第十九話 厄者アンチ
現れたのは、厄の一つ。嫉妬の化身、名をアンチ。
その存在が今、サイト達の前に顕現した。
サーペンの意思を乗っ取り、見るも不穏な笑みを浮かべて。
体勢を整えながら、サイトは目の前の敵を睨んでいく。
「コイツが……村を陥れている厄者!」
「ははっ、そう睨むなよサイト君! 君が今見ているこの姿は、君の友達であるレオン君の唯一無二な親友、なんだぜ? そんなに睨まれちゃ、眼力だけで殺されちゃうなぁ〜」
「っ、こいつ!」
おちょくる様な物言いに、サイトは怒りを沸々と滾らせていく。
冷静さを欠かれ、今にでも突っ込もうとしたその時。
冷気がサイトの横を――――勢いよく通った。その冷気は鋭い氷の柱となり瞬く間に目の前の敵へと迫っていく。
が、しかし。
〈無駄だよ〉
氷が到達したその瞬間に、アンチの姿は霧に紛れて消えていく。
そのまま姿が視認出来なくなり、辺りには濃い霧のみが立ち込めている状態だ。
そんな中で、サイトは突然胸ぐらを掴まれてしまう。
掴んだ人物……ランスは、口吻の上にシワを寄せながら鋭くサイトを睨みつけた。
「お前……状況が分かっていないのか! 何故あの場で俺を止めた! あそこで奴を仕留めておけば、事態は悪化しなかった!」
「なっ! ふざけるな! それはサーペンさんを殺すって事だろ!? 絶対嫌だね、僕はサーペンさんをアンチから助け出すんだ!」
「夢を見るのも大概にするんだ! お前の誤った判断でどれ程の命が無惨に奪われてしまうと思っている! 現実を直視しろ!」
ランスが怒りをぶつけ、それに対しサイトも強く反論していく。
お互いがお互いに冷静さを欠いてしまい、感情を大きく乱した状態だ。
この状況に、アゲハは二人の様子を見て思考を張り巡らせていく。
恐らくこれは、アンチがわざともたらした状況。
仲違いをさせて連携を乱すだけでなく、厄者特有の能力を強化する為の布石……はっきり言ってまずい状況だ。
だからこそ彼女は、大きな声でサイト達へ警告をしようとした。
声を出そうと、喉から音を出そうとする。
が、しかし。
「ー、ーー!? ーーー!」
出ない。
掠れて、喉から声が出ない。
何故、どうして。行き当たる原因はただ一つ。
〈君は最も厄介そうだったから、先手を打たせてもらったよ? 君の心のなかにあった過去の傷は……声も出せない陰気な自分だったようだねぇ? そこから這い上がったとしても、心の傷はずっと染み込んでいるものなのさぁ〉
そのまま、アゲハは霧の中に囚われてしまう。
「っ、アゲハさん!」
サイトが気付いたが、すでに手遅れ。
そのままアンチが次に狙いを定めたのは――――。
「とにかくっ! 戦うことだけに集中しろ! そんな甘い考えでは、このまま奴に殺され――――!?」
サイトを叱るランスへと向けられた。
霧の中から繰り出されたのは、深紅の炎。
それが、ランスに向かって明確な殺意を持って襲いかかる。
凄まじい速度。サイトをも巻き込みかねない大炎はもう目前。
ランスは瞬時に覚醒石の力を解放し防御に徹した。
「凍えよ、邪悪なる魂よ! 氷の牙城となりて我らを護れ!」
氷の城壁がサイト達の前に現れ、炎を防ぐ。
せき止められたかに見えた……が、しかし。
「ぐぅ、うぅぅあぁぁ!」
炎が氷を侵食し、溶け出し、熱が溢れ出る。
その熱はランスを焼き焦がさんばかりに轟々と燃え盛り、魂を貪るかのように広がっていく。
サイトはそんな状況をどうにかしようと、辺りを見回して攻撃しているアンチを探す。
けれど、姿はまるで見えない。
霧の中に紛れているからか、どこを見渡しても視界にはいない。
どこにも、まるで、見当たらない。
刻一刻とランスへのダメージも大きくなっていっている。
――――このままじゃ、皆……俺の、せい、で?
突破口は見えない。
霧に紛れて皆が殺されそうになり、パニックを起こすサイト。
必死に考えるも思考が定まらず、何も動けない、考えられない。
そして、その時はやって来る。
「がぁぁぁぁ!?」
ランスの悲鳴が、耳に聴こえた。
炎に焼かれて身悶えて、火達磨になった彼の姿。
散々焼かれ尽くした後は、何も言わずにバタリと倒れ、そのまま地に伏し動かない。
黒焦げのランスだ。
サイトはここで初めて。
本能的な恐怖を。
お ぼ え た
「っ……! 何で、体の、震えが!」
止まらない。
最早、体の手綱を握るのは恐怖という名の乗り手のみ。
甘かった。駄目だった。
迷ったからこうなった。
厄者の恐怖を知っていた筈なのに、あの時散々味わった筈なのに。
レオンの親友、大切な人を守りたい。
間違っていない感情で、間違った選択を取ってしまった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
〈たっはぁ!! 震えているねぇサイト君? さっきまでの殺気はどうしたんだい? なーんてね! あっははははははははは!〉
霧から紛れて声が聴こえる。
この状況を一瞬にして作り上げた厄者の声が。
全てを惑わす化け物の声が。
自分を殺しに、やって来る。
「っ、どこだ! どこにいる!」
懸命に勇気を振り絞り、サイトはどこに向けるでもなく叫んだ。
恐怖からの現実逃避、その為だけに叫んでいく。
「卑怯だぞっ、この! 姿を見せろ! 斬ってやる!」
『サイト! 冷静になれ! 周■をよく■ろ! ま■全■■られ■な■■な■!』
「くそっ、くそっ! どこだ! どこだ!」
闇雲に風の剣を振るい、辺りに風圧を撒き散らすサイト。
しかし、攻撃は当たらない。当てられない、当てられるはずもない。
冷静さを欠いた者の末路は、ひとえに。
死 有 ル ノ ミ
「あっ」
剣を落とす。剣が消える。
膝をつく。頭を抱える。苦しみだす。悶える。悶える。悶える。
もう駄目だ。何もかもおしまいだ。このまま俺達は終わって全て無へと還るんだ。
おしまいだ。おしまいだ。おしまいだ。
おしまいだ。おしまいだ。
おしまいだ。
おしまい、だ。
『駄目! 諦めないで! 貴方はここで終わらない! 私の信じる貴方は、こんな所で折れたりしない!』
「っ!?」
〈何!?〉
視界が晴れる、風が周囲に自然と吹き荒れていく。
霧が少し晴れたその前方には、吹き飛ばされたアンチの姿が目に見えた。
何が起きた?
いや、今はそんな事を気にしている場合ではない。
サイトは周囲を確認した。
いる。
アゲハがいる。ランスもまだ生きている。
先程の様な黒焦げ状態ではなく、少し焼かれただけの状態だ。
でもなんで?
「――あー、あー! 声が戻ってる! 良かったぁ、二人も大丈夫そうだね!」
「っ、俺も……見せかけの炎だったわけか」
「……理由は分からない、けど。多分助けてくれたあの声は――――」
思い当たる節を言おうとした所で、周囲の霧から殺意が浴びせかけられた。
そこから聞こえる声は……腹の底からどす黒い感情を持ってサイト達へとかかっていく。
〈なんだ、今のは? 何をした。お前、一体何をしたんだ! 答えろ……答えろぉ!〉
怒りを滲ませたその声色には、少なからずの動揺も表れていた。
癇癪を起こした幼子のように、詰め寄っていく。
その迫力に、サイトはまた気圧されそうになるが……先に聴こえた声を思い出し、気を引き締める。
「僕には……大切な人がいる。その人が、助けてくれたんだ! 厄者アンチ! お前を必ず倒して、サーペンさんを取り戻す!」
そう言ったサイトは、毅然とした態度でアンチを睨みつけていく――――。




