ソウジの嬉しそうな様子が、自然とサイトにも伝播した様だ。
そして、サイトはソウジの話した内容からある事を思い出し、再度彼に質問を挟んでいく。
「そういえば、前にソウジが馬車の中でクッキーを出してくれたよね? あれもパクスさんが教えてくれたもの?」
「おう、そうだぜ! あのクッキーなんかは特に思い入れがあるんだが……とっ、着いたから一旦話は終わりな! パクスさーん! 頼まれてたもん買ってきたぜー!」
話をしている内に、いつの間にやら彼らは店の前までたどり着いていた。
本日は休業日であるという証の立て札が、扉の真ん中にあるフックにかけられている。
ソウジは両脇に挟んでいた袋を全て片側の腕に挟み込んでいき、ドアノブを捻り扉を開ける。
すると、扉の上部に取り付けられたベルが鳴り響いて入店の合図を報せた。
その音に引き寄せられるようにして、パクスがトタトタと軽やかな足取りでサイト達の元へとやって来る。
「ありがとねぇソウジ君! いっぱいあって大変だったろう……って、サイト君じゃないか! まさかあんた、手伝ってくれたのかい!?」
「うん、大変そうだったから。この荷物、ここに置いといていいのかな?」
「いいよぉ! それにしても本当にありがとねぇあんた達! お礼に何か作るから、是非食べてってくれ!」
荷物を置き、そうした会話を挟みながらサイトは空いたテーブルへと促されて座った。
片や、ソウジはパクスへと何か一言二言会話を挟んで、共に店の裏手の方へと荷物を抱えて行ってしまう。
一人取り残された彼は、手持ち無沙汰のままにボーっと店内を見渡していく。
そんな何もない時間を暫く過ごしていると、ふと鼻がヒクヒクと動いた。
香ばしい食欲を唆る料理の匂いが、裏手の方から漂ってきたのだ。
腹の音が思い切り鳴る。フードの中の耳が自然と動き出し、口の端から思わず涎が垂れてしまう。
そんな状態の彼を更に喜ばせるように、パクスとソウジが両手に色とりどりの料理を携えて裏手から現れた。
「待たせたなぁ、サイト! アストランチ特製、満腹ランチセットのご登場だ!」
「遠慮せず食べていいからねぇ」
「うぉぉ! ……ごほん。じゃあ、ありがたく頂くね」
そうして、サイトは運ばれてきた料理の数々を平らげていった。
肉厚で香ばしい匂いを漂わせた肉汁溢れるステーキに、先日に味わったキッシュ。
そんなジューシーな料理を食べた際に、さっぱりするような青々しいキャベツやレタス、それらにトマトや卵を添えたドレッシング添えのサラダを食していく。
どれもこれもが一級品と称しても良いと思える絶品の料理達であったと、サイトはパクス達に礼を言う。
「ほんっとうに美味しかった……! 前来た時も美味しかったけど、今回も凄く食べ応えがあって!」
「良かったよぉ。んじゃあ、あたしは片付けてくるね!」
「あっ、じゃあ俺も手伝うぜパクスさん!」
そうして手伝おうとしたソウジを、パクスは手で制して止めた。
黒い鼻先に指をちょんと置いて、にっこりと微笑み。
「ソウジ君は、サイト君と話しておきなぁ。色々と雑談とか、したかったんだろ?」
「……分かった。じゃあお言葉に甘えるよ」
「うん、よろしい! じゃあ、ごゆっくりとね〜」
そんな会話があり、ソウジはサイトが座っている席の真ん前に位置する椅子へと座る。
テーブルを真ん中に挟んだ状態で、お互いがお互いの顔を見る。
穏やかで、凛々しい顔立ち。
しかして戦う時……サイトは訓練の中でしかその動きを見たことはないが、野性味の溢れた豪快さを見せてくるそのギャップはカッコいいと思えてしまう。
サイトはソウジに対して常々思っていたことがある。
――――ソウジは、顔がいい。その上、どこか常人とは違う雰囲気を醸し出しているんだよな。
どう考えても、一般人の放つオーラではない。
どういう出自で、どんな人生を歩んできた人物なのだろうかと。
サイトは思わず口を開いていく。
「ねぇ、ソウジ。ソウジは何でギルドに入ったの?」
「ん? あぁそういや俺、お前やアリスに話してなかったっけな。経緯みてぇなの。……そうだな、この際だ。話すよ、色々と」
そうして、ソウジは語り出した。
自身の過去についてを。
――――――――――――――――――――――――――――
俺の過去についてを話すなら、まずは俺が生まれた故郷についてを話す必要があるよな。
俺の故郷は、ヒノモトつっー島国でよ。
ラピステラ大陸とは違う独立した小さな大陸で、俺はそこで人族の父と狼の獣族の母から産まれたんだ。
産まれた家もまぁ、かなり格式が高い家柄で……『カンナギ家』っていやぁ、その島国の中ではとにかく有名な名家の一つでな? そんな由緒正しい家に産まれた俺は、そんなに困ることなくスクスクと育ったんだ。
そんな俺の家には、俺含めて八人の家族とその使用人達が住んでてさ。
でけぇ城だったから狭くはなかったけど、まぁ騒がしくて……でも、すんごく楽しかった。
んで、ここからが本題。何で俺がギルドに入ったかなんだが……原因は、兄貴に対する劣等感だった。
俺には上に一人の人族の兄貴がいてよ。
兄貴の名前は『ホムラ・カンナギ』つって、とんでもなく豪快で大胆な人なんだ。
けど、ただ後先考えずに動くだけじゃなくて、ちゃんと人の様子を見て的確な指示を出したり対局を読んで戦ったりも出来る、凄い人。
俺はそんな天才肌の兄貴に対して、滅茶苦茶に嫉妬してたんだ。
何で嫉妬してたかって?
それは、周りの奴等に比較されてたからってのが関係してるな。
兄貴であるホムラと俺は、よく比べられてた。
覚醒石の力に関しても、カンナギ家特有の能力に関しても俺は劣っていたから、国に住む人からのやーな視線が気になっちまって。
『ソウジ様、ホムラ様と比べて何だかあまり活躍がないわよねぇ?』
『しぃー、聞こえちゃまずいだろ! ……けど、確かに何か見劣りするよな。派手さがないし、そうでなくても能力はホムラ様の方が上に感じらぁ』
『まぁ、仕方ねぇよ。あれはホムラ様が色々と群を抜いてる。比べちまうこと自体、意味の無い事さ』
そんな比較の視線を毎日毎日浴びちまってた俺は、次第にそんな兄貴に対して露骨に嫌悪感を出しちまって、一方的に罵声を浴びせかけて。
『兄貴に……俺の気持ちが分かるわけねぇだろ!!!』
――――そのまま俺は、家を飛び出しちまったんだ。
ラピステラ大陸へと渡る船に単身、家に何も言わずに乗り込んで。
そんで、こっちに来た。
そっからも色々と苦労が絶えなかったんだが……その過程でティムのおやっさんに拾ってもらって、今に至るってわけだな。
クッキーの件も、こっちに来て少しした時にパクスさんに教えてもらってよ。
心が荒んでた時に食べたあのクッキーは、普段より格段に甘くて優しい味がして。
本当に、俺は人に恵まれてるって感じてるよ。
とまぁ、これが俺がここアストラに来てギルド員として活動してる理由だな。
――――――――――――――――――――――――――――
ソウジは一つ息を吐く。
どうやら語り終えたらしいと判断したサイトは、ソウジの話した内容を噛み締めていた。
というのも、今の彼からは想像もつかないほどにネガティブな体験だからだ。
あんなに包容力があって、逞しくて、いつも人に気を配れるソウジなのに。
そんな心の内が表に出ていたのか、ソウジはサイトに苦笑いを零していく。
「そんなに意外そうな顔をするなよ。俺も青かったんだよ、色々と」
「あっ、ごめん。顔に出ちゃってた……でも、意外なのは本当だよ。ソウジ、そんなの気にしないタイプだと思ってたからさ」
「……前も言ったけど、俺はそんな風に見せてんだよ。実際の俺はもっとこう、小心者っつーか変に神経使いすぎっつーか。まぁ、そんな奴だよ」
自嘲気味に、自身のことをそう評価するソウジ。
自分で自分の事を把握する時の、俯瞰的に見た感覚。
それは受け入れたというよりも、半ば諦めに近いものに感じられて。
サイトはその言葉に対し、反射的に反応してしまう。
「そんな事、ない! ……ソウジは、優しくて頼りになって、強い人だよ。僕が保証する!」
「……ありがとな、サイト。お前だって、ちゃんと強くていい奴だよ。誰かの為に想いを伝える事が出来る。難しい事なのに、お前はそれを出来てるからな」
「そう、かな。そうだったら良いな、へへっ」
和やかな空気が、二人を包む。
サイトは照れくさく笑いながら、置かれた飲み物を手に取りそれを飲んでいく。
そんな彼の姿を微笑みながら見ていたソウジは、ふと気になった事が頭に浮かびサイトへと質問をする。
「なぁ、サイト。お前は過去にどんな生活をしてたんだ? 前に話してくれた、オウンズ家での生活。結構気になっててよ」
その問いに、サイトはピシリと固まってしまう。
そして、長考。逡巡をしていくその思考は、目まぐるしく脳内でどうするべきかを考え激しく動き回っている。
そして、結論を出す。
話せる範囲だけでも、話しておくべきだと。
そうして、サイトは前にアリスに話した自身の過去についてを話した。
兄の名や、自身の目的に関しての事は省いて。
一通りを聞き終えたソウジは、「ほぉ」と一つ言葉を零す。
その表情には、どこか合点がいった顔色が浮かんでもいた。
「お前にも兄貴がいたんだなぁ。その人、聞いてる分じゃ凄く良い人そうじゃねぇの。そのお陰で、よりお前に対しての納得もいくってなもんだぜ」
「えっ。それ、どういうこと?」
「お前の兄貴がすんごく心根の優しい人だったからこそ、お前みたいな優しい奴が育つんだと思ったんだよ。いやー、納得納得!」
カラカラと笑いながら尻尾を振ってそう言い放つソウジに、サイトはまた照れくさくなって笑う。
ひとしきり笑い、そしてその笑いが治まったソウジはそのまま。
その笑みを浮かべたままの狼の顔をサイトへと向けて、話の続きを再開する。
「俺さ、お前の事が少し分からなかった所があるんだ。変に大人びてるように見せてその実、子供っぽい面も目立つアンバランスな少年っつー印象でさ。どう接していこうかとかも思ってたわけよ」
「……そう、なんだ。なんかごめん、迷惑かけてて」
「んーや、全然迷惑じゃない。そんでもって、なーんも怒ってないしな。……んでさ。今は俺、お前に頼られるいい兄貴分でいようとしてんだよ」
その言葉に、サイトはフードの中の顔を驚きで満たしていく。
動揺と、困惑
そんな二つの感情が入り混じっているのを匂いで感じ取ったソウジは、尚も言葉を続けていく。
「言っとくが、お前の兄貴の代わりとかじゃないぜ? 俺がお前の隣で、お前を支えていきたいって思ってるからこそこう言うんだ」
「……ソウジ」
「俺が勇者として活動してるのも、そんな想いからやってんだ。言っただろ? 助けたいから、助けるって。俺が人を助ける理由は、そんな小さくて身勝手な、けど譲れない感情からなんだよ。それが俺の、なりたい自分だ。だから――――」
ソウジはサイトへと手を差し出す。
その行動は、サイトは知っている。
――――あぁ。彼もまた、そうなんだ。
「俺は勝手にお前を助けるからな。だからお前も、勝手に俺を頼れ。つーか色んな奴に頼りまくっちまえ。そうすりゃあ、いいんだから」
そんな風に、好き勝手に彼は言う。
サイトは、ゆっくりとその手を。
「……あぁ、分かった。頼らせてもらうよ、勝手に」
そう言って、握り返す。
力強く、気持ちに応えるかのように。
手と手が離れ、ソウジはその晴れやかな笑みを再度サイトへと向けていく。
「つーわけでだ。これからもよろしくな、サイト!」
そんな彼の言葉に、サイトも。
「うん。よろしく、ソウジ」
嬉しそうにしながら、返答するのだった。




