別れる旅路
「オレは……そういや名乗ってなかったな。オルゲン。リッテルローデンの騎士団長でな」
「はあ」
「狼の獣人なんだ」
「……はあ」
「まあ、獣人だからこそ騎士団長になれたとも言えるんだけどな」
「はい……」
「獣人態は帰ったら見せてやるよ! 今やったら馬どもがビックリしちまうからな!」
よく分からなそうに首を傾げるバルドをよそに、オルゲンはワッハッハと笑っていた。
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ディルクが乗合馬車でついた先は、ディルクの見たこともない大都市だった。
黒髪の男の名はヘイゼンといって、図書館の館長だと名乗った。そして、そこで司書見習いをしてもらうとも。
図書館! 司書! なんと甘美な響き! 図書館とは本がたくさんある場所という事で、司書とは本を管理する者の事だ。ディルクは家にある本の角が丸くなり、暗唱できるまで読んでいたのでその言葉たちだけは知識として知っていた。
司書。司書! 一番憧れていた、夢みたいな仕事だ。一日中、本に触っていられるのだ!
人生最悪のことが起こったと思ったら、人生最高のことが起こる。禍福は糾える縄の如しとはよく言ったものだ。……まだ苦しみの方が強いが。
そして、ヘイゼンに連れられやって来たのは、その街で最も大きく歴史を感じさせる建物であった。
「これが、……図書館?」
「ここまで大きいのは世界にもそうそうない。君にとって、一番の居場所になるだろう」
ヘイゼンはそう言うと、見上げるほど大きな扉のドアノッカーを二度鳴らす。そうすると、大きな扉が開き始めた。
「魔法扉だ……!」
「そうか、これを見るのも初めてになるのか」
向こうの方に開いていくドア。その中に広がる落ち着いたグレーの絨毯と、本、本、本、本!
導かれるようにふらりと入る。大きなアーチを描いたカウンターには、鼈甲柄の眼鏡をかけた女性が座っていた。
「あぁ〜、彼が以前言っていた司書補の子ですね〜!」
のんびりとした口調の女性はぽてぽてと歩み寄ってくると『長旅お疲れ様〜』と少し屈んでディルクに声をかけた。
「姪のイレイナだ。ここの司書をしている。色々と教わるように」
「よろしくね〜、ディルクく〜ん」
「よ、よろしくお願いします!」
ディルクはイレイナの手に包まれながら握手をして、少し安心したような、毒気を抜かれたような心持ちになった。
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「ふぃー、やっと羽を伸ばせるよ」
そう言ってルシェルが幌の外に背中を出す。そうすると、外からバサリと言う音と頭からは光輪が姿を表した。
「わ! それって……?」
「あ、僕、天界族だからね。街中で出すとやれ治療してくれだのなんだのって人が集まって来て煩いから普段は仕舞ってるんだ」
「知らない事情を知らない事情で説明されちゃった……」
「じゃ、あたしが代わりに教えてあげる!」
自慢げな茶髪に青色の目のお姉さん——ミッチェルさんと言うらしい——だった。
「天界族って言うのは、こう言った頭のピカピカの輪っかと背中に羽を持つ人たちのことで、治癒魔法や雷、弓矢を操る魔法が得意なの! 確か、徳を積むために人助けを生業にしてて、ルシェルお兄さんは雷の矢の魔法でこの馬車の護衛をしてくれてるんだ」
「そそそ。言いたいこと全部言ってくれたね」
「ふへぇ〜」
「ちょっと! ちゃんと聞いてる?」
「き、聞いてます聞いてます!」
「こらこら、新入りいじめしちゃダメでしょ」
「教育的指導で〜す」
薬師たちの幌馬車は進んでいく。ディルクのいる街も、バルドのいる馬車も置き去りにして。
獣人族については後に説明されます。
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忘れてません。ちゃんと書いてます。ほんのこれだけの文字数ですが。