第二十一話 ただひたすらに
サイト達が向かってからすぐに、ギルドに残った面々も行動を開始していた。
ラピステラ語ではない未知の言語が壁や床に書かれた部屋で、マナを中心とした『神秘を指し示す者』のメンバー達は周囲に置かれている宝石へと言葉を呟いている。
それは、呪文。
魔女が使用する、不可思議な現象や影響を及ぼす言の葉を唱える彼女達の表情は真剣そのもの。
そして、そこから少し離れた場所で。
玄関前の広間で待機しているのは、ソウジにゼーエンそしてレオン。
彼女達に危害を加えようとする存在が万が一現れた場合の警護として、玄関を見張る役割を担っている彼らだが。
レオンだけは壁際に寄って胡座をかき、顔を俯けて座っている。
そんな彼を見たソウジは、蒼い三白眼の目を優しく細めると、耳をピコピコと動かしながら近づいていく。
そのまま隣へ、少々雑に音を立てて座り込んだ彼は、いつも通りの調子で声をかけた。
「レオン、大丈夫か?」
「……大丈夫」
「おいおい、俺の目を見て言ってくれないと説得力ないぞ? ……サーペンの事なら問題無い。サイト達が必ず助けるし、厄者だって絶対倒せるからさ」
落ち込んだ様子のレオンに対しそう断言するソウジへ、彼は下げていた頭を勢いよく上げて睨んだ。
その眼は、震えている。
今回の作戦が始まる前のサーペンの発言。
既に何かを分かりきっているかのような、そんな言葉を聞いて。
今の今まで、サーペンがどんな事を考えているのか分からなくなっていた筈なのに。
幼馴染の言葉の真意を、レオンはあの瞬間に察した。
自分の為に、自分を犠牲にしようとしている。
レオンがサーペンとの関係で悩んでいた事を当の本人に察せられていた上に、彼の決意を見せられたレオン。
そんな彼の現在の心境は、あまりにも。
「もう、さ。そういう問題じゃ、なくなってんだよな」
レオンが震わせながらポツリと溢す心の内を、ソウジは黙って耳を傾ける。
「無事に助かったとしても俺、もうアイツと話せない。アイツを追い詰めてたのは、他でもない俺だったんだぜ? 俺が勝手に悩んで、苦しんで、力を使えなくなって……それを見たアイツを悩ませて、抱え込ませて。もう、俺は。サーペンの親友なんて、名乗れない。勇者だなんて、名乗れないよ……!」
話していく内に、レオンの顔がまた下へと向いていく。
普段の明るく元気な彼の姿とはまるで似ても似つかない、弱々しい彼の姿にソウジは驚く。
が、すぐに思い直しもした。
子供の頃から関わりのある大切な幼馴染が、世界を混乱と危機に陥れている厄者に取り憑かれている。
何故そうなったのかを考える以前に、心中穏やかでいられる筈がない。
そして、そう思うのと同時に。
このままでは、彼の輝きが失われてしまう。
ソウジは尖った口を向けつつ彼の肩をバンバンと叩くと。
笑顔を浮かべ、レオンへと言葉をかけて諭そうとする。
「諦めてんじゃねぇよ、レオンらしくもない。『気合で苦難を乗り越えて、晴れやかな笑顔で皆を照らす勇者になる!』……聞いた時は、なんて眩しい奴だって思ったんだぜ? だから、諦めるんじゃねぇ」
「ははっ、言ってたっけかな、そんな事。……なぁ、ソウジ。もういいよ、気遣って俺を励まそうとするの」
「やだよ。俺はお前が元気になるまでしっかりと励ますからな」
強引に、わがままに。
自分を助けようとしてくるソウジに対し、ぐちゃぐちゃになった感情をぶつける様にしてレオンは。
大きく、大きく。
声を荒らげながら言葉を漏らす。
「っだから、やめろって言ってんだよ! もうっ――――俺に……構うんじゃねぇ!」
激しく、けれどその咆哮は今の彼を体現する様に頼りない。
怒りを受けたソウジは動じる事もなく、その海の様に深く蒼い双眸でレオンを見つめている。
慰めや、憐れみの眼ではない。
ただひたすらに、彼の想いを受け止める為の眼。
その視線に、レオンは耐えきれず。
衝動のままに、ソウジへと掴みかかろうとその腕を動かしたが。
――――腕が掴まれ、動きを止められた。
レオンの腕を掴んだのは、ゼーエン。
腕に力を込めながら、その赤黒い両目をレオンへと向けて。
地の底から響いていると錯覚してしまいそうな声を出していく。
「先程から聞いていたが……お前は一体、何を勘違いしている?」
「な、何がだよ」
「勇者は全能な存在ではない。どれだけ超常的な力を有していても……所詮は人間だ、感情がある。一切の葛藤を起こさないなんてあり得ない。悩むし、苦しみを持つことだってある」
彼は、そう断言した。
呑み込まれそうな程の赤黒い瞳をレオンに向けながら、怒りを携えて。
レオンはその怒りに対抗するように反論を口にする。
「勇者は……勇者なら、そんな姿を見せちゃいけない! 弱音なんて吐いちゃいけない、強くないと駄目なんだ! 情けない姿を晒しちゃったから……俺の姿を見てしまったからサーペンが……こんな事になっちまったんだ!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
彼の想いが溢れ出して、ゼーエンへと浴びせかけられていく。
怒りや悲しみ、苦しみがないまぜになったその感情を受け止めながら。
ゼーエンは冷静に、しかしその内に怒りを混ぜながら。
細めた瞳を向けて、口を開いていく。
「お前も、そしてサーペンも。幻想を抱きすぎだ。もう一度言うが、勇者は全能ではない」
「……っ!」
「どうして覚醒石に目覚めたのか……それを思い返せ。お前は、何の為に活動している?」
そう言葉を残すと、ゼーエンは手を放し。
再度警戒する為に玄関へと顔を向ける。
未だ、彼から怒りは感じられる。
しかし、突き放すような物言いではなかったとレオンは思う。
自分が覚醒石を発現した、キッカケ。
そういえば、頭からすっかり抜け落ちている。
忙しさに追われる内に……忘れてしまっていた。
「俺は……」
手繰り寄せようと、必死に頭を捻らせる。
しかし思い出せない。
自身の原点を、思い返せない。
そうしている中で、先程から黙って成り行きを見守っていたソウジが口を開く。
「俺もゼーエンの意見に賛成だぜ? 人は人である限り、必ずどこかで挫折を味わうもんさ。だから、誰かに頼ってもいい。問題は、そこから自分がどう前を向いていくかだと俺は思ってる」
「どう、前を向いていくか」
「そう。んで、俺は思ってる事があるんだよ。俺が見てきたお前なら、きっと――――」
ソウジが次の言葉を出そうとした、その時。
――――悍ましい雰囲気が、彼らを襲う。
玄関の外側から漂い、明らかな殺意を向けてきている。
それは魔獣達が向ける本能的なモノだけではなく……人が持ち得る、意識的な悪意によるモノ。
厄者と共にあるサーペンは、サイト達と洞窟にいる筈。
襲撃をかける余裕は無い。
ならば、これほどまでの殺意を滲ませている存在は一体?
考える内に、事は進んでいく。
玄関の扉から、外に蔓延する霧が侵入してくる。
入らないようにマナが結界を張っていたにも関わらず、それらを意に介さない程に屋敷内へと霧は充満していく。
視界が阻まれる。
このままでは、仲間達の姿すら認識する事が困難になり幻覚も起こり得る。
考えるソウジの眼前に、その気配は現れた。
足音を鳴らして、愉しげに。
「あーら、お出迎え。神を降ろす一族の末裔に黒衣の死神って……過剰戦力にも程があるってもんじゃない?」
そう彼らへと話しかけるのは、人族らしき女性。
見た目はフードが付いた黒い上着と黄色と黒のチェック柄が特徴のチェーンが付けられたスカート。
流れる様な毛先が特徴の長い黒髪と真っ黒な瞳は、引きずり込まれると錯覚してしまいそうな程に恐ろしい。
姿と乖離無い高い声には、どこか妖しさと卑しさが備わっており……状況に似つかわしく無い軽い口調は、自然とソウジに覚醒石を発動させた。
腰に下げた小刀を鞘から抜いて長刀に変貌させ構え、獣毛を逆立たせながら威嚇として喉を唸らせ牙を見せる。
無論、それはゼーエンも同様で。
黒の衣装は変わらないが、顔の上部分に施された真っ黒な仮面が表情を隠している為に、恐ろしさが増幅されている。
だが、そのような圧を受けている筈の女性は。
より濃くなった笑みを浮かべてソウジ達に近づきながら話しを続けていく。
「まぁ、そりゃ警戒するわよね。目の前に現れた謎の存在……しかも、マナの施した結界を破っているんだから。正解の反応、よろしいよろしい」
「止まれ。それ以上近づけば斬る」
「ふふっ勇ましいじゃない。流石は勇者様、名は体を表すってこの事ね。でも、横にいるその子は目に見えて震えちゃってるけど?」
指摘され、ソウジはその存在であるレオンを見る。
その言葉通りに震えてはいるが、それは恐怖だけでは無いとソウジは匂いですぐに察した。
驚きと、怒り。
そんな彼らの反応を知ってか知らずか、レオンは口を開いた。
「お前……マナが言ってた、『狂喜の魔女』か?」
レオンの言葉に、彼女は胸に手を当てながら答える。
「御名察♪ 当てられたから自己紹介するわね。私の名はミア。ちょっと知識に対する欲が強いだけの、普通の魔女よ」
軽い調子で話す、ミアと呼ばれた女性。
近くに掛けられた時計が、針を動かして音を刻む。
それが数回続いた後。
一瞬、ほんの一瞬。
ミアはレオンをチラリと一瞥する。
その動きをソウジが視認した、その瞬間。
彼女は自身の手に白と黒の色味を持つ細剣を出現させ、その剣を振るう動作と共に。
高らかな声で告げた。
「『 剣よ、断て 』」
瞬間、ソウジの体は。
半ば反射的にレオンの前へと素早く移動し、刀を振るう。
――――衝撃が刀に響き、弾かれた。
空中、無の空間で起きたその事象に三人が驚きの表情を見せる。
何が起きた?
何に攻撃された?
悩む面々の中で、ソウジはすぐに勘付いた。
自身の故郷で幾度となく見て、実際に味わったこの感覚。
研がれ、鋭く、人を殺める事が可能な武器。
刃物に該当する物体を模したモノによる攻撃なのだと。
攻撃を行ったミアは、見物客の様に拍手をしつつ感心した調子で声をあげる。
「おぉ、流石に対応したわねぇ。凄い凄い! ならもっと強く早くしても……問題ないわね?」
その言葉と共に、ミアはまた剣を構える。
再び悪寒が働いたソウジは、刀を構え直して体勢を整える。
精神を集中させる様に目を閉じ。
息を大きく吸い、吐いて。
「神薙流抜刀術・蒼、二の型――――」
全身に力を込める。
そして、ミアが言葉を紡ぎ踊るのと同時に。
「『 剣よ、力強く―――― |踊れ、踊れ、踊れ《ダンセ、ダンセ、ダンセ》!』」
「『驟雨逆波』!」
――――瞬刃。
ぶつかり合う衝撃が、周囲に激しい波を起こした。
襲い来る斬撃を、ソウジは次々と斬り伏せていく。
しかし、ミアの攻撃は。
一撃、二撃、三撃……どんどんと苛烈さを増し、彼を次第に追い込んでいく。
斬撃が服の上から肌を切り裂き、血を噴出させる。
いなしきれず、防戦一方。
そんな彼の危機を救わんと、一つの影は既に動いていた。
距離はもう、ミアの背後まで迫っており。
彼女の黒い影の中から突如として現れたゼーエンは、手に握った二振りの短剣、その片方をミアの喉元へと突き立てた。
しかし。
「――――っ、これは!」
手応えは無い。
喉をすり抜け、そのまま体ごとすり抜けていく。
まるで蜃気楼の様にミアの姿は揺らめいて。
攻撃を受けた為か斬撃も止んだ。
であれば、本体は何処に?
困惑するゼーエンの様子を見た彼女は、妖しく微笑み。
「過剰戦力と分かっているのに、正々堂々と侵入するわけないでしょう? そこで後悔の残滓と戯れてなさい」
不吉な言葉を残し、消えると。
入れ替わるようにして……黒い靄がソウジ達を囲うように霧の中から出現した。
徐々にその靄は人型を模していき、やがて歪に長い手足を持った怪物となり。
巨大な手を彼らへと迫らせて握り潰そうとする。
ソウジは刀を素早く振るい、前方から迫りくる怪物の巨大な手を斬り落とし。
その攻撃の勢いのままに背後へと方向を変え、後方から襲いかかっていた怪物からレオンを守る様に斬撃を繰り出す。
ゼーエンは両手に握り締めた黒の短剣を繋ぎ合わせると、その形を両刃型の棍へと変化させると。
自身を殺さんと襲い来る怪物達を打ち付けて、逆に屠る。
そんな二人によって、周囲にいた怪物達は消え失せていくが……数は減るどころか増えていく一方で終わりが見えない。
ジリ貧の中、ソウジが不安げな顔をしているレオンに向けて声を張り上げた。
「レオン! ここは俺達に任せて、お前はマナの所に向かえ!」
その言葉に、レオンは目を見開いてすぐさまソウジの意見に反対する。
「俺じゃ無理だ! 覚醒石を扱えない俺じゃ、助けるなんて――――」
レオンが何かを言う前に。
ソウジが怪物を斬り伏せながら、彼の言葉を断ち切るように声をあげた。
「今のお前はっ……どうしたいんだ!」
「っ!?」
「自分の胸に聞いてみろ、自分の気持ちに素直になれ!」
喉から響き渡り、心に突き通ってくる様なソウジの言葉。
そうして、レオンは思い返していく。
自身に発破をかけるようにして言葉をかけてきた、人々の事を。
『困ってる時に誰かに助けを求めるのは、当たり前だと思うからさ。何もおかしくないよ。寧ろレオンは、そうやってその親友の人の事を大切に想ってる。それは必ず、親友さんに伝わると思うな』
会ったばかりの人に、想うままに気持ちを伝えてきた少年の言葉。
『どうして覚醒石に目覚めたのか……それを思い返してみろ』
素っ気なく、しかし助言を与えてくれた黒い兎の言葉。
そして、突っぱねられても寄り添い助けようとしてくれた、蒼い狼の言葉。
『俺が見てきてたお前なら、きっと――――』
自分が何故、覚醒石に目覚めたのか。
今の今まで思い出せていなかったが。
原点の光。
それが、自身の心を照らし満たされて。
あぁ、そうか。俺は、ただひたすらに――――。
「がっ!?」
レオンが思考から戻ると、ソウジが刀を弾かれ怪物に床へと押し倒されていた。
腹を押さえつけられている為に、身動きが取れない状況へと追い立てられた彼へと迫る、凶悪な爪。
ゼーエンが助けようとしているが、他の怪物達に阻まれている。
ソウジが、殺されてしまう。
そんなの駄目だ、絶対に駄目だ。
でも、体が震えてる。
理由は分かってる。
失敗を恐れて。
助けられなかったら、勇者でなくなってしまうのではないかと気にしている。
けど。
そんな事はもう。
どうでもいい。
失敗して、周りにどう思われるとか。
成功して、周りから褒められるとか。
そんな事は関係ない。
他の誰でもない、この俺が。
ヒトを救けたいって、想うから。
――――救けるんだ!!!!!
「――――――――――――――!?!?!?!?!?」
けたたましい金切り声が場に響き渡る。
耳をつんざく音を発したのは、怪物。
ソウジに迫っていた巨大な手のみならず、身体までもが。
レオンの放った拳によって爆散していた。
怪物の声はやがて途切れていき、消失。
一連の流れを見たソウジとゼーエンは驚いた表情を……レオンへと向けていた。
赤に近い短めの茶髪は炎の如き橙色に帯びており、まるで燃えているように発光している。
身に付けている上下の白の道着には紅い線が走り、瞳も爛々と輝いたその姿は。
覚醒石の力による、勇者としての姿そのもの。
怪物達は一瞬狼狽えるものの、すぐさまレオンを脅威とみなして数体が襲いかかる。
しかし、彼は怯まない。
敵を見据え、勢いよく床を蹴破る程に足で踏み込むと。
――――迫る怪物達の懐に、一瞬にして潜り込む!
「はぁっ!!!!!」
放たれる拳は、砲丸の如く怪物達を突き破る。
粉砕、粉砕。
粉砕、粉砕。
迷いなく、一切の躊躇無き攻撃。
先程まで落ち込み悩んでいた姿からは想像も出来ない、一直線に突き進む彼の姿は。
自然とソウジ達の士気を上げていた。
レオンはその勢いのまま、ソウジ達へと大きな声を上げていく。
「ソウジ、ゼーエン! ここはあんた達に任せた! 俺は……マナ達を助けに行く!」
彼の意志が込められた言葉に、ソウジ達は頷いて送り出す様に声を張り上げた。
「任せとけ!」
「言われるまでもない!」
彼らの言葉を受け、レオンは走り出す。
マナ達を、助ける為に――――。




