ボーデン到着
夜が明けても相変わらずの深い霧の中、馬車は進路を定めて進んでいく。
馬車の中ではサイト達がいつも通りに会話を楽しんでいた。
しかし、ソウジとライアは兎組の微かな違和感を感じていた。
どことなくぎこちない感覚だったが、二人がその態度を表に出そうとはしていないために言及はしなかった。
そうして彼らはボーデンへと辿り着く。
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「お客さん着いたよ! 霧であんまり見えないが、この門がボーデンの入り口だ」
視界を遮る濃霧の中をキャビン内から覗き込み目を凝らすと、二つの柱に看板が中央に飾られてある門がサイト達の乗る馬車の前方に建てられていた。
そこを抜けるとボーデンなのだが……人の気配が感じられない。
家々の窓も全て閉じられており、閑散としていて廃墟だと錯覚してしまいそうだと彼らは感じる。
馬車が停まり、彼らはキャビンから降りてその地を踏み込む。
霧が村全体を濃く覆い、不気味なほどの静けさはサイト達に緊張を走らせる。
そんな彼らの下に足音が近づいてくる。
数は一人で走ってきている様子。
警戒をして身構えるサイト、ゼーエン、ライアの三人だがソウジだけは何か心当たりのあるような顔で体をリラックスさせてその人物を迎えようとしていた。
程なくして、その人物は姿を霧の中から見せてきた。
赤に近い短めの茶髪、輝く赤色の瞳にまだあどけなさを残すやんちゃそうな顔たち。
武道家を思わせる上下の白い服にはオレンジ色の刺繍糸やひらひらとした紐が飾られていて、肌の色が見える胸元は野性的な印象を与える。
体はそんな服装が似合う程に鍛えられており、わんぱくさを際立たせる。
足には動きやすそうなサンダルを履いていて、右足首には紫色のミサンガも付けており。
そんな人族の少年は自身の持つランタンでサイト達の姿を確認すると、急ぎ足で迫っていく。
一番近くにいたソウジへと少年が近付いた時に、サイトが横目で見た時の表情は。
どことなく、焦っている様に感じられた。
そんな彼は様子に相違なく、捲し立てる勢いでソウジに話しかけていた。
「あんたら、ギルドの人達だよな!? そうだよな!?」
「お、おう。つーかレオンじゃねぇか。出迎えお疲れさんだ」
「えっ。って、ソウジじゃんか! あんたが来てくれるなんて心強いよ!」
まるで旧知の仲のような対応をするソウジに、そんな彼とハイタッチをしながら笑顔で話していくレオンと呼ばれた少年。
サイト達からの視線を受けたのを感じ取ったのか、レオンはハッと表情を驚かせ。
頬を少し赤らめさせつつ喉を鳴らすお、改めての自己紹介に映っていった。
「すみません、浮足立ってしまって。俺の名前はレオン・エーデルムートって言います。ボーデンにあるギルド『神秘を指し示す者』のメンバーです。よろしく!」
「これは、どうもご丁寧に。えっと、レオンさんはソウジと知り合いなの?」
「そうだぜ、フードの人。ソウジとは何年も前からの……んまぁ、自己紹介は程々にしてギルドに案内するよ。足元に気を付けながらついてきてくれ!」
何かを言い淀み、口籠った。
分かりやすい程にあからさまなその行動を、サイト達の内の誰かが追求するよりも手早い動きで。
それぞれと握手を交わしたレオンは、サイト達をギルドへと先導していく。
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見渡す限りの霧、霧、霧。
時折確認できる植物や小鳥などの動物も、枯れていたり元気を無くしている。
村の住人も誰一人、外に出ていない静寂の空間。
そんな霧の中でも見失うことのない輝くランタンの灯りについていき、数分。
彼らは大きな建物の前に辿り着いた。
アストラの代表であるギルド『不滅の物語』よりかはこじんまりとしているが、それでも二階建て程の高さはあり。
看板にはラピステラ文字で『神秘を指し示す者』と書かれており、中からはほんのりと光が照らされている。
頂点に巨大な三角帽子が目立つその建物の扉に、レオンはノックをする。
小気味の良い音を五回鳴らすと、扉の前にラピステラ文字が浮かび上がり『合言葉を唱えよ』と書かれていた。
レオンはいつもの事のように扉に手をかざすと、先ほどの快活な様子からは程遠いゆっくりかつ穏やかな声で合言葉と思しき言葉を発した。
「『ℬravely fight fo℟ survive ...... ℱortune ℒight』」
その言葉に呼応するように文字が白く光り輝くと、扉がゆっくりと開いていく。
幻想的とも捉えられる光景に、レオン以外の一同は驚いたように目を奪われていた。
彼らはそのままレオンに促され、ギルド内部へと足を踏み入れていく――――。
仄かな灯りが照らし、香ばしくも心地よい匂いがギルド内部に漂っているのを鼻で感じ取るサイト。
他の面々もその匂いやギルドの内装に多かれ少なかれ興味を示しながら、レオンについていく。
廊下を進み、ある大きな扉の前でレオンは立ち止まるとノックをまた五回鳴らす。
するとまたラピステラ文字が浮かび上がり『名と用を告げよ』と書かれていた。
レオンは先ほど入り口で発した未知の言語ではなく、サイト達の共通言語であるラピステラ語で快活に名を発した。
「レオン・エールデムート、他ギルドのメンバーを招きにここへ参上した! どうか扉を開き給え!」
先ほどのように言葉に文字が反応し、扉が開かれる。
開かれた先の部屋は真っ暗闇……何かに遮られるように、獣族の目を持ってしても見ることの出来ない不可視の領域。
サイト達はその別世界のように感じられる空間へ、恐怖や好奇心に似た感情を抱いていた。
すると、突然部屋の両端側に炎の灯りがともされる。
サイト達の背丈にほど近い燭台の炎は、次から次へと照らされていきやがて奥に座る人物へと視線を向けることになった。
滑らかに、艶やかに灯りに照らされる黒髪。
その髪に反した白のローブとブーツに身を包み、黒のベルトを腰に巻いて首飾りをぶら下げて。
健康的な薄橙色が目立つ右手首には白い光沢が輝く黒の腕輪が付けられている。
そんな神秘的な魔女と呼ばれる種族の少女はゆっくりと目を開くと、黒々としたその瞳でサイト達を出迎えた。
「ようこそ、他ギルドの方々。私の名前はマナ・マギア・アルフィルク。ギルド、神秘を指し示す者のギルド長を務めています」
「マナギルド長、お久しぶりです。ソウジ・カンナギとサイトの計二名、不滅の物語より馳せ参じました」
「私はお初にお目にかかりますね、マナ・マギア・アルフィルク様。私はライア・クリオシタスと申します。ゼーエン・アフェクトゥスと共にアヴァルのギルド、光の守護者から参りました」
ギルドの代表がマナへと挨拶を交わしてお辞儀をし、サイトとゼーエンもそれに倣う。
挨拶を済ますと、マナはレオンに対して指示を出す。
「それじゃ、レオン。とりあえず御客人が泊まる部屋に案内してもらえるかしら? 本題に入りたいけれど、ここまでの長旅で体が疲れてるだろうから。話は休んでからにしましょう」
「了解しました。じゃあ皆、こっちに来てくれ」
そうして、彼らはギルドの内部をまた歩くことになった。
部屋に着くまでの道中、サイトは気になったことをレオンへと質問していく。
「レオンさん。ここのギルドって普段からこんなに静かなんですか? 人の気配があんまりしない様な気がして」
「あー、それはだな。神秘を指し示す者のギルドの奴らは研究者気質の人達が多いから、基本的に自分たちの拠点を作ってそこで働いてるんだよ。対災厄対策の道具とかを発明したりしてて凄いんだ」
「ふむ。私のギルドにある書庫の本で伝えられている内容では、ボーデンの人々は聡明な者が多いと聞く。様々な知識を多く有していて、結界石を開発したのも彼らだそうだ」
レオンの言葉にライアが補足するように解説を挟む。
サイトは感心するように話を聞いている最中、レオンの様子がどうにも気になったのか顔をまた横目で見る。
話をしている時は、明るくて元気。
会話をしていても、違和感なんて感じないぐらいに快活な人であるとサイトは思っている。
の、だが。
何故だろうか、彼に違和感を感じてしまうのは。
そんな事を思っていると、サイト達は部屋に辿り着いた。
部屋にある道具の説明を受け、レオンが部屋から立ち去ると。
彼らは、一先ずの休憩を挟むことにした――――。