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2 魔王、そしてアニメにハマる

 魔王は、小さな建物——いわゆる漫画喫茶に足を踏み入れていた。そこには狭苦しく思えるほど、壁一面に書籍が並んでいた。


(ここは図書館のようなものか…あの男、なかなか気の利く男だ。この世界の勝手が分からない余を察して、まず図書館で学べ、ということか…いずれ大層な褒美を取らせねばならぬな……)


「いらっしゃいませ…」

 キョロキョロしていたら、見るからにやる気のない店員が話しかけてきた。


「個室とオープンシート、どちらになさいますかぁ?」


「ぬ、貴様、余に相部屋に入れと申すのか!?個室に決まっておろう!」

 漫画喫茶が何なのかも分かっていないが、何となく個室の方がグレードが高そうだから、とりあえず個室を所望する魔王。


「では、個室へご案内します。今空いているのは16番です。よろしいですか?」

 店員は、面倒くさそうな客なので、とっとと部屋に案内しようとする。


「16番だと!?余は1番でなければ気が済まん。1番を用意せよ。」

 やはり面倒くさい客だった。


「1番、オープンシートですけど、よろしいですかぁ?」


「……16番で大丈夫だ。」


 ……


 そして狭く薄暗い空間に案内された。ここが16番の部屋のようだ。

 「ごゆっくりどうぞ」と言われ、店員は部屋を後にした。


「ふぅー、やれやれ。肝を冷やしたわ…」

(いきなり身分証明書なるものを出せと言われたときは、正直焦ったが、何とか催眠魔法で誤魔化せた…いろいろ小技を教えてくれて、ありがとう、爺や……ぶるっ!)

 本人確認という異世界人にとってありがちな最初の難関を魔法で切り抜けた魔王は、その魔法を教えてくれた幼少期の教育係だった爺やに感謝したが、かなりスパルタな爺やだったので、思い出すと震えが止まらなくなるらしい……。


「しかし、狭いな…(ゴンッ)痛たた…」

 190cmくらいある大男の魔王にとって、漫喫の個室は狭すぎて、あちらこちらにぶつかってしまう。


 ピカッ!


「おおおお!な、なんだこれは!板が光っておる!何の魔法だ!!」

 振り向きざまにマウスとぶつかった拍子にパソコンの画面が起動したのだ。しかし、そんなことは分からない魔王。

 このため魔王ともあろう者が、不覚にも思わず驚きすぎて、大声を上げてしまった。


 すかさずドアをノックする音が…


「他のお客様のご迷惑になるので、大きな声を出すのはご遠慮ください。」


 店員に怒られた…


「す、すみません…」


 またまた不覚にも謝ってしまった。しかし、この魔法のような何かに興味津々な魔王は、恥を忍んで店員に使い方を教えてもらう。


「この黒い箱、どうやって使うのだ?」


「は?箱?」

 やる気のない店員に魔王は


「あのー、あ、アニメが観たいんだけど…転サキュ?ロ、ロジータ?みたいなやつ…ど、どうやって見ればいいの?」

 窮地に立たされた魔王は、しどろもどろになりながらも、黒い箱を使う目的を説明した……。


 すると店員は、一瞬ピクっと止まったが、すぐさま笑顔になった。

「なんだ、君も信者…いや、まだ新人かな?」

 さっきまでの悪態が嘘のように急に親身に話しかけてきた。


「ちょっと待って。これをこうやって…」

 店員は、黒い箱の前にあるボタン群で操作してくれた。


「ほら、これで観れるよ!第1期の1話からでいいんだよね。1期だと4話のエンディング後のシーンがおすすめかな。マジで泣けるから!それじゃあ楽しんで!!」

 そう言い残すと、店員は満面の笑みで去っていった。


「あ、ありがとう…」

(なんか、ロジータって言ったら、いきなり優しくなったな…こ、これが信仰の力なのか……??よ、よく分からんが、とりあえず観てみよう……)


 興味を引かれた魔王は、店員に教わった通りに端末を操作した。すると画面に「アニメ」が映し出された。


「す、凄い!この板の中で小さい人の絵が動いておる!!一体、どんな魔法なんだ!!」


 魔王、不覚にもまたまた大声を上げてしまう…


 ドンドン!


 隣の部屋から薄い壁を叩く音が聞こえた。うるさかったようだ…


「す、すみません…」


 不覚続きの魔王。


 しかし、そんなことがどうでも良くなるほど、いざ動画が始まると衝撃を受けてしまう…


 目を輝かせながら画面を見つめる魔王。魔王は、画面の中で動くキャラクターたちを食い入るように見つめていた。

 彼らの表情は豊かで、涙を流し、怒り、笑い、絶望し——その一つ一つが、まるで生きているように感じられる。


(これは……一体何なのだ……?)


 魔王の世界では、語り部が英雄譚を語ることはあった。詩や歌で戦士たちの武勇を讃えることもあった。

 だが、この「アニメ」と呼ばれるものは明らかに違う。

 ただ物語を伝えるだけではない——そこに、魂がある。


「な…なんだこれは…この躍動感、感情の表現、そしてこの……ろ、ロジータちゃん…!!」


 そう、魔王はすっかり「転サキュ」こと『聖女だった私が転生したら、サキュバスになってしまった件』に魅了されていたのである。特にヒロイン「アリシア」のライバルにあたる元サキュバスのシスター「ロジータ」には、既に恋愛に近い感情まで持ってしまっていた。


 500年以上生きてきた魔王が、これまで見たことも感じたこともない興奮を覚えた。物語が進むごとに胸が高鳴り、最新シリーズの第3期を見終わった時には、天を仰ぎ、声にならない声でロジータちゃんに感謝を伝え、数百年ぶりに涙し、放心状態となりながらあることを心に誓った。


(……余は、天命を得た……ロジータちゃんを王妃に迎える!!)


 気付けば魔王は、アニメと現実の区別がつかなくなり、完全にロジータ信者となっていた。


 しばらく余韻に浸っていると、あるものが画面上に出ていることに気付いた。


「……この作品を見たあなたへのおすすめ」

(なんと親切な…いや、実に恐ろしい。これ以上、余を感動させて…一体余をどうしたいのだ……?)


 ……


 そして、気付けば彼は3日3晩、画面の前から一歩も動かず、ぶっ通しでアニメを見続けていた。


 食事も忘れ、ひたすら画面を凝視し続ける魔王。初めて目にするバトルアニメの迫力や、日常系アニメの温かみ。さらには感動のクライマックスシーンで不覚にも涙を流してしまう。


「これが…この世界の…人間の文化か……何と素晴らしい!余は…ついにアニメというものに出会ってしまったのか…尊い…」


 おもむろに席を立った魔王。その目は激しく血走っており、その表情にはしっかりと狂気が宿っていた……魔王としてのプライドや使命などの全てを忘れ去り、この未知の文化に心を奪われてしまったのだ……。


「決めたぞ!アニメに出会ってしまった以上、今は元の世界に帰ることなどできない。いや、帰るべきではない。余はこの世界に留まらねばならぬ!この世界は…素晴らしい!!」


 こうして、かつて圧倒的な強さで魔界を統べた魔王は、新たなる人生を現代日本で歩み始めた。



 魔王、アニメに出会ってしまう……


 続く…。


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