第三十二話 追憶:兄との思い出
その村には、希望が生まれていた。
その村には、光が降り立っていた。
その村には、災厄を討ち滅ぼす理念を掲げており。
その村は、そうした大層な役目を独りの子供に託していた。
俺は、そんな村にいた。
その村で育てられた過程で、ずっと頭にこびりつく言葉を掛けられ続けて……自分の心には、深い深い穴みたいなモノが出来てしまっていたんだ。
そんな大きなモノ、背負えないっていうのに。
村では、とある宗教が信仰されていた。
その名も、『兎輝星教』
初めて世界で覚醒石を目覚めさせた兎の獣族、その人物を崇め奉る宗教であり、その信仰の内容は。
兎の獣族を『希望』とし、世界を救う存在として世に広めていくこと。
これを聞く限りではまともにも思えるかもしれないけど、その実態は悍ましいもので。
どこの誰とも分からない兎の獣族の子供をひたすらに誘拐して、その子供に洗脳染みた教育と厳しい訓練を施していたんだ。
『お前は必ず世界を救う存在となる』
『だからお前は頑張らなければならない』
『世界の為に、自らを犠牲にしていかなければならないのだ』
ってね。
そうした思想に迎合出来なければ……殴る蹴る等の暴力を用いてでも、その思想に染まらせようとしてた。
俺はそんな境遇に対して、堪らなく無力だったんだ。
同じ年頃の子を助けられない、逆らってもより強い暴力で押さえつけられるだけで。
その強制的な洗脳と訓練に、数知れない子供達が耐え切れずに死んでいった。
そして、俺自身は。
両親を知らない。
顔も、声も、何もかもを。
物心ついた時からその村にいて、洗脳をただひたすらに与え込まれていた。
ずっとこんな暮らしが、狂ったような暮らしが続くと思っていた。
けどそんな時に、兄……そう呼ぶようになる人物と出会うことになったんだ。
「……誰? あんた、外の人?」
「あぁ、そうだよ。それで君は……何でここに、一人で?」
「隠されたんだ。オレは希望で、光なんだって。だから、化け物が襲ってきた時に村の皆がこぞって隠した。だからオレは、こうしてここにいる」
洞窟の奥、小さな石の祭壇がある場所に俺は避難していて、そこが初めての顔合わせ。
冷たい祭壇に背中を預けながら、俺は静かに兄さんを見つめていた。
鉄仮面の様に表情一つ変えないボロボロの姿の俺に対し、兄さんは優しく微笑みながら会話を続けてきたんだ。
「そうだったのか。……なぁ、君。良ければなんだが、僕と一緒に来ないか? 君の事、ほっとけなくて」
「いい。オレはこのままここでくたばる。疲れてるんだ、色々と。だから、ほっといてくれ」
「それは出来ないな。今目の前でくたばるなんて言う子供一人を、放っておけるわけないだろ。……よしっ」
何かを決めたとばかりに兄さんは動き出す。
無理やり俺の体を抱きかかえると、そのまま洞窟の外へと連れ出したんだ。
俺はそこで、抵抗を示す様にもがいて暴れて。
「離せよっ、オレに構うな! 過度な期待なんて要らない、勝手な希望を与えられて生きようだなんて思わない!」
「僕は君に、そんなモノを押し付けようとはしてないよ。ただ健やかに生きていてほしい。それだけだ」
「なんっ、だよそれ! やめろよっ、この!」
逃れようとしても、兄さんは一切放す事なく歩みを進めていく。
力強く、俺を抱き締めて。
拒否権なんて無いとばかりに彼は道を進んでいくんだ。
荒れ果てた村の中を、射し込まれる空からの光に照らされながら。
そうして俺は、森深くに佇んでいたオウンズ家へと住むことになる。
最初は警戒した。ずっと洗脳紛いな事をされて、ろくに自由もなかったから……兄さんや他の人達が何かしてくるんじゃないかって、反抗的でさ。
そんな時に一度、俺は家から逃げ出したことがあったんだ。
森の奥深くまで、息を切らしながら必死に走って。
足がもつれて地面に転んでも、ずっとずっと走り続けてた。
そうしたら、不意に森の中から声が聞こえてきて。
兄さん達が来たのかと思ったら、違って……よくよく注意深く聞いてると、それは魔獣の唸り声みたいなものだったんだ。
俺はたまらず腰を抜かして、怯えて体を縮こまらせてさ。
そうしていると、件の魔獣が飛び出してきて俺に襲いかかってきたんだ。
もう駄目だ! って思った時に……兄さんが助けに来てくれた。
風の剣を鮮やかに振るってその魔獣を斬り伏せたその姿は、本当にカッコよくて。
今でもその姿は覚えてるなぁ。
そうやって見惚れてた間に、魔獣もその姿を消していって。
そのまま、兄さんが俺の方を向いたんだ。
怒られるって思った。
叩かれたりするんじゃないかって、身構えたんだけど……兄さんは俺の事を優しく、でも力強く抱きしめてきたんだ。
びっくりした。それと同時に、何でこんな事をするんだって思って兄さんの顔を見たら、兄さんは凄く辛そうな顔で俺に言ったんだ。
「無事で良かった……! 勝手にいなくなって、心配したんだぞ!? でも……本当に、良かったぁ」
そんな言葉を、涙目になりながら言ってさ。
それ以来、俺は兄さんの事を信頼するようになっていった。
この人は、本当に心の底から人の事を助けられる人なんだって、感じられたから。
そこからの毎日は楽しいし、面白いし、凄く晴れやかな気分で過ごせた。
兄さんが、味わい深くて愛情の籠った料理を作ってくれたり。
色々な物語が紡がれた、絵本の数々を読んでくれたり。
周りに広がる自然や、動物たちとの触れ合い方を教えてくれたり。
本当に、幸せだったんだ。
兄さんはよく、こんな事を話してくれた。
「人と共に助け合うのは、とても大事な事だよ。そうした絆の繋がりが、やがては世界を救う鍵になっていく。ごく自然に、当たり前のように人と人とが手を取り合えたなら……それは本当に素晴らしい事だと僕は思うんだ」
とても素敵な言葉だと思って、俺は今でもこの言葉は大事にしてる。
それが実行出来てるかは、分からないけど。
そんな兄さんが時折、陰を見せてた事も俺は知っててさ。
どこかからやって来た偉そうな人達と話をしては、毎回頭を悩ませてるっていうのも小耳に挟んだりしてて。
心配だった。
でも、俺からは何も言い出せなかったんだ。
言って、嫌われたらどうしようとか考えちゃってて。
けど……兄さんは陰を俺に当てることは一度も無く、常に笑って過ごしてた。
そんな善性の塊である兄さんと俺は……死別してしまったんだ。




