第三十話 かがやきは心に灯ると、彼は言う
「サイト君、ソウジ! お帰りなさい!」
ギルドの中央、広間の位置にあたる場所で彼らは再会した。
アリスの良く通る透き通った声は、サイトとソウジ両者の耳によく届き反応する。
先にアリスへと返答したのは、サイト。
「アリス! ただいま……って、服装汚れてるじゃないか。何かやってたの?」
「あぁ、これはさっきガッツさんと戦闘訓練をしてて、その時に汚れたの。貴方達も……何だか雰囲気が変わった気がする」
「そう、かな。……うん、そうかもしれない。一層強くならなきゃって、思えたからさ」
話すサイトの剣呑な雰囲気に、アリスは心配そうにその顔を伺う。
見れば、フードの中の顔も険しい。本人は意識していないだろうが、かなり眉間にシワが寄っている。
そんな彼の頭に、大きな手が乱暴に乗っかった。
乗っからせたのは、ソウジで。
彼はそのまま頭をワシャワシャと雑に撫で回していく。
フードの上からでも髪がグチャグチャになってしまう程の力に、サイトは堪らずソウジに抗議の声をあげた。
「ちょっとソウジ、やめ……やめろって!」
「帰ってきて早々にアリスを心配させるからだろー? ……アリス、ただいま。しっかり、身体の基礎を作るメニューもこなせてそうで安心したよ」
「あっ、うん。ソウジの組んでくれたメニュー、やりやすくて毎日頑張って続けてるよ! アドバイス通り、偶に休息日も作ってるし」
サイトの頭を撫で回しながらも、ソウジはアリスと緩やかな空気で会話を続ける。
そうした中、彼らにとある人族の男性が近づく。
メガネを掛け、几帳面に髪形を整えた理知そうな顔つきの男性は、慣れた所作でサイト達にお辞儀をすると口を開いた。
「お帰りなさいませ、サイト様ソウジ様。お疲れの所恐縮なのですが、報告書等々の提出をお願いします」
「おう、ファクト。報告書に関してなんだが、サイトはもうちっと待ってやってくんねぇか? まだ完成してなくてよ」
「……ふむ、そうですか。確かに、サイト様は入って間もない方ですので、書き方の勝手が分からないという事もあるでしょう。では、もう一日程待ちますので、それまでにどうか完成をお願い致しますね」
そう言葉を添えると、ファクトと呼ばれた男性は立ち去っていく。
後ろ姿を見送った後、サイトはおずおずとした様子で口を開いた。
「ソウジ。ありがとうなんだけど、それはそれとしてあの人誰だったっけ? まだ顔と名前が一致してなくて……」
「あぁ、まぁ。ウチは人数もそこそこ多いからな、仕方ない。アイツの名はファクト。ギルドの中では主に事務関係……受付とか書類管理とか、賃金の配分とか色々やってる偉いやつだな。アイツはその関係のリーダー的な立ち位置にいる奴で、何かと忙しそうにしてんだ。覚えておいてやってくれ」
「へぇ、そんなに凄い人だったんだ。色んな仕事を掛け持ちしてるの、尊敬するなぁ」
関心する様に息を吐き出しつつそう言葉を零すサイト。
フードに隠れた瞳の中では、少なからずの尊敬の念が込められている。
そんなサイトの様子を感じ取ったソウジは、促すように背中を押していき。
「じゃ、そんなファクトの為にも早く報告書を書きに行くぞ。そんでもって、三人で祭りに参加だ」
彼の言葉に、アリスも反応を示す。
「あっそうだ祭り、私も二人を誘おうと思ってたんだ! でもサイト君の報告書、まだ完成してないんだね。私も何か手伝おうか?」
何気なくそう話すアリスに対し、サイトは少し肩を跳ねさせる。
そのまま彼はフードの中の顔を苦々しげにして、奇妙な笑い顔を浮かべながら返事をする。
「いや、大丈夫。アリスはさっき訓練が終わったばっかりで疲れてるでしょ? なら、少しでも休んでさ。祭りを目一杯楽しめるようにしておいた方がいいと思うんだ、うん」
「そ、そう? ……なら、休ませてもらうけど。サイト君、無理はしないでね? いつでも頼ってくれていいから」
「ありがとうアリス。じゃあ、僕らはあっちで書いてくるよ。後で街の広場で合流して……祭り、楽しもう」
何処となくぎこちない、たどたどしさを感じられる会話を終えてサイトとソウジはアリスと別れた。
そうして彼らはギルド内の空きスペース、そこにある机に報告書の紙を広げていき椅子に座る。
そのまま羽ペンとインクも用意して、サイトはせっせと報告書を書き進め始めた。
静かに、ペン先が紙に走らされていく音だけが辺りに響いていく。
が、少ししてそのペンは走らなくなりやがて止まる。
サイトは唸り、頭を無造作に掻き毟る。
先程アリスに見栄を張ったが、ボーデンにいた時に悩んでいたものが簡単に済ませられる筈もなく。
当然ながら手伝いは多いほうが良い、にも関わらずサイトはアリスの手伝いを拒んだ。
それは何故か……その理由に、様子を見ていたソウジは見当をつけていた。
サイトの前へ座り、ソウジはおもむろに机に乗り出すと彼のフードの上部を掴んで顔を覗き込む。
突然の行動に驚いたサイトにはお構い無く、ソウジはある事を問いかけた。
「サイトお前……カッコつけたな?」
それは、確信めいた言葉。
ソウジの一言はサイトの顔を、それはそれは燃え上がらせてしまう。
毛で覆われているにも関わらず、確実に赤面していると錯覚してしまいそうになるほどにサイトの表情は二転三転と変わっていく。
やがて落ち着いたかと思えば、サイトは威嚇するようにしてソウジに荒らげた声をあげた。
「カッコつけて、ないし! ……コホン。別に、そんなつもりは、なかったけど? 何でそんな勘違いをしたんだよ、ソウジは?」
声は上擦り、語尾も上がっている。
誰から見ても明らかに戸惑っているのは確定である。
ソウジはそんな彼に対し、少々からかうようにしてニマーっと笑う。
「そりゃあ、お前とアリスは仲が良いし。それに、好きな奴の前ではカッコいい男でいたいっつーのは、よく分かるからなぁ」
「っ、そんな、事は……あのさ、ソウジ。アリスには、内緒にしててくれよ? こんな事でカッコつけたの、恥ずかしいからさ」
「ははっ、分かってるって。んじゃ、とっとと終わらせるとしようや。そんで祭りを、目一杯楽しむとしようぜ!」
そんな和やかな会話を挟みつつ、サイト達は羽ペンを走らせ。
やがて、刻は進み――――。
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夕暮れ時、街の雰囲気が仄かに薄暗く妖しさを増す時間帯。
サイト達は報告書を無事に書き終え提出し、現在アリスと合流する為に街にある大きな広場へと向かっていた。
祭りも夜の部に差し掛かるということで、人混みも多くなり街灯の光が華やかに照らし出されている。
そんな人混みには、多種多様な人々が集まっており。
「ほらほら早く行こうぜ! 屋台のもん食べ尽くさなきゃ!」
「待ってよー! 早いー!」
楽しげにはしゃぎ回る子供達。
「あ、あぁ、あぁぁぁぁ!!!!! 貴女の事が……だいっすきなんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ひゃぁ!? 何この人突然! 誰か警備の人ぉ!!!」
祭りの熱に浮かされたのか、不可思議なことをしでかす通行人。
「ほらほら、早く準備急げ! ドデケェもん打ち上げて皆を喜ばせんだから!」
「はっ、はい! 自分、若輩者で今回が初めての試みでありますが……胸を張って頑張りたいと思います!」
とあるモノを打ち上げる為に、準備に取り掛かる職人達。
そんな混雑の中をサイトとソウジはかき分けて進んでいき、やがて広場の中でも特段目立つ像の前まで辿り着いた。
待ち合わせ場所としては最適、キョロキョロと辺りを見回してアリスを探す。
程なくして、短めな白の髪が目立つ少女の姿を確認して近づく。
先程の布の服とは違い、見慣れたスカートと一体になった胴衣の服装は合流するには丁度よい分かりやすさだ。
「アリスー!」
「サイト君、ソウジも! 無事に合流出来て良かったぁ」
「人、かなり多いからなぁ。アリスの服装が他のやつよりも華やかで、見つけやすかったぜ」
そんなこんなで合流した彼らは、早速祭りを楽しみ始めた。
屋台に出る料理を食べ歩き。
「このモチモチした食べ物、美味しぃ〜! いくらでも食べられちゃう!」
「……なぁ、サイト。アリス、あれ含めてどんだけの食いもん食ってたっけな」
「かなり、食べてる。アリスって健啖家だったんだ」
曲を奏でる音楽団を鑑賞し。
「凄いなぁ……色んな種類の楽器が、それぞれの音を阻害することなく調和して美しい音色を響かせてる。あの楽団の人達、相当レベルが高いね」
「そうだな。聴いてて心地良いし、心躍る。こう聴いてると、俺もまた三味線を弾きたくなってくるぜ。今度触るか」
「……うっとりしちゃう」
景品有りの簡単なゲームをやったり。
「うっし、任せとけよお前らぁ。この俺がばっちりあの的を撃ち抜いてやんぜ! ……っおら!」
「おぉ! 凄いよソウジ本当に撃ち抜いた! カッコいい!」
「へへん、どんなもんだい! ほら、アリスも欲しいもん言ってみろ。俺が取ってやんぜ?」
「いいの!? じゃああれ、あの人形取ってほしいな!」
息抜きとして、これ以上無いくらいに彼らは楽しんだ。
そうして時間は進み、夜も深くなった頃。
サイト達はある広場の草むらに座り、休む事にした。
「はー、楽しかったぁ……。私の住んでた村でも小さな催し物はやってたりしたけど、こんなに大きな祭りは初めて!」
「そうだな。俺の故郷と比べても、負けず劣らずな盛況ぶりだ。皆が皆、明日への希望を抱いて楽しんでる。見てて、心が穏やかになるぜ」
「本当に。また、皆で来ようね。その時は私も、二人みたいに強くなって……サイト君、静かだけど大丈夫? 食べ過ぎた?」
不思議そうに声を掛けるアリスに対し、サイトは首を振る。
「ごめんごめん。何か、今日の出来事は凄く平和で、楽しくて……とても良かったなぁって思ってたんだよ。感慨深いってやつかな? そんな感じ」
そう話すサイトの顔も、穏やかで満ち足りた表情をしていた。
楽しめていた証拠であるそれに、アリスとソウジは二人で顔を見合わせながら笑顔を浮かべていく。
そんな二人の様子に、サイトは首を傾げる。
「何だよ、二人とも見つめ合って。僕、おかしい事言った?」
「うぅん、違うの。サイト君、帰ってきてから顔がずっと怖かったから……やっとリラックスした顔になってくれて嬉しいなって」
「そーそー。さっきまでのお前、ふとした拍子に顔が顰めっ面になってたからなぁ。ちゃんと気持ちを緩められてるようで、安心したよ」
二人からの暖かな眼差しを受けて、サイトはどこか恥ずかしさを覚えてフードを更に目深に被る。
そんな彼の行動に、ソウジとアリスはまた顔を見合わせて表情を和ませた。
そうしていると――――不意に空から音が鳴り、一面が明るくなる。
サイトとアリスは驚きながら、ソウジは見慣れた物を見るようにして上を見上げていくと。
「……何あれ、綺麗。空に光の花が咲いているみたい」
「あれ、本で書いてあったやつだ。異国の地、ヒノモトで有名な花火。ヒノモトでは夏の風物詩なんだって。実物を見るのは初めてだけど、こんなにデカくて綺麗で迫力があるんだなぁ……!」
「おー、すげぇすげぇ。ヒノモトのやつと負けず劣らずの出来映えじゃあねぇの!」
彼らの言う通り、打ち上がった花火は色とりどりに咲き乱れていて、見るもの全てを魅了する。
暗い夜闇の中、空一面の青黒い空間に煌びやかな姿を映し出していくその光景は、幻想的とも捉えられそうで。
かがやき祭りに参加する者、その全ての瞳に、この輝かしき光景は焼き付けられていくだろう。
皆がそうして花火を見上げる中、ふとソウジはポツリと。
「かがやきは心に灯る。その光がたとえ小さくとも、心に灯ればそれはやがて、大きな勇気となっていく」
そう呟いた。
小さな言葉、けれどサイトの耳にははっきりと聴こえたようだ。
不思議そうに、彼はソウジの言葉を待ち続ける。
「……改めて俺は誓うぜ。今日みてぇな幸せな日を、守り続けられるように。俺は厄者を、災厄を、必ず倒すって。そんで、お前らとまたかがやき祭りで楽しむんだ」
今度の言葉は、アリスにも聴こえるほどの声量で。
アリスは振り返ると、フンスと鼻を鳴らしながら腕を構え、応える。
「私も誓うよ! 今はまだ、二人と並べられてないけど……必ず追いついて、一緒に戦うって。世界を平和にして、皆に幸せになってほしいから。勿論、二人とまたかがやき祭りにも行きたいしね」
強く強く、彼女はそう言った。
その瞳は嘘をついておらず、本気でそれを叶えようとする気概が感じられる。
そんな二人に続いて、サイトも。
「……僕も。僕自身の目的を果たす為に厄者と災厄を倒して。それで……また皆でかがやき祭りに行きたい」
そう静かに、言葉を紡ぐ。
三人はお互いに顔を見合わせ、その瞳を見つめる。
想いが込められたその瞳から、願いの気持ちを感じ取り。
彼らは各々、自身の意志を固めていく。
――――そんな決意と同時に、夜空に上がる華は一際美しい輝きを辺りの闇に咲き誇らせ、終幕を迎えた。
周囲に瞬き散らばる火花の音が、静かに夜へと溶け込んでいく。
花火が終わり、周りの観覧していた人々もまばらになっていく中、ソウジは立ち上がる。
「うっし! 祭りもこれで終わりになる事だし、そろそろ俺は戻るとするよ。明日からまた、よろしく頼むなお前ら」
ソウジのその言葉に、サイトとアリスも立ち上がって反応する。
「うん! よろしくね、ソウジ、サイト君!」
「僕の方こそだよ、アリス、ソウジ。明日からも頑張っていこう」
夜風が彼らへと吹き抜けていく。
それは何かの祝福を与えられたかのような、心地良い風であった。
そうして時は、流れていき。
来たるべき日へと、また一つ進んでいく――――。
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同時刻︰夜
ギルド『不滅の物語』ギルド長の執務室にて、イニティウムはランタンの灯りに照らされながら、書類に向かい目を凝らしていた。
花火が上がる音を背後の窓の外から聴きながら、彼は悩ましげに額に手を当てて捏ね回していく。
「……ラヴィーネで既に問題視されている、薬の件。突如として市場に出され始め、徐々にその流通範囲は広まっている。目立った問題点として挙げられる現状の一点は、特定の感情の暴走が見られる事、か」
ため息を吐くイニティウム。
それには勿論、理由がある。
この所、アストラでも似た事例が少なからず起こっており、先ほども報告を受けたのだ。
今の所は、ただ単に気の迷いから生じた出来事であると片付けられているが……仮にもし、アストラでも薬が出回っていたとするならば。
「……近い内に、また何か問題が起きそうだな」
そう、呟いた。
暗雲立ち込める空気の中、しかしてイニティウムは自身の両頬を手の平で打ちつける。
ピシャリと、空気を変えたのだ。
「かがやきは心に灯る。その光がたとえ小さくとも、心に灯ればそれはやがて、大きな勇気となっていく……この言葉を受け継がせてる俺が、勇気出さなくてどうすんだ」
そう言った後、彼は椅子から立ち上がり背後の窓から見える花火の終幕を見届けると。
「気張っていくと、しようじゃねぇか」
そう、一人で呟いたのだった――――。




